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読んで安心童話シリーズ

R・D・G~逆さ虹の森~


 リアル脱出ゲームと逆さ虹の森を足して砂糖とミルクで割ってみた。

 甘いなぁ。


 リアル脱出ゲームを開発した男がいた。ジョン・マンジロウという。

 彼は少女をさらってゲームのテストを行った。

 ようこそ少女。存分に楽しんでくれたまえ――。



 李萌リモは、目が覚めると、棺の中にいた。

 起き上がりしばらく、ぼうっとしていたが、やがてとんでもないことに気がついた。

 まずい、自分が誰なのか、わからない――。

 どうしてここにいるのかも、わからない。

 わかることが無いというか、思い出せない。

 今日はいつで、今は何時?

 言葉はわかる、体は動かせる、声は……。

「ニャン」

 出たが……これではまるで動物の声である。「ニャニャニャ!?」鏡が無いので、自分がどんな顔をしているのか、わからない。

 私って何?

 誰か教えて。

「リモ」

 背後から声をかけられた。長い黒髪の少女で、制服を着ており、リモと同じくらいの年格好であった。

「僕はリト。君を案内する係だ。今から設定を一気に説明するね、だからついてきて」

 少女の容姿なのに低めの声音で自分を『僕』と呼びまくしたてる。リモはひとつも言い返せずに黙って聞いていた。

「ここはリアル脱出ゲームの中。君は通学途中で無理矢理に連れてこられてここへ収容された。ゲームの目的はもちろん、この世界から脱出し帰宅することだ。そのヒントは多くある。謎を解き、24時間以内に脱出できなければ君は消滅する。では第1問」

 さっさかと進む中、半ば呆れてリモは相手を見据えていた。「ニャオ……」出てくる声はそれしかない。

 リトと名乗った少女は長い髪を自由になびかせ、くるりと遠く向こうを指さした。

「あの山へ向かい森の住民達に会え。逆さ虹の森という。ただし絶対に言ってはいけない言葉がある。それに気をつけて行け。行こう。ほら」

 リトはリモの手をとって歩き出す。よくわかってないんだけど……とリモは手を引かれるまま、進んで行った。心許ない、不安だけれど、リトだけがとりあえず頼りであった。私ってどんな顔をしているのかしら……でも何故か、リモと呼ばれて違和感は感じなかった、きっとリモで正解なんだろうと思った。

 私はリモ、私は、リモ……どんな字?

 2人は山へ向かい、草原や砂漠を歩いた。ここは確か、リアル脱出ゲームの中と言った。なるほど、景色はどこにでもある自然の風景で、草原ならば羊や馬がいたとて不思議ではない開かれた地。抜けると、砂の大地。ただ、動物に出会うことがなく風も吹いていないしとても静かである。人工な気配がした。空はとっても青いのに。

「ニャンニャンガ……」

 発してみたが声は情けなくも猫語であった。「ニャー……」

 気がついたリトが、同情的な目をした。

「いいか。ここはとっても不安定で、あやふやな世界だ。君の中から声が、言語が出てこないのは、余計なことを言わせないため。きっと今の君の中では様々な疑問がとめどなく溢れているのだろう。でも、それに全て答えている暇はない。たった24時間しかないんだ。僕も君も、とても不自由な中にいる」

 じりじりと、切迫感がした。リトは、ああ、困惑してるのかな、とリモは思った。

「できるのは、今ここにある状況を受けとめ、行動を起こすこと。理屈ぬきで」

 もう、流れについていくしかないのね?

「そういうことだ」

 お互いに通じて頷いた。私たちを支配しているものは何なのか。リトを素直に信用していいのか。考えたってわからないし、不安になるのも無駄ではないのかと考え、気分を変える様にした。

 きっと、大丈夫、大丈夫、大丈夫……。

 心の中で唱え続けていると、砂漠が終わり、一本の真っ直ぐな道に出た。長いが、森の方まで繋がっている。

「行こう、あと少しだ」

 足が疲れてきていたが、まだ歩けると、自分を励ましながらリトの後についていく。森の入口に辿り着いた。地面の色が違い、湿っぽくなってきた。寂しそうに立て看板があり、そこへ白のチョークで書かれた長い文章があった。


