前編
このブスどもの顔を見るたびに、俺は世界一美しかった麟に会いたくなる。
1週間前からだ。俺がバイト先の寿司屋から帰宅するのを、4人のブスが待っているようになった。恋人を亡くしたショックで、見えてはいけないものが見えるようになったのかと思った。
4人のブスのことをSNSで調べてみると、そのうち2人のことはすぐにわかった。
病気のため突如引退した元アイドルの龍野 遥18歳。目がやけに大きいボブヘアの巨乳だ。
脳死になった麟の心臓を移植してもらった女だ。
もう1人は、財閥令嬢の寅宮 楓18歳。色白金髪ツインテールの巨乳だ。
麟の肺を移植してもらった女だった。
あとの2人はSNSで情報が何も見つからなかった。あくまで本人たちの話によると、天才SEの朱来 渚23歳。小柄で赤髪の巨乳だ。
麟の肝臓を移植してもらった女だ。
あと、殺し屋の玄上 スカーレット19歳。ブロンドのポニーテールでハーフの巨乳だ。
麟の腎臓を移植してもらった女だ。
この4人の女が、それぞれに独自のルートで俺の自宅の合鍵を入手して、毎日通うようになった。さすがに、泊まらせてはいない。天国から見守っている麟に怒られてしまう。
麟は劇団員だった。舞台中に照明が落下して、変顔岩の役になりきっていた麟は、下敷きになってしまった。そして、脳死と診断され……。三日月 麟、まだ俺と同じ20歳だった。
4人のブスたちは、麟から臓器を移植してもらったお礼がしたいと言い、俺の家に通い、競うように炊事洗濯をしていた。
それだけではなく、俺が嫌っていた同級生や、バイト先の先輩が、突然失踪していた。
スカーレットは本当に殺し屋なのかもしれない。
さらには寿司屋のオーナーが、楓の父親になり、俺の時給は980円から、10,000円に爆上げされた。時給が、以前の日給以上になった。
もちろん、問題も生じた。噂を聞きつけた遥のファンたちに、付きまとわれるようになった。
人通りの少ない公園に入り、全員ボコボコにしてやったら、翌日からはなんとなく視線を感じる程度になった。
それはそれで気持ち悪いので、スカーレットに消してもらうか検討中だ。できれば、あの4人のブスに借りは作りたくない。
「てんさいさん。今日は私が特別にラーメンの屋台をアパートの前に呼んでいます」
楓が得意げに言う。
「だから、フルネームで呼ぶなってこのブス。それに今日はラーメンの気分じゃない」
天 再。父親が安易につけた名前のおかげで、俺はいじられないように、何事でも人一倍努力した。テストでは常に満点を取り、スポーツにも長け、ケンカも強くなった。
しかし、世の中には本物の天才がいる。大学に進学して壁にぶち当たった俺は、いじられる前に中退した。
そして、まかない目当てで働くことにした寿司屋『寿来夢』で、麟と出会い、一目惚れした。
「ワテの非常食のコブラの干物わけてやろうか? 精力もつくぞ」
スカーレットがポケットからコブラの干物を出してテーブルに置く。
「食べるわけないだろ! だいたい前から言ってるけど、俺はまかない食べてるから腹減ってないんだよ!」
「なら、お夜食にこちらを」
渚がゆで卵をテーブルに置く。しかも、箱根のお土産だ。
「サッと食べれて、栄養もあり、理想的なお食事です」
「こ、これは確かにありがたいかも」
俺がそう言うと、渚は小さくガッツポーズして喜び、楓とスカーレットが嫉妬する。
遥はいつものように、手作りのお弁当を、何も言わずにテーブルに置いていた。
まだ一口も食べたことがないのに、毎日作って来る。
仕方ない、明日の朝ごはんに食べてやるか。
俺がそう思った瞬間、天井から、これまたブスな女が降りてきた。
「私は女神ルナ。あなたたちをこれから異世界に送ります。そして、魔王にさらわれたターミヤ王国のリン王女を救うのです」
ほぼ全裸の格好をした女神ルナは、リン王女の似顔絵を俺たちに見せた。
「麟! 麟じゃないか! 麟は生きているのか?」
「リン王女を助け出し、テン様ご自身でお確かめください。また、異世界を支配する資質を持つ覇者に選ばれたテン様には、『破壊と再生のスキル』を与えます」
おお、かなり使えそうなスキルだ。
「また異世界では、浮気、遊びの付き合い、一方的に別れを告げるなど、愛を侮辱する行いをした者が凶暴な魔人になってしまう“邪”と呼ばれる現象が起こっています。そのため、皆、人を愛することに臆病になっています。どうか、魔王を倒して“邪”を止めてください」
麟一筋だった俺からしたら、自業自得ではないかと思うが、確かに魔人になるのはかわいそうだ。
「では、リン王女が助けを待っている異世界に行きますよ」
と女神ルナが体から光を発して、俺たちを異世界に連れて行こうとすると、
「ちょっと待ちなさいよ。私たちのスキルも教えなさいよ!」
と楓が女神ルナを睨む。
「モブキャラのあなたたちにはスキルは不要です」
女神ルナがそう言うと、
「なら、ここで消えろ」
とスカーレットが銃を取り出し、銃口を女神ルナの眉間に突きつける。
さらに、カシャッと渚がスマホで女神ルナの写真を取り、
