敗走
「シェリスタ! 逃げるぞ!!」
アリスリスは躊躇がなかった。状況が不利と見るや私の腕を取り、すごい力で引っ張った。まったく抵抗できない。踏み止まることもできない。
『これが、<勇者>…!?』
剣を私に持たせ、その私を両腕に抱えて、アリスリスは走った。
「ポメリアが…!」
私がそう言ってもアリスリスは止まらない。でも彼女の唇は血が出るくらいに噛み締められていた。彼女がどれほどの悔しさの中、逃げることを選択したのかが分かる気がした。
同じ<勇者>であるカッセルが追って来てたら逃げ切れなかったかもしれない。だけど、カッセルの目的は最初からポメリアだったんだろうな……
もしかしたらポメリアも何か感じ取ってたのかもしれないな。だから彼のことを避けてたのかも。でもきっと確信がなかったから逃げたりはしなかったんだろうな。
私がもっと慎重だったら……
でも…でも……それ以上に胸が痛いよ……どうして、カッセル……
私を抱えたまま一時間以上走って、アリスリスはようやく立ち止まった。地面に下ろされた私も、アリスリスも、ボロボロに泣いていた。悔しくて、悲しくて、やるせなくて。
そこは、整備された街道の上だった。その街道を、私もアリスリスも一言もなく歩いた。西へ、西へ。
そして、日が暮れて辛うじて空に赤みが残ってるだけの中、
「止まれ! 何者だ!?」
馬に乗った何人かの兵士が私達を呼び止めた。王国軍の兵士だった。たぶん偵察の斥候だろう。
「私は、青菫騎士団のシェリスタ。こっちは青銅騎士団に同道していた勇者のアリスリス。
魔王軍との戦闘で仲間とはぐれて、部隊復帰の為に転移魔法を使える魔法使いを探していました……」
私が身に着けていた鎧は青菫騎士団のものだし、アリスリスのことも軍の上の方に紹介したらすぐ分かると思う。だけどとにかく身分が確認できるまでは念の為にと私もアリスリスも捕縛されて連行された。でも私達はそれには逆らわなかった。
正直、逆らう気力もなかったって言った方がいいかな。
その斥候の兵士達が所属してた部隊に戻って念話を使える魔法使いを通じて青菫騎士団に連絡がつくと、すぐに身元が確認されて、
「失礼いたしました!」
と恐縮されながら私達は解放された。
「ああ、シェリスタ。無事だったのね。本当に良かった」
と、ライアーネ団長の言葉が、念話術者を介して伝えられると、私はまた涙が止まらなかった。
「申し訳ありません…! ポメリアを守り切れませんでした……!」
青菫騎士団の方は、全員、無事だったらしい。強力なヒーラーのポメリアは欠いたけど、ある程度ヒールを使える者がいたからそちらで何とかして、戦いを続けてたそうだった。
そして私とアリスリスは、すぐさま転移魔法が使える魔法使いにより青菫騎士団のキャンプへと送られ、私は原隊復帰を、青銅騎士団を失ったアリスリスは青菫騎士団への合流を果たしたのだった。