 昔々、ある森に立派な虹がかかりました。その虹は逆さまで、珍しい虹がかかったその森は、いつしか『逆さ虹の森』と呼ばれるようになりました。逆さ虹の森には色々な動物達が暮らしています。その動物達を少しだけご紹介します。

 歌上手のコマドリ

 食いしん坊のヘビ

 暴れん坊のアライグマ

 お人好しのキツネ

 いたずら好きのリス

 怖がりのクマ

 また、森に暮らす動物達が立ち寄る、ちょっと変わった場所を3つご紹介。

 ドングリ池。よく澄んだキレイな池。ドングリを投げ込んでお願い事をすると叶うという噂があります。

 根っこ広場。たくさんの根っこが飛び出した広場。ここで嘘をつくと根っこに捕まるとか。

 オンボロ橋。森を半分にわける大きな川にかかった吊橋。今にも落ちそうなくらいボロボロになっています。

 逆さ虹の森のお話。

 またそこで暮らす動物達の物語を、

 皆様で紡いでください。


 物語を、紡ぐ……?

 チンプンカンプンであった。リトは「そういうことだ」と納得している。

 虹?

 逆さまの、虹。にじ……。

 そんなの、見たことない。

 悩んでいると、草むらの陰からカサカサ、と音がした。振り返ると誰もいなかっ……たと思えば、視線を下げると小さな動物、リスがいた。

「あ、リスだ」

 リトが呼んだ。リスは驚いて悲鳴を上げた。「きゃあ何!? 何で私をご存知ですの?」

 色っぽい目でリトとリモを見上げている。何でリスが喋ってんのよとリモは聞きたがったが、「君はリスじゃないか」とリトが先に答えた。

「私はアリスよ。リスじゃないわ。ところで何なの、あなた達」

 どうやらアリスという名のリスは話題を変える。「僕らは……」リトは一瞬、困った顔をした。だが思い切った様に変なことを言い出した。

「キツネとローラを探しています」

 は? キツネ? ローラ?

 意味のわからないリモは、リトの腕を寄せる。しかしリトはリスから目を離さない。

「奥にいるわ」

 リスは、森の奥へと顔を向けた。「足元にご注意。暗いから」と一言添えて。

「あなたが先へ行って下さい」

 リトはジッとリスを見ている。疑ぐり深い、リモは内心ハラハラした。「いいわよ」リスは森の奥へと歩き出す。歩くが、それだと遅いので、すぐに走り出した。「ついてきて!」言われた通り、リトとリモは小走りで駆け出した。しかし速すぎるとリスを追い抜いてしまうので加減が難しかった。

 何本もの木々の合間をすぎて行くと途中で何かが空から降ってきた――それは、ヘビ。ドシン、と地が揺れた。「ヘビーね!」リスが叫んだ。

 ああ、そういうことか。いや、どういう事だろう? とリモは思った。とにかく自分達の真上から降ってきたので、かわせてよかったと反射神経に感謝した。

「お な か す い た よ」

 一文字一文字を、かみしめる様に話すヘビのヘビー。そういえば『食いしん坊のヘビ』がいるのではなかったっけ? とリモは思い出す。

 ガラガラヘビだ。迷彩の色柄だ、肌が、皮が。緑がベースだが、ピンクも混じって派手に見える。何を食すのだろうかと考えた時、嫌ぁな予感がした。

「う ま そ う だ な」

 しゅるりと、細長い舌を出した。げげ、まずい、私ら、食べられるんじゃ!? リモは後ずさりした。

「安心して。彼は肉が嫌いなのー」

 リスは微笑みながら言った。「ニャァ……」リモは安堵の溜息をつく。

「嘘よ」

 リスはホホホと、逃げていった。草場に隠れて、もう見えない。

「に!?」

「こっちだ!」

 リトがリモの手を引っ張って駆け出した。

「い た だ き ま す」

 遠ざかる背後で、バリバリと裂ける音がしていた。何を食べているのか、わからないよー、とリモは前方へ、走るのに必死で振り返らなかった。草でも食べていることを願った、きっと草食であることを。

