四話 依頼・加護
――樹海の森
そこは、青々とした木々が辺りを覆い、まだ日も落ちぬ間に妙な暗がりのあるところだった。てらてらと黄や緑の光をまばらに放つ苔が地面にでこぼこと生え道を照らしていて、その中を植物とも昆虫ともとれる様々な得体の知れない達が蠢いているのがみえる。
そんな暗い中でただの人間が目当ての物を見つけ出し選り分けるというのは本来、困難であり、だからこそ依頼に上がるほどの案件のはずなのだが……
「見てよこれ! 私こんなにキノコとっちゃった!」
「私もです! 驚くくらい運が良かったですね!」
ミコトたちは驚くほど簡単にそのお目当ての物を見つけてしまっていた。
「……」
「ん、どうしたミコト? 折角キノコの群生地に出くわしたんだから採取しないと損だぜ?」
「あ、はいリーダーさん」
「なに、こんな冒険者初日で大成功するとは思わなかったんだろう。それは俺たちも同じだがな、はっはっは!!」
「そんなに背中バシバシ叩かないでくださいよゴーントさん! あはは……はは……」
――いや、あり得ないだろ……。
勢いのまま叩かれたミコトは痛む背を押さえながら、騒ぐ彼らを尻目に、落ち着きを取り戻すよう考えを巡らせる。考えればここまであり得ないことの連続だったのだから今更驚くようなことでもない、が、あまりにことがうまく運びすぎていた。
気合いを入れて臨んだ彼が滑稽に思えるほど、あり得ないほどにできすぎた結果。
出発前からしてそうだった。
運よく依頼を簡単に手に入れられたのはいい、あんな預言者の逸話のように列が割れることがなければ。
東の門まで行って依頼主の男から依頼内容にあった同行者を紹介されるのもいい、それが少し前に知り合い面識のある彼ら四人組でなければ。
滅多に見つからないという対象のキノコを偶然見つけられたのはいい、希少とはなんだったのかと問いたくなるほどにそれが山ほど生えた群生地を見つけたりしなければ。
そしてなにより――手のひらに目を落とす。
「ほんっと、あり得ない……」
そこには、爛々と金色に光る紋章のようなものが浮かんでいた。
「いやぁー、採った採った!」
「偶然ミコトが見つけてくれたおかげだよなぁほんと」
「えぇおかげで組合にも良い報告ができます」
「えへ、一気に目標に近づいちゃった」
彼らジブリールの剣の面々はお金の入った重い袋をじゃらじゃらさせて、ほくほく顔で帰りの馬車に揺られていた。もちろんミコトもその袋を持っている。渡されたときはあまりの重さにふらついてしまったほどだ。
その額なんと――三千マルクス。五人で分配し一人600マルクスの大金である。
馬車に乗りこむ前に払ってくれた依頼主も、珍しいキノコが大量に手に入って嬉しいやら、手持ちが一気に飛んで悲しいやら、そんな微妙な表情を見せていたのがまだ記憶に新しい。
その後は、日の落ちかけた王都に着いてから組合に報告しに戻ったり、ミコトは担当してくれたあの受け付け嬢に借りていた五十マルクスを銀貨で返したり、依頼がどうだったか伝えて驚かれたりして、そのまま解散するかと思いきや、このまま別れるのも何だということで、祝勝会をあげることとなり五人は夜の酒場に繰り出すこととなった。
――酒場『シャーリー』の個室
「「乾杯!」」
宗教上の理由で冷した果実を絞ったジュースをセレスが、他三人はよくわからない銘柄の酒らしき液体を手に、グッと嚥下する。
「仕事終わりの酒! たまらん!」
「今日は大成功だったからな、味もひとしおだぜ!」
「へー、王都のお酒ってこんなおいしいんだ」
「この果実ジュースも中々美味ですよ」
各々味を楽しんでいるようである。
ミコトもそれに倣ってグラスに口をつけた。芳醇な香りが鼻をつく。
ほぅ、と軽い溜め息をつきながら、なんとなしにこの世界に放り込まれた理由、あの『声』、それからここまでのできすぎた展開が頭に浮かぶ。
依頼の帰り道からずっとこの悩みに後ろ髪をひかれていたのだ。たった一日の出来事だというのに不可解な事が多すぎて、まだ処理しきれていない。
ただ今のミコトの一番の悩みの種は、今もなお消えず、右の手の中でじんわりと光るーーこの謎の紋章。
「とりあえずこれ、どうしよう……」
テーブルの下から自己主張をしてくるそれを、ずっと隠すのに無駄な神経をミコトは使っており、なかなか味覚の方にばかり意識を集中させることは難しかった。
しかし折角の打ち上げ、折角の酒。楽しまなければ損だとミコトは頭を振るい酒を一気に口に含む。
色々頼んだ料理が届きテーブルに彩りが添えられたところでまた盛り上がり、その時はミコトも食事を素直に楽しんだ。
肉、肉、肉。
肉汁したたる少し硬いそれらにナイフとフォークを突き立て、口に運ぶ。
紋章は握りこんだナイフでしっかりと隠しーー
ーーまてよ?
