1'.心――それは深き闇
すでに事切れた栄美子の身体を、俺は見下ろしていた。
包丁の刃が柔らかな腹に食い込む感触。じわじわとしみ出るドス赤い血液。疑問で一色になる瞳。力を失い崩れ落ちる彼女のすべて。
何故、俺は栄美子を殺したのか。
何故、何故、何故。これから、そんなホワイが俺の周りを取り囲むことになるだろう。
何故。
何故、理由が必要なのか。
俺は愛する彼女を殺した。殺したという事実ではなにが足りないのか。
動機はたしかにある。言葉にはしにくいが、俺の頭の中にはちゃんと形になったものがしっかりと息吹いている。
だが、それは俺の問題だ。俺はこれから警察に捕まることになるだろうが、俺の本質たる殺人動機は絶対に喋らないし、尻尾を出すことはない。たとえ死んでも、俺は俺の内心が一番大事で、今までもそれを一番に生きてきた。
歌詞はすべて栄美子に書いて貰った。初期は俺が書いていたのだが、創作というのはどうしても作者の考え方が文章に、絵に、音楽に、流れ出してしまうということが判った。そうなると、俺がなにかを創り出すということはもうできなかった。
俺が栄美子を殺した理由。それも、内心の流出を止めるためだった。
あいつは俺を求めた。最初は見た目だった。俺の顔、歌う姿、だった。次第にそれが、俺の話し方、立ち振る舞い、服装へとステップアップし、ついには考え方にまで及ぶようになった。
そしてあいつは俺と一体化しようとした。肉体だけの繋がりではない。心を一つに重ねることを俺に強いたのだ。
だから殺した。それが、俺の動機だ。誰にも理解されるはずのない、俺の奥深くに存在する闇。
たとえ警察や検察に根掘り葉掘り拷問を受けても、探偵のような不逞な輩がこそこそ嗅ぎ回っても、俺は決してこの俺を暴かれることはない。
決して触れあうことのできない、人なる器の中にあるどろどろとした液体に沈む限り、それはきっと永遠の謎となり続けるのである。