「いたずら好きのリス」

 走りながら、リトは呟いた。「そうだったな」自分に言い聞かせる様に。

 すると前方から、2羽のコマドリがやって来た。

「来たわね」

「来たわよ姉さん」

「じゃあ歌いましょう」

 急に歌い始めるコマドリ姉妹。姉さんと呼ばれた方がソプラノで、おそらく妹がアルトである。

 2羽の歌声は美しく、立ち止まってしまって、ずっと聴いていたいけどと、リモは眺めていた。

「どこかに、キツネとローラはいないか?」

 急にリトが真剣な顔で聞いた。さっきから、質問の意味がわかりかねる。リモは何で? 何で? とリモを見つめた。

「あのお人好しったら、またおばあさんに使われて、洗濯をしてるらしいわ」

「乱暴者のせいで、いつもあの子が迷惑」

 そう言うと、2羽はまた歌い出した。

 コマドリの姉妹が言った『お人好し』『おばあさん』『乱暴者』『あの子』って誰のこと?

 歌は妙な詞をつけて、響き渡った。


 右へ行けば~ ドングリの池 ドングリで埋まって 底見えない

 左へ行けば~ 木の根っこたくさん 出てこれなくなった あいつがいるよ

 まっすぐ行けば~ 橋がある 勇気を出して 怖がりさん


『あいつ』って誰? 『怖がりさん』って誰? さっき言った誰かと被るのだろうか。ええと、看板に書いてあったことが……。

「お人好しのキツネ。暴れん坊のアライグマ。怖がりさんは……クマ」

 リトが得意げにリモを見て考えた。すごい、何でわかるの? とリモは感心した。

「他はわからないよ」

 そう言うと、勝手に走り出す。慌ててリモは追いかけた。「ニャオ!」じゃあね姉妹、と手を振った。

 ヒントは、多くある――リトが言ってなかったか、謎を解け、と。24時間以内である。でないと、リモは消滅してしまうらしい。

 謎って? 謎といえば謎だらけだ。はじめから、わかることの方が少ない。

 リトに聞きたいことが山ほどある、なのに聞けない、言葉が出ないから。ああせめて、出てくれたら。リトを追いかけていくと、やがて分かれ道に着く。右と左、そして真っ直ぐの道に。さっきコマドリの姉妹が教えてくれた道が、これなのか。

「右に行くよ」

 迷わずリトは右を選んだ。どうして? とリモはリトの服の袖を引っ張った。

「僕らが会いたいのはキツネとローラ。そこにいる」

 リトの視線は右の道を捉えている。確信に満ちた、頼りがいのある目で。

 お人好しは、洗濯をしてるって?

 お人好しのキツネが……ね。

 2人は右へ、歩いて進んで行った。慎重に、慎重に……。また上から、ヘビが降ってきては大変である。周りは木や繁みばかりで、道は緩やかなカーブを描いており真っ直ぐではない。これでは方角がわからない。日が高い、明るいから星なんて到底見えない。そうだ、太陽と影で方角がわかるんでなかったっけ? でも知った所で意味ないか。

「どうしてキツネとローラを探しているのか……知りたくない?」

 歩いて退屈して考えごとをしていたらリトが話しかけてきた。だが、リモは言葉が出ないので、リトの一方的な会話となる。

「それは後で分かるから今は説明しない。でも信じてほしい。僕は君が無事にこのリアル脱出ゲームから帰ってほしい。僕はもう幾つかの過ちを犯している。君にヒントを与えすぎてしまっている。キツネとローラがそうだ、本来ならば君が自力で得ないといけないことを省いてしまっている。ああ神よ許してくれ、僕はもうこれ以上、罪を犯したくない……」

 どこか遠くを見ているリト。自分に酔ってはいないかしらとリモは成りゆきを見守った。

 すると道が開けてきた。視界が広がり、大きな池に出ることができたのだが――。

「何だこれは」

「ニャァ……?」

 水に浮かんで広がっていたのはドングリの大群であった。何百、何千とあるのだろう、いや、万か。

「信じられない……。これがドングリ池か。これでは……」

 嘆きの声がする。リトは残念がっている様子だ。リモも不気味に思えた。

「かつては澄んだキレイな池だった。ドングリも、こんなのではなかった。ああそうだ……ドングリを投げ込んでお願い事をすると叶うという噂のせいだ、それで皆はドングリを投げ込み、こんなにいっぱいになってしまった。酷い……」

