ティアンカ
「そんな……」
私の後ろで、そう声を上げた人がいた。ティアンカだった。だけど彼女は言う。
「そんなことできるはずありません! あなたの言ってることは嘘です! 私は騙されませんよ!」
言いながら私の手を取って、
「シェリスタ! 一緒に魔王を倒しましょう! 大丈夫! シェリスタの命を使って魔王の力を一瞬封じてくれれば後は私がやりますから!!」
とか何とか、『命を使って』なんてことをそんな簡単に言うんだね……
その時、私の耳を強い言葉が叩いた。
「黙れ! バーディナムの犬が!! 僕の言葉が嘘だと思うなら、自分で試してみろ! シェリスタを巻き込むな!!」
カッセルだった。さっきまで寂しそうな笑顔さえ浮かべてたカッセルが、激しい怒りの表情で叱責したんだ。
そして魔王に向かって手をかざすと、魔王を包んでた目に見えない力の壁のようなものがふっと消えるのが分かった。
「言われなくても!」
売り言葉に買い言葉的にティアンカは大きな声を上げて、魔王に向かって走り出す。
「ダ…ダメ! やめてティアンカ!!」
私もカッセルの言ってることなんて嘘だと思いたかったけど、でも本当に嘘なのかどうかを確かめることもできなかったから、今、無茶をするのは違うと思った。
なのに、ティアンカを止めようと動き出した私の前に、カッセルが立ち塞がった。
「自分で試すと言ってるんです、試させてやりましょう」
「そ…んな……」
カッセルに阻まれた私に代わって、ドゥケが、
「待つんだ! 先に確かめないと…!」
と言いながらティアンカの腕を掴もうとした。だけど、
「邪魔しないで!!」
彼女が叫んだ瞬間、ドゥケの体ががくんと沈み込むみたいに床に倒れた。ティアンカが何かしたんだと分かった。神妖精族の巫女にとっては、そうやって勇者を黙らせることも簡単なんだと分かってしまった。
私たちが呆然と見守る中、ティアンカが魔王の体に触れた。
でも―――――
「…え……?」
呆気に取られた、『信じられない!』って表情になったティアンカの体が突然、壊れた人形みたいに力が完全に消え去ってカクンと崩れ落ちていく。それは、ドゥケが倒れた時とも違うってことが、何故か分かってしまった。ティアンカの命そのものが魔王に吸い取られたんだって分かってしまったんだ。
「ティアンカぁっっ!!」
不信感はあったけど、やたらとベタベタされるのはちょっと困ったなと思ってたけど、だからって消えてほしいとか思ってた訳じゃない。それなのに……
床に崩れ落ちたティアンカに、魔王が空いた方の手を伸ばし、掴み上げる。まるで玩具を拾い上げるみたいに。
……そうか、こんな風にしてポメリアも……