「っ、そうだ!」
「んんっ?」
"異世界"のことは"異世界の住人"に聞くのが一番じゃないか。
そう気づきミコトは声を上げた。転移云々は言えないが、この謎の紋章の事なら聞いてもまず、問題はないだろうと。
それに肉と格闘していた彼らは反応した。
……一番に疑問の声を上げたエミリーは肉を喉に詰まらせていた。
「どした?」
と、既に顔が赤いリーダーがミコトの顔をのぞく。 ミコトはナイフとフォークを置き、「実は、その」と前置きをうってから、
思いきって手のひらを四人にさらけ出した。
「これについてなんですけど……」
「「!?」」
ーー空気が変わった気がした。
反応は予想よりも大きかった。
見やれば四人は目を白黒させている。
和気あいあいとした空気はついぞ消え、もうこの謎の紋章について質問する雰囲気では……
「か、『加護』を他人にさらすなんて……!」
「もしかして、信頼の証ってやつか?」
「まぁ!」
「ほんとミコト!? 嬉しい!」
質問できる雰囲気ではない。
しかし彼らの反応は決して悪いものではなく、むしろミコトの行いを歓迎している様子だった。
そして「私も! 私も見せる!」と挙手したエミリーが手のひらをパッとミコトに開き、それに追随して、全員が手のひらを見せ合うかたちに。
エミリーとゴーントが赤の紋、リーダーが黄の紋、セレスが青の紋だった。
「これで俺達とミコトは友だな!」
リーダーとゴーントに両側からガシッと肩を組まれ、まだこの流れについていけていないミコトは「え? え? 何で?」と頭にはてなを浮かべ疑問をつぶやくが、それをよそに場はまた盛り上がり、
「じゃあ改めて……俺たちの出会いを祝して!」
「「かんぱーい!」」
そのつぶやきはうやむやに消えていった。
「うー……酔った」
冷える夜風を上がった体温で打ち消しつつ、ミコトは一人で王都を歩く。夜の街は昼間に比べて何となく妖しい雰囲気を漂わせていた。
あの四人とは酒場を出てから、またいつか一緒に依頼を受けようという社交辞令的な約束をして別れた。彼らは別れを惜しんでいたが、彼らと違いミコトはまだ今夜の寝床を見つけていなかったのだ。酒で足取りがおぼつかなくなっても、組合の安価な宿泊施設は満員だと、あの受付嬢に申し訳なさそうに伝えられたのはまだ覚えていた。
「そういえばこれ、加護っていうんだっけ」
ミコトは空き宿を求めて歩きながら手のひらに視線を落とす。
金色に輝いていたそれは今や、黄色に見紛うほどうっすらと薄れてきていた。
「……何で薄れてきてるんだろう」
度胸がなく、結局加護について聞けずじまいだったのが悔やまれた。
加護とは何か、加護というなら一体誰が授けた加護なのか、それから出し入れの仕方等、聞くべきことは沢山あったのだ。
そこまで考えたところで、そういえば、とミコトは昼間の出来事を思い出しピタリと足を止める。
あの、セレスとエミリーが彼らを魔法と剣技で止めた時のことだ。
もしかして、二人の手から出ていたあの光は加護の光だったのかな?
もし加護が関わっているのだとすれば。
ーー自分もあの様な魔法や剣を使える可能性があるかもしれない。それは、とても抗いがたいくらいに魅力的だ。
「元の世界に帰るのは、少し、試してみてからでいいかな……」
これは楽しくなってきたかもしれない、と相好を崩す。
しかしまずは宿である。
ミコトは軽快にコツンコツンと大通りを歩いていった。
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