 やり過ぎだ、リモは悲しかった。本当はどんな池だったのか、知りたかった。

 ガサッ。

 音がして、何者かがいる気配――後ろを向くと、一匹のキツネが立っていて、2人を見ていた。「コン……ニチハ」先に挨拶をしたのはキツネであった。「こんにちは、キツネさん」始め驚いていた2人だったがリトがにっこりと笑って返す。リモも笑顔で出迎えた。

「僕はリト、こっちはリモ。君は?」

「ええと、コンです。近くに住んでるの、おばあさんと」

 優しそうな顔でキツネはモジモジと手足を落ち着かなさそうにした。観察すると、キツネの足元には大きなザルが置いてあり、中には何着か衣服がある。

 ああそっか、きっと洗濯だ、これから?

「おばあさんの名前は?」

「ローラ」

「よし、そこへ連れていってくれ」

「はあ、いいですけど。おばあさんのお友達?」

「そうだよ」

 リモをよそに、リトとキツネはトントン拍子に話が進んでいった。早いな! とリモはすでに歩き出しているリト達の後についていく。無視されるのはたまらない、嫌だとリモは必死になった。

 疑わないのかこのキツネ……ああそうね、お人好しだものね? 信じてしまうのね。繁みの間をかき分けて追っていくと、一軒家があった。かやぶき屋根の家で、昔にどこかで見た覚えがある気がした。きっとどこかの、遠くで。

「おばあさんはこっちだよ、来て」

 キツネが手招きする。滑りの悪そうな引き戸を開けてキツネが入っていく。入ってもいいのかなと遠慮がちにリトと中へ入って行くと、土間であった。狭くて、至る所に生活具が置いてある。どう使うかはわからないけれど。

「客人かね。はるばると」

 知らない声が奥から……お年寄りがキツネと一緒に登場した。おばあさん、腰を曲げて、しわくちゃな顔で、白いタオルを首にかけている。

「ローラ、という方ですね」

「いかにも」

 忘れていた! このおばあさんが、『ローラ』!!

 目を見開いて凝視してしまい、おばあさんは小さい目であるがしっかりとリモを見た。

老羅ろうらという。何故知っとる?」

 ろうら……リモはキラキラネーム? と苦笑いした。

「あなた達とリモを連れて山に向かう。そこであることをすると家へ帰れるんです」

 リトがそう言った。リモは、そうなの? と首を傾げる。脱出することが目的だったっけ、と再認識した。

「ほう……。よくぞここまで辿り着いた。キツネよ、洗濯は終わったか」

 傍らにいたキツネはコン! と吠えて耳を立てた。「終わってない!」と顔を引きつらせる。そういえば、洗いザルは池の側に置いてきていた。

「ならば、それが済んでからにしよう。お嬢さん、長旅で疲れたろう。お茶でも飲みな」

 どうぞ上がりなさい、とでもいう風に背を向けた。はあ、では……と上がりかけた足を、リトが制した。

「悪いが、そんな時間が無い。迫ってるんだ、リミットが。キツネ、洗濯は後で。どうせ仕事を押し付けられただけだろう。本来ならアライグマがやるべき事だ。暴れん坊のアライグマの奴」

 キツネはシュン、と鼻を鳴らした。『乱暴者のせいで、いつもあの子が迷惑』……リモはコマドリ達が言ったことを思い出した。あの子ってキツネのことだろうか。お人好しのキツネ、命令されて、逆らえない……そんな光景が浮かんだ。

「やれやれ……李兎リト。せっかちだね、相変わらず。世界のルールを破るでないよ。物には順序がある。お嬢ちゃん、名は何と?」

 おばあさんは訊ねてくれたけれど、「ニャァ……」とリモは鳴くしかなかった。

「封じられたのか。何てことだい。『あの言葉』を、一体どうやって言う気だい? ええ?」

 びっくりしたおばあさんは、リトを睨む。「何とかします」とリトは顔を背けた。何とかするって……考えてないの? とリモは焦る。ここまで順調だと信じていたのに?

