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二話 組合


『……行き過ぎです、戻って』


『……戻り過ぎです、前へ』


「入りたくないなぁ……」


 異世界に来てしまった就活生(ミコト)はどうやらここで冒険者(フリーター)と呼ばれる職業につく運命らしい。

 先程見た破落戸のような彼らの姿を思いだし、渋るミコトだが、脳内に響く声とどやどやと後ろから来る冒険者達にグイグイと後押しされるような形で已む無く腹を括り、中へと踏み込んでいく。



 冒険者組合と書かれた建物内に入るとそこは、穏やかさという言葉と無縁な世界のようだった。


「はー……すごいな……」


 往来とはまた違う活気に息を呑むミコト。


 床を鳴らしながら意気揚々と旅立つ冒険者たち。

 彼らを見送る、整然とカウンターに並んだ見目麗しい受け付け嬢。

 あちらには巨大な掲示板に無数の張り紙もある。それに目をギラつかせた駆け出し冒険者がハイエナのように群がっていて、建物内の熱気は尋常ではなかった。


 その雰囲気に圧倒され、尻込みするミコトだったが、自分と同じ如何にも"冒険者ルック"ではない軽装の四人組が一番手前端の受け付けに並んでいたのを見てほっと一息ついてから、『声』に次の指示を仰ぐ。

 ……謎の声に頼る自分に恥ずかしさを覚え、声は自然とぶっきらぼうなものになった。


「入りましたけど」

『あの後ろに並ぶのです』


 あの、とはあの四人組のことを指しているのだろう。

 ミコトは彼らの後ろに並ぼうと近づいて、足を止めた。


「ところで、並んでからは?」

『……』


「……まぁいいか」


 とにかく、並べばわかることを期待してまた動き出す。

 すると、声が聞こえてきた。

 男の声だ。


「何にすっかなぁー! あ、これはいいかも。いや、待てよ?」

「……ハァ」


 変に手間取っているのだろう、受け付け嬢が呆れたような目であの四人組の先頭に立った男と向き合っていた。

 全く視線を気にしていないその男は前屈みで一生懸命何かを書いたり、消したりしている。


「なぁリーダーいつまで悩んでるんだ」

「いや、だって、仕方ねぇだろ? 俺たちの大事なパーティー名なんだからじっくりと」

「さっきもそう言ったけどよ、リーダー。そっから何分経ったかわかるか?」

「えっと、さ、三分くらい?」

「もう十分以上は経ってる! もう限界だ!」

「うわっ、やめろよ書けないだろ!」


 待たされていたもう一人の、がたいの良いスキンヘッドの男がリーダーと呼ばれた男に後ろから詰め寄って彼の持った羽ペンを奪い取ろうと手の上から掴む。リーダーはそれに抵抗しつつ記入用紙にパーティー名を書こう書こうと踏ん張る。

 ペンの主導権争いに集中するあまり、肝心のパーティー名を考える余裕がないことに二人は気付いていない。完全に不毛な時間が流れていた。

 その少し離れた後ろで待っている女二人は溜め息をつきながら『これだから男は……』と愚痴を溢しつつ、彼らを止めようとはしていなかった。


 冒険者って怖い。

 そう思いながらミコトは後ろに並んだ。


「全くもう、付き合わされる身にもなってほしいわ!」

「二人ともこうなったら長いですものね……あら?」

「ん、どうしたのセレス……あれ」


 暇をしていた女二人は後ろに並んだミコトに目敏く気づいたようで、笑みを浮かべながら振り返り、アッシュの短髪の方の女は話し掛けてまでくる。


「こんにちは、貴方も冒険者志望?」


 暇を潰す材料が見つかった彼女の表情はとても良い。


「あ、あぁこんにちは。そうなるかな……已む無くだけど」

「やっぱり! 私たちもそうなのよ! ってここにいるならみんなそうよね。已む無くっていうのはどういう意味? 貴方そう言えば珍しい格好ね? あっ、私エミリーって言うの、ヨロシクね!」

「えーっと。俺はミコトっていうんだ、よろしく。已む無くっていうのは」

「お金の為? 名声の為? それとも地位? 何にしても夢があるわよね、王都の冒険者って!」

「あ、ああ」


 あまりに暇をもて余していたからかエミリーと名乗る彼女は堰を切ったように話し始めた。

 話す内容はやれ、『冒険者はすごい』だの、『王都はすごい』だの、『想像より栄えていた』だの、おそらく仲間と既に語ったであろうこと。同じ冒険者の卵であるミコトを見て再び熱が甦りその勢いのまま喋っている、という風な話し方だった。

 ミコトが冒険者という職業についてあまり知らないことがわかるとエミリーの口はさらに早く回った。

 冒険者というのは元々自然との調和を重んじる専門職で、危険な職業だがその分見返りも大きく、冒険者の級を上げていけば国の手厚い保護や支援が受けられること、どんな身分でも冒険者なら関係なく上を目指せることなど、受け付け嬢顔負けの説明量が彼女の口から飛び出す。