「あなたの存在を58秒後には、とある国のとある組織のトップに知らせますよ。この世界を甘く見ないでください」
と脅す。
楓は財布を女神ルナに投げつけ、
「いくらでも払うから、強いスキルをよこしなさい」
と命令する。
「私も、スキルが欲しいです。女神様、お願いします」
珍しく遥も喋り、女神ルナに頼む。
「お前たちどうして、そんなにすんなりと異世界に行くのを受け入れられるんだ? っていうか、なんで行きたがっているんだ?」
「リンさんを助けるためです!」
と4人が同時に答えた。
ブスだがいい奴らだ。俺は4人のブスたちに悪態をついていたことを少し反省した。リン、お前の臓器はいい相手に移植されたようだ。
「わかりました。それでは特別に、スキルをさずけましょう。遥さん」
「はい」
「あなたには、『出会いと別れのスキル』を与えます」
「どういうスキルなのですか?」
「使い方は遥さん次第です。それから、楓さん」
「強いのにしてよね」
「あなたには『ストレスと癒しのスキル』を与えます」
「えっ、なに、それ。もっと派手なスキルにしなさいよ!」
楓が女神ルナの胸ぐらを掴むが、無視される。
「渚さんには、『宿題と自由のスキル』を与えます」
「おもしろそうですね」
渚は自分のスキルを気に入ったようだった。
「スカーレットさんには、『排除と蓄積のスキル』を与えます」
「ワテにピッタリだな」
「いいな、なんか強そう。私もそういうのがよかった」
楓がスカーレットのスキルを羨ましがっている。
「では、異世界に参りましょう!」
女神ルナの全身が青く輝き、突然俺たちは天井に向かって落ちて行き、天井を通過すると、そのまま青く輝く空間を落下した。
「う、うわわわー!」
「キャーー!」
スカーレットだけは、叫ばず冷静な様子だった。
やがて、異世界の空に到達し、みるみる地面に向かって落ちて行く。
このままだと、皆死んでしまう。
地面まであと十数メートルというところで、
「異世界と私たちの出会いのスキルを発動します」
と遥が言った。
すると、落下のスピードが緩やかになり、全員無事にふわっと地面に着地する。
「助かったー! ありがとう、遥!」
俺は遥の手を両手で握りしめて礼を言った。
遥の顔が赤くなる。
「ああ! ズルい! みんなテン様にブスって呼ばれていたのに、今、遥って言ったー!」
楓が怒っている。渚とスカーレットも、ムスッとしている。それから、楓は俺のことを、女神ルナと同じく『テン様』と呼んだ。
「いいなー、美女4人と旅しているなんて。まぁ、うかつに恋なんてできないけどさ。かえって、きついかもな」
俺たちは異世界の小さな村に落下したみたいで、通りかかった青年が俺のことを羨ましがっている。
美女だって?
すると、リンの似顔絵と「リン王女、魔王にさらわれる。助けた者には金貨10,000枚の褒美を与える」と書かれた張り紙が、俺の視界に入る。
「リン!」
「おい、お前、いくらリン王女がブスだからって呼び捨てはまずいぞ。リン王女、もう戻らないだろうな。かわいそうに、ブスすぎて、誰も助けに行こうとしないんだ」
と村の青年が言う。どうやら、異世界と現実世界では、ブスとかわいいの基準が違うようだ。
かわいそうなリン。待っていろよ。今から、助けに行くからな。
「テン様、リンさんを助けに行く気が増しているわね」
「ワテ、前から思っていたけど、テン様は完全にB専だな」
「私も同意します。せっかくなかなかのイケメンですのに。遥さんもそう思いませんか?」
「……はい。テン様、素敵です」
遥がまた顔を赤くした。
すると、
「ド、ドラゴンだー!」
「地下の洞窟に逃げろー!」
と村中が騒がしくなる。
「ギャオオオオーーー‼︎」
上空を見上げると、現実世界のマンション並みにデカいドラゴンが、火を吹きながら飛んでいた。
あれがドラゴンか。思っていた以上にカッコイイな。
ドラゴンは逃げなかった俺たちを見つけると、急降下してきた。
「破壊のスキル発動!」
俺は迫り来るドラゴンに向かって右拳を突き刺した。
ドラゴンは空中で、木っ端微塵になる。
「はい、俺、最強ー!」
「テン様ステキですわー」
楓が俺に抱きつく。渚とスカーレットが、楓を俺から離れさせようと引っぱる。遥はじーっと俺を見つめていた。
すると村人たちが出て来て、
「ドラゴンを1発で倒されたぞ!」
「助かったぞー!」
「勇者様が現れたのだー!」
と歓声を上げる。
ふっ。勇者だと? 俺を見くびるな。俺は魔王からリンを救い出し、この異世界を支配する覇者となるのだ!
その夜ーー
ドラゴンを倒したお礼に、村人たちが食事をご馳走してくれ、寝床も用意してくれた。
「俺、外で寝るよ」
「テン様、何を言っているのです。これから冒険に出るのに、一緒に寝るのを恥ずかしがっていてどうするのですか!」
俺が部屋から出て行こうとすると、楓が俺の腕を掴み、
「さぁ、癒しのスキルを発動しますわよ!」
と言って、微笑んだ。
まさか、ブス4人と、アレをしなきゃいけないのか⁉︎
リン、これは浮気ではないからなー‼︎