「やはりな。お嬢ちゃん、どうすればええと思う?」

 おばあさんの目が優しかった。おかげでちょっと心が潤った。「ニャゥ……」情けない声しか出なかった。

「ヒントはたくさん出てるはずだよ。物語は繋げなくちゃ」

 考えなさい、と諭す様にリモを見る。リモは期待に応えたくて、苦渋の思いで必死に考えている。するとリトが口を出した。「あ……」何かが閃いたようであった。「ドングリだ」

 聞いた途端、リモも閃いた。「ニャァアアッ!!」池よ! と言いたかった。

「ありがとうローラ、繋いだよ、池だな。願いが叶う」

 早速だとリトはリモの手を引っ張った。慌ててコケそうになり、キツネが支えてくれた。おばあさんを残し、リモ達は先ほどのドングリの池へ向かう。


 さぁ諸君、第1問は、ここまでだ。

 リト、キツネ、リモは池へ行き、ドングリを投げ込んで、リモから言葉が出る様にと願った。

 噂ではあったが本当で、リモは言葉が話せる様になった。

 だがこれで気をつけねばならなくなった。逆さ虹の、ある言葉。絶対に言ってはいけない、ある言葉。

 それに気をつけて行け、行こう。ホラ。


 奇跡が起きて、リモは言葉が出る様になった。「嬉しい! 嬉しいよ、リト!」興奮して泣きながら、リトとキツネの手をつかみ、輪になって踊った。

「よかったなリモ。おいらも嬉しいや」

「でも喋りすぎるな。言ってはいけない言葉がある……ひとつはシゴだ」

 動きがピタリと止まる。「シ……」と、言いかけたが黙った。

「そうじゃない。『シゴ』自体は言ってもいい。『シゴ』に該当する言葉を発してはいけないんだ」

 シゴって何?

 手で口を押えながらリモは困った。

「むやみに話さない方が賢明だ。多すぎて、僕にも正直わからないし油断できない。シゴ・リストに載ってなければセーフだ。リアル脱出ゲームのルールにそえばOKだ」

「OK……ね」

 これまでに使えた言葉ならセーフなんだとリモは思った。リトはわからないと言ったけれど、きっと言葉をきちんと選んで使っているのだと考えた。すごいな、とリモは感心する。

「気をつけて、リモ。おいら協力する。でないと、お家に帰れないんだものね?」

「ありがとうキツネさ……コンさん。何が何だか始めからさっぱりわからないんだけど、頑張るわ」

 本当は怖くて怖くて仕方がなかった。リトがいた。リトを、信じていいのかもわからないでいた。信じるしか平常心を保てず、でも今は大丈夫だと確信している。リトは悪さなんかしていないし、案内係と言ったがリモを救おうとしている仲間だ。リスみたいに、嘘をついて欲しくない。

 これまで我慢していた気持ちが込み上げてくる。リモはしばらく泣いていた。頬に次々と涙が伝う。

「リモ……」

「リモ……」

 リトとキツネは呟き、待った。「ごめんね……ちょっと辛かった……」涙を拭いて、両手で両頬をしばたいた。「もう、平気!」笑うと、元気が出た様だ。「次行こ! 次は!?」とまくし立てる。

