理由と罪
「さて、少しは落ち着いたかな?」
出現したテーブルに座った後はおやじが紅茶を入れてくれた。そして自分で入れた紅茶に山ほど角砂糖どぼどぼ入れてイッキ飲みしながらこちらの伺ってくる。よく飲めるなそんなもの。じゃりじゃりしそうだ。
無論私は飲まない。なにが入ってるか判ったものじゃない。
「ふむ、飲み方が違ったかな?知識としてはこれを入れると知ってはいるが如何せん飲むのは初めてなのでね、じゃりじゃりするなーとは思ったんだ。」
やっぱりじゃりじゃりしたのか…。
って、ちょっと和んでいる場合ではない。
色々気になる単語でた気がするが今はそんな事よりも聞き出さねばならないことがある。
「…って」
「ん?」
「私を殺すってどういうことですか…?」
「ああ、そうだね。では本題に入ろうか。」
改めて此方に顔を向き直すとふざけていた口調から真剣なものに変わる。
「私は君達がいう神様みたいな存在だと思ってくれればいい。私が君を殺さなければならないのはね、君がこの世界に居るべき人間ではないからだ。」
「居るべきではない?」
「というよりは【本来】いる筈がない人間…いや君達でいう【魂】がと言うべきかな?」
神様?本来は?魂が?全く理解が出来ない。なにを言っているんだこのおやじは。
「十数年前、君の【魂】は本来産まれ落ちるべき世界から何故かこちらの世界へと間違って来てしまったのだ。そしてそのまま肉体得て今に至り、君になった。」
「…本気でそんなこと言っているのですか?今時子供でも信じないような事を。」
どう考えても世迷い言にしか聞こえない。聞こえない筈なのに何故かさっきから冷や汗が止まらない。
心臓がバクバクいっているのが分かる。
「そうだね、でも本当の事なんだよ。君はこの世界の存在ではない、故に問題が起こった。」
「問題?」
「本来在るべきではない存在は周囲に少なからず影響を与えてしまうんだ。この世界に馴染めない、溶け込めない、反発しあう、まるで水と油のようにね。」
また空中に文字を書くと水と油が入ったんコップを出現させ、その中身をくるくると混ぜてみせる。
油は通常水に溶け込まない、馴染めない。
そして油はー
「この油に当たるのが君の魂だ。」
くいっと指を上にあげる動作と共に油だけが浮き上がり球体になってゆく。
「世界にとっては異物でしかないこれは徐々に歪みを産み、世界のバランスを崩していく。君に何か心辺りはないかい?自分の周りでなにか起こったりしてないかい?例えば…家族とかに」
心臓が一際ドクンと鳴ったように聞こえた。
形容しがたい、その綺麗な色の瞳で探るように見つめてくる。
あるにはある。思い当たる節が確かにあるのだ。
私の家族はよく怪我をする。
本当によくちょっとした怪我をするのだ。
1年に一回は父、母、兄の誰かが。私ではない。
重症というほどではないが指を骨折したり、転んで入院したり。「うちの家呪われてるんじゃね?」と父と一緒にお払いにもいったことがある。
母は元々のんびりしておっちょこちょいなので「やだーまた転んじゃった、てへ☆」っと楽観視していたが。兄は…あいつは上級生にケンカ吹っ掛けてたりするからカウントしていいものか悩むが。
「それって私の…せいなの…そんな事」
信じられない。信じたくない。
「全てがというわけでもないだろうが君により近くにいるこちら側の魂はその影響を受けて存在に負荷が掛かっている可能性が高い。いまはまだ微々たるものだが、やがてそれは大きくなる。」
「そんな、どうすればー」
「だから私は君を殺さなければいけない。」
ーーーっ!
うすうす感付いていたがやはり。
「そして歪みは周りだけではなく君自信にもおよび始めている。最初は小さかった歪みが大きくなるにつれこちら側である【身体】と向こう側の【魂】が合わなくなってきてしまっているのだ。」
「え?」
なにを?いって?
「君はね、もう限界なんだ。私がなにもしなくても今日、このまま魂は弾き出されて、死ぬ。」
「は?」
殺されなくても死ぬ?そんな馬鹿な?
嘘でしょ?私死ぬの?
「嘘でしょ!?信じない!!そんな訳の分からないこと信じられるわけない!!殺されなくてもすぐ死ぬとか!もう無理!さっきから分からないこといっぱい言って意味不明!魂?向こう側?やだやだやだ!知らない、そんなの知らない!家に返して!」
混乱と怒りに任せてテーブル上のカップをおやじに投げ付けるが前みたいに当たることはなく、目の前でピタリと止まった。おやじは気にするもなくそのまま話を続ける。
「だがそれでは困るのだ。弾き出された魂はこの世界のものではない。故に再度転生も出来ず、いや仮に出来たとしても今回のような事を繰り返えしていく。歪みを増しつつ、やがて世界の均衡すら崩しかねないほどとなって。」
「帰りたい、もうやだ…知らない…私は」
「だからこそその前に、弾かれた魂がこちら側の本流に巻き込まれ見失う前に、君を殺して、魂保護しもどさなければならない。」
「ううう、あぁ、うう」
「君が本当に産まれるべき場所に、あちら側へ。」
「あちら、がっああ!?」
ドクン!ドクン!
心臓が早い!
気持ちが悪い!身体の感覚がどんどん鈍くなっていくみたいな感覚だ!なにこれ!?
「!?しまった。もう時間なのか!」
「あが、あ、じか、ん…あ死ぬ?私…しんじゃ」
怖い、怖いよ。なにこれどんどん世界が遠くなる。
薄くなる?消える?分からないけど怖いよ。
助けて、お父さん、お母さん、お兄ちゃん!
「頼む、手遅れになる前に、私に君を殺させてくれ!!そうじゃないと、そうじゃないと君を助けられない!」
「…はぁは、はぁ…?」
「これは契約、いや約束みたいなものなんだ。君に許可を貰わなければいけない。君をあちら側に戻せなくなる、頼む!」
意識が遠退く…もう瞼を開けるのも億劫になってきた…助ける、助けてくれるの?殺すのに…
「そした…ら死ぬけど…た…すかるの…?」
もう声を出すのもつらい
「ああ、ここではない向こう側になるが…それでも君は君でいられるんだ。」
「…い…いよ…いやだけ…ど、いいよ…ゴホ」
死ぬのなんていやだ!でももうこれは助からない。
分かる、分かってしまう。指の感覚も意識ももう身体からなくなってきている。これが魂が弾かれようとしているんだと。
このまま死んでどうなるか分からないなら信用なんてこれっぽっちも出来ないがこのクソおやじに賭けるしかない気がしてきた。ああ、もう頭が回らなくなってしまったのかもしれない。
「…ここに契約は完了した。私は君を殺して君を救おう。」
おやじは倒れた私に股がり、首にそっと手を掛けて
「この罪を私は背負う、そしてー」
力をこめて
「…ぁ」
ふと息が漏れたのを最後に私の意識は暗闇に落ちた。