 今のミコトはいきなり浴びせかけられるマシンガントークに圧倒されていて、完全に閉口状態だった。


 それに気づいていないエミリーがさらにこれからの目標を喋り始めようとしたところで、見かねたのかセレスと呼ばれた長い金髪の女がミコトに助け船を出した。


「こらエミリー、この人困ってるじゃない」

「まずは王都で一万G(ゴールド)貯めて……えっ、あっ、ごめんねミコト。つい」


 エミリーは嗜められてやっと気づき、目に見えてシュンとしてしながら謝ってくる。


「あー……別にいいさ、ほら冒険者のこともよく知れたし」

「うぅ、優しい……」

「ごめんなさいね、この子王都に来てからはしゃいじゃって。私、セレスと申します」

「あ、ご丁寧にどうも。俺はミコトです」

「別にはしゃいでるわけじゃないってば、もう!」


 そこからは三人で会話に花を咲かせた。

 彼・彼女ら四人組はこの王都から西にずっと遠くに行った先の町の出身で既に冒険者の仕事をしていて、その町の仕事が減って稼げなくなったから上都してきたと言う。ちなみにその町には平穏すぎて冒険者組合がなかったために今回の登録が初めてだとも。何もないが良い町だったらしい。


 ……と和やかに時間が進むがやはり前方で起きている男達の言い争いにどうしても目が行く。

 そしてとうとう業を煮やしたエミリーが会話を止め、男二人の方を振り返りつつ口を開いた。


「ところでセレス、いい加減あのバカ二人止めない? 私たちだけならまだいいけど、ミコトもこれから登録するんだし」

「そうねぇ、早く登録済まさないと私たちもミコトさんも、受けられる依頼がどんどん減ってしまうだろうし……」

「止める?」

「止めましょう」


 そう言うといきなりセレスは先の方に小さい宝石をつけた杖をチャッと構え、いまだに不毛な争いを続ける男二人に向かって突きつけた。


「えっ、セレスさん何を――」

「――"拘束せよ"!」


 セレスの手の内側からパーッと青い光が迸り、杖に伝わったかと思うと光は瞬間的に男二人の方へ飛んでいく。

 さも当たり前のように行使されたそれにミコトは目を剥いた。


「ま、魔法!?」

「魔法だけじゃないわよ」


 今度はエミリーが両手に赤く光る短剣を構え、セレスが放った青い光で急に拘束され慌てている二人にバッと迫り、目にも止まらぬスピードでそれぞれの首もとに短剣を突き立てる。当然刺さるまえに止めるが、拘束から抜けようとする男二人の動きを止めるには充分だった。


「うっ、お前ら何を!」

「今俺とリーダーが、」


「いいから、早く、パーティー名を、決めなさい」 




 鶴の一声で今、リーダーとスキンヘッドはすごすごと二人の案の間をとった名前を用紙に書いていた。


「これでよし、と」


 それをリーダーが受け付け嬢に出し、判子のバン!という音が響く。

 見なくてもわかる、登録完了の合図だ。

 

「やっと決まったなリーダー!」

「あぁ!」


 決まったら決まったらで嬉しそうにしているリーダーとスキンヘッド。


「ほんとよ」

「さっきまでの時間は何だったんでしょう」

「まぁまぁお前ら、ほら、依頼板にでもいって今日の予定決めようぜ。次の奴を待たせちまってる」

「ミコトー、次いいわよ」

「ん、何だ? そいつお前らの知り合いなのか?」

「ええ。ミコトさんとはついさっき知り合ったばかりですけど」

「おぉそうか! 冒険者として人脈を広げるのはいいことだ……俺たちもよろしくなえっと、ミコト?」


 そう言ってリーダーが手を差し出してくる。

 ミコトもそれを受け入れた。


「はい、ミコトです。まだ冒険者になってすらいないけどよろしく」

「ミコトもこれからか。俺はこの"ジブリールの剣"リーダー、アッセンだ。機会があればまた会おうぜ」

「"ジブリールの盾"が良かったんだがな。俺はゴーントだ、よろしくなミコト」

「いいだろもう。それじゃあなミコト、俺たちは依頼を取りに行ってくる」

「おう、行くか。じゃあな」

「失礼致しますね」

「ミコトまたねー」


 四人は手を振りながら掲示板の方へ向かっていった。

 ミコトは魔法やこの世界のことなど聞きたいことは沢山あったが引き留める雰囲気ではないので手を振り返して彼らを見送り、異世界だからと自分を納得させて気を取りなおす。


「嵐みたいな人達だったな……さてと」

 

 ともかく次はミコトの番だ。

 迎えてくれるは美人の受付嬢。

 さきのゴタゴタに巻き込まれて疲労感を感じているはずだが流石本職、それを感じさせない淑やかな微笑をたたえている。


「お待たせ致しました、次の方どうぞ」

「お願いします」

「本日の御用件は何でしょうか?」

「えーっとですね……」 


 ――そういえば。

  

 なんだかんだで普通に冒険者になろうとする自分がいることに気づき、内心ミコトは驚いた。

 彼をここまで導いた抗いがたい『声』は今は鳴りを潜めている。つまり引き返そうと思えばいつでも引き返せるのだ。なんなら声を無視してしまってもいい。

 そう結局は彼の意志次第で引き返すこともできる……のだが、しかし。


 此処に入った時に感じた微かな高揚に。

 エミリ-の熱い語り口に。

 魔法、未知の存在に。

 冒険者という職業に興味を持たざるを得なくなってしまっているのかもしれない。

 いずれにしてもこの異世界という熱に浮かされていることは間違いなかった。


「まぁここまできたら引き下がれないしな」

「何と?」

「いえ……冒険者になりにきた、って言ったんです」


 高揚心を押さえながら登録のための記入用紙を受け取り目を落とす。

 ミコトの冒険者としての第一歩目が始まろうとしていた。



 ――あ、字読めないし書けない。



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