 リト達は顔を見合わせた。

「ローラだよ」

「そうだ、おいらとおばあさんと、リモを連れて、山へ行かなくちゃ」

「『あの言葉』を言わなくちゃ」

 リト達はすぐに戻る、おばあさんの家へ。


 変化のない、ローラおばあさんの待つ家へと戻る一行。おかえり、と声をかけてお茶を淹れてくれる。土間より奥へ招かれて、囲炉裏の傍に皆で座り集まった。

「少し休憩としようか。時間無いが」

「少し、少し、少し」

 お茶が熱くて、チビチビとしか飲めなかった。ふうふう、と吹きながらキツネやリモは湯のみを持っている。「果たして何が待ち受けているんだろうね」

 迂闊に喋るな、という目で見るリト、反応がなく小さな声で続けた。

「わからないことだらけなんだよ。『あの言葉』って何? どうして私達3人が必要で、あの山に何があるの? わからなさすぎてパニックになりそう」

 やっと一口お茶が飲めた。ほろ苦いものが喉を伝っていった。

「ははあ、ご存じないですかぁ。あれ、言っちゃっていいんですかリトさん? 禁句ではないです?」

 すぐにリトは答えなかった。「それは……」詰まり、顔を歪める。

「何かマズいの? お茶はオイシイけど」

 リモは呑気そうにお茶をすする。熱さには慣れてきた。リトも一口、飲んだ。

「ここでは言わない。後で教える。決まりなんだ、ルールなんだ」

 後で、って……とリモは腑に落ちず、口を尖らせた。やっぱり訳わかんない! と叫びそうであった。

「じゃあそうしましょう、行きますか、おばあさん」

「そうじゃね、時間が押しているし。なあに、後でわかる。お嬢ちゃん、まだ若いから、シゴを知らないよ。さあ行こうか、ジョンが待っておる」

 ジョン?

 誰だっけ、とリモを悩ませた。まだ若いから……? シゴを知らない……? とにかく、口数を減らそうと誓った。


 家を出た時、日が沈む方へとだいぶ移っていた。時間が無い――後ろから、押されている気分である。タイムリミットが何時なのかは知らない。リモが連れ去られた時からなのか、ここに来た時からなのか。さては既に過ぎていたとか……そんな結末を想像すると寒気がしたリモ、思わずリトを見た。

「何だよ?」

「別に……」

 隣を歩いていると心強い、もしリトがいなかったら……いなくなったら……怖かった。リトは、格好が女の子だけれど、性格は男の子みたいだ。言葉遣いのせいだとは思うが、安心する。恋ではない、でも、好きなのかも。頼りにしてしまうかも。仲間だからか、優しいから? 好きは、好きなんだけどな――よくわからない、これ。つい、リモは微笑んでしまった。

「さて、試される」

 おばあさんの声がして、立ち止まった、そこは。

 川であった。さっきから水の音がして、近づいてきたと思っていたら、やはり川であった。いや、大河とも呼べるかもしれない。ドドド、ドドド……遠くで唸りを上げているのは滝だろうな、と思われる。森に囲まれてて遠くは見えづらい。

 そして現れたのが橋。老朽し、今にも力尽きて落ちそうなくらいオンボロの吊橋であった。森を分かつ様に橋はかかっていた。長さ30メートルはある。もしここから落ちると、川面までは50メートルはありそうである。底までが何メートルかは不明だが、落ちても助かりそうにないなと皆は思う。

「試練さ。ワシは先に行くよ、遅いじゃろうからね」

 おばあさんはゆっくりと橋へ進んだ。「じゃあ次はリモ、行く? 2人くらい、大丈夫だと思うけどなぁ」

 キツネが誘ったが、リモは乗り気になれなかった。

「もうちょっと待って……心の準備が」

「早くしろ。軽い奴が先に行け。キツネでいい」

「じゃあ、おいらが先に」

 ヒョイと、キツネが橋を渡り出す。おばあさんを追い抜かし、あっという間に渡り切った。ニコニコと眩しい笑顔でリモを呼んだ。「大丈夫だよぉ~!」リモは、こうしちゃいられないと一歩を踏み出す。そして2歩、3歩と。「頑張れ~!」「ほら」キツネやリトは応援した。うん! とリモは力み、一歩ずつを確かめて、そろそろと進んでいった。もう少しで渡り切れるおばあさんの後ろに着くと、追い抜かず、渡り切るまで窺いながら、2人とも到着した。

 プレッシャーから解き放たれると、リモは汗をぬぐって振り返る。

「リト~~! 早くー!」

 あとはリトだけだ、向こう岸にいる……はずであった。

「え? リト?」

 前ばかりに気をとられ、後ろを全く見ていなかった。リトはいない、消えていた。いつからいなかったのだろうか。「リトさーん!」「あらまぁ」「リトぉー! どこー!?」半狂乱になりそうであった。返事はどこからも返って来ず、リモは途方に暮れた。「嘘でしょ……」

「ここからは自力、ってことでしょうか」

 不安を言葉にされてリモは震える。どうしようどうしようどうしよう。パニックが治まらず苦しんだ。

「落ち着いてリモさん。リトさん無しでも、おいら達には事情が理解できてて、リモさんをお家に帰すことはできます。それにリトさんは、おそらくもう……」

 声のトーンが下がる。浮上しかけた安心が、また沈む。「え……?」

 嫌ぁな予感がしてきていた。

「罰を受けに行ったのさ」

 怖いことを言ったおばあさんは、空を見上げた。薄っすらと青い空を。

「あの子は、禁句を言ってしまったのかもしれない」「どういうことですか」

 不安がもっと押し寄せてくる。

「喋れないあなたのために、喋った中に、禁句の言葉があったのかもしれないし、そもそも、案内係という役割以上のことをしでかしてしまっているね」

 役割以上……?

 ふと、これまでの経緯とリトの表情を思い出していった。無表情に近いリトであったが、時折、辛そうな時もあった。確かに、あった。

「変だとは思っていたの。キツネとローラを探してるって突然言い出すし。そんなことどこからって……」

 誰かに告げる前に教えてはくれなかった。どうしてか。知っていることを全部伝えられないのは、どうしてか。

「面白くないんじゃ……」

 おばあさんは言った。

「ゲームじゃからのう」

 そして風が吹いた。冷たく、リモの髪を触る久しぶりの風。

「ゲームじゃない……これはリアル脱出ゲーム、なんだよね? 私、何だろう……」

 肌で感じるもの全て、嘘なのだろうか。山も木も川も生き物も自分さえも。

 振り返れ。

 リトの声がした気がした。どこかにいる? ――耳を澄ました。


『いいか。ここはとっても不安定で、あやふやな世界だ。君の中から声が、言語が出てこないのは』


 リト……。


『たった24時間しかないんだ。僕も君も、とても不自由な中にいる』

 

「24時間」

 リモは、どうにも納得いかないことに気がつき、それが心の内に広がっていった。

「まだ来たばかりの時、リトはとっても焦っていたように思える。そんな人なのかなって気にしてなかったけど、違う。リトには焦る理由無い。案内係なんでしょ、24時間ってわかっていながら、私より余裕があるはずだし。案内係だから、全てを知っているはずで……」

 そこまで言いかけ、とある閃きがリモを陥れた。

「知って……ない?」

 何でも知っていると思っていたが、キツネとローラのことは知らなかった。だから聞いていたのか? 案内係であるのに。


「もう、限界ってとこね」


 頭上から声がした。見上げると木の枝に聞き覚えのあると思ったリスのアリスがいて、小馬鹿にした口調でリモ達を見下していた。

「あいつだってあんたと同じく、彷徨さまよってんのよ。彷徨うユーザー」

 とんでもないことを次々と明らかにしていった。

「頭こんがらがりそう。あいつが案内係だかどうだか知らないわよ。何それ、っての。そんなもの嘘だとしたら。あんたと同じゲームのユーザーで、あいつもこの世界の謎解いて、帰りたかったんじゃないの、って」

 リスは深い溜息をついた。「私と、同じ……?」一人ではなかった。このゲームをプレイしている者が他にもいるということか。同じ世界に?

「あいつは私に警戒してたでしょうね。だって一度、あんたに会う前に会っているのだから」

「ええ?」

 リスは以前、リモに会ったことがあるという。確かに、思い当たる節はある。ヘビに襲われる前に、リスに先に行けと命じた。

「あなた、いたずら好きだったわよね」

「そーよ。知らないフリしちゃった。あいつも知らんぷりだから、このままヘビーのとこ連れて行こうと思って」

「なんて奴!」

 キッ、とリスを睨む。ホホホ、とリスは意地悪く笑った。

「リトさんは、ゲームをクリアできなかったんだ」

 割って入ってきたキツネが、申し訳なさそうにお辞儀した。

「だから消えたんだ、リトさんは。この世界から」

「え……」

「ごめんなさい。楽しませてあげられなかった」

 謝られている意味がわからず、ただ、リトが消えた――その理由を、すぐには受け入れられなかった。

「時間切れじゃよ……もうすぐ、日も沈む」

 細い目をさらに細め、おばあさんは教えてくれた。「もう、虹ができない……」

 山を眺めて、段々と夕焼け空になっていくさまを、愛しい我が子でも眺めているように見ていた。

 虹ってどうやってできるんだっけ?

 光と水よね、雨が降った後とかに、できるじゃない。

 夜になんて見たこと無いよね、昼だよね?

 不安と焦りが一緒になってリモに恐怖を与えた。「消える……」茫然とするしかなかった。

「どうして最初から言ってくれなかったの、リト」

 ますます迷宮入りしていると混乱した。もう、考える力が湧かない。リト、助けて……信じる支えが失くなり座り込んだリモは、泣いた。


『できるのは、今ここにある状況を受けとめ、行動を起こすこと』


 涙で何も見えてないリモに、一筋の光がさした。


『理屈ぬきで』


 森の隙間から差し込んだ光――が、リモに当たっていた。眩しいが、顔を手で庇い、先に何があるのかを確認する。目が慣れてきて、その先にあるものがわかった、それは山であった。

「山……ジョンがいるんだっけ?」

 忘れかけていた記憶が蘇ってきた。山がジョンだっけ、ジョンが山だったっけ?

「そうじゃリモ。リモとキツネとワシ、ローラが揃って、『ある言葉』を言えばいい。わかるかの?」

 おばあさんも眩しそうに山を見つめた。キツネも「コ~ン」と叫ぶ。

「わかんない」

 閃かないのが、もどかしかった。

「最後のヒントじゃ。あの山の名前を教えてやろう」

「言ったらお家に帰れるよ! この世界から出れるよ!」

 キツネは騒ぎ立て、リモ達の周りをグルグルと回った。

「あの山は――テレビ山」

 言った途端、雲行きが怪しくなってきた。「……へ?」光はさしているが、赤かった。夕焼けだろうか。

 テレビ山、ジョン。

 テレビジョン。

「リモと」

「コンと」

「ローラ」

 寒い風が、一気に駆け抜けた。すうーーっと息を吸い込む音がした。キツネが叫ぶ。

「チャンネルはぁっ!?」

 リモは、限界であった。「チャンネルはッ……!?」全身が、震えた。


「もう、帰るうぅぅうううッ!!」


 フッと、体の力が抜ける。




 ……全く、奇跡が起きたものだよ。偶然というものは恐ろしい。

 李萌、もし君が逆のことを言ってしまったなら、その世界からは出られない所だった。

 シゴを言わなくてよかった。本当によかった。

 使われなくなった言葉ってさ、古いけど、通じるんなら使っていいんじゃない? 笑って済まそう。

 チョベリバチョベリグ行ってきマンモス、ナウなヤングがデスコでフィーバー。

 これ、マジヤバイ! ありえねえ~! イケメン、ビミョー、ウゼー、キモいキショい、キョドってる、イェーイ!

 これ、今後シゴ化する予定だ。

 さて、李萌。僕と違ってシゴを言わず、チャンネルを『かえれた』君は、君の家のある世界へ戻れて、元通りの普段の生活で人生を歩き続けることだろう。

 僕はまたやり直さなければならない。リアル脱出ゲームを最初からだ。でもまだテストだから半リセットがかかるみたいで、僕の存在があやふやで、こうしてる間も不安定でおぼろげで頼りない……僕は何なんだ?

 僕は李兎だ……ウサギと書く。だから何だっけ……リスのアリスが関係してたような……忘れた。

 さようなら、リモ……。



 リトは、広場で目が覚める。たくさんの木の根っこが飛び出した広場で、樹齢の古い木が豊富である。木のウロの中に、ミイラ化した生物が挟まっている。かつて、ここまで走ってきたそれは、勢いで突っ込んで首が引っ掛かり取れなくなって、そのまま餓死してしまったのだろうと推測される。


 逆さ虹の森、のお話。

 逆さ、虹、の、森。

 さかさ、にじ。

 さかさ、じに。


 死んでたまるかよ! リトは考えて、逆立ちした。飛んでいけ!


 理屈ぬきで。



《END》




 後書きはブログで。「マイ・ブログ」もシゴらしい……。

 http://ayumanjyuu.blog116.fc2.com/blog-entry-284.html

 作者、101作目となり改名し、桃がのってます。締め切り寸前ですみません今回も(恒例か)。

 ダジャレで終わるのが作風になりつつありますがそんな事ない。

 読了ありがとうございました。とりあえず寝ます。


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― 新着の感想 ―
[良い点] はじめまして。 ミステリアスなゲームのような、独特の世界観にひきつけられて、最後までどうなるのかハラハラしながら読みすすめました。 脱出の方法には……おどろきました。シュール! リト君は…
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