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プロローグ&一話 声と異なる世界

 日本某所。

 車の通りが激しいその界隈に住む彼、時定 命は今、危険に晒されていた。

 就職活動を共に頑張る仲間同士の飲み会から帰るミコトは、暗い夜道を朧気な頭で、足取りふらふらと歩いていたために車道に踏み入れていることに気づかない。

 間が良いのか悪いのか、ちょうど車が通らなかった間に踏み入れたものだから車道の真ん中へ入り込んで、あと何秒かすれば激しい車の波に揉まれるというのに彼は機嫌良さげにそこへ正座で座りだし「アハハ」と笑っている。


 深夜もいいところで、周囲には誰もおらずミコトを止める存在はいない。彼が気づくのは車が直近に迫ってきたときだけだろう。

 ちょうど彼が酔いで三つ指をつき道路にお辞儀をしはじめたところに、すさまじいスピードでトラックが向かってくる。車高が高いため見えづらく、なおかつ歩行者が車道に出て三つ指をついているとは思ってもみないトラックの運転手は彼をその目に捉えないまま車体を走らせていた。

 そしてそのままトラックは迫り――


「ん、あ?」


 ついに気づいたミコト。

 しかし時既に遅し。

 トラックはミコトを吹き飛ばす――かに思えた。



「わっ、うわぁぁぁぁ!? …………あ、あ?」


 しかし、無衝撃。

 トラックを前に目をギュッとつぶり衝撃に備えていた彼は不審に思い恐る恐る目を開ける。

 すると、


「トラックは……?」


 トラックが消えていた。

 トラックだけではない、さらにそれから青の信号機も、車道も。

 空も地面も目につくものすべて。

 彼以外のすべてが。


「……いったい、何がどうなって……しかも何だここ?」


 酔いなどすっかり覚めた彼は辺りを見回すも、本当に何もない。

 今はただただ無が広がる白い空間に彼1人がふわふわと浮いているだけだった。


「俺は死んだのかな」


 ポツリと呟く。


 ――就職も失敗続き、親にも迷惑をかけっぱなしだったし……何も成し遂げられなかったなぁ、俺――


『――いいえ』

「へっ?」


『死んでは、いません』


 その何も無い空間に、不意に音が生まれた。

 声だ。

 声は柔らかく、かつ厳かに空間へ響く。彼はその声からある種の神聖さを感じ取って、その声を聞き漏らすまいと耳を傾けつつ口を開いた。


「ならここは? ……俺は、どうしたら……」

『……信仰なさい……』

「信、仰……?」

『貴方の信仰を……に……』


 パキリ。

 無に有が混ざることが引き金たらしめたのか、タマゴが割れるように空間にひびが入ってくる。1つ割れると、その次が。


「ひびが……!」

『……、……』

「これは……!? それにアナタは、一体!?」

『……』


 その声は彼の問いかけにピタッと止まってしまった。


 パキ、パキ……パキパキパキ……。


 この声の正体が知れるまでは動かないつもりだったミコトだが、ひびはそんなことは関係ないとばかりにその割れる速度を早め、そして次の瞬間――


 ――……パキン!


 大きなひびに繋がり、この場に鮮烈な光が差し込んだ。

 と同時に彼の意識は眩しさのあまり遠のき目の前が薄れていく。


 ただ、意識を失う前、彼は神を見た気がした。




************************************************************************************************




 ――あぁ、異世界に来たんだ。



 そう"元"地球人のミコトは独りごちた。

 ミコトはあまり賢くない。運や直感は悪くないと自負しているが、就職も中々決まらず、それをアルコールに逃げて誤魔化すような青年である。


 しかし、このような状況においては逃げることも、誤魔化すこともできなかった。


 目の前には、活気に満ち溢れた人々の波が一つの生き物のようにザワザワガヤガヤと左に右に動き、ごった返している。この道は大通りのようだ。道に沿って出されている簡素な野菜屋や果物屋、高級そうな店構えの本屋や服飾店など多種多様な店に彼らは入れ替わり立ち替わり入っていく。

 そして彼ら一人一人に目を向けると、様々な人種が存在していることがわかる。

 もう日本人とかアメリカ人とか、そういう人種ではなく、『種族』と言った方がいいのだろうか。ある人は獣のような牙や爪や大きい耳を持って、またある人は鱗や尻尾を持って、"普通"にあの人だかりの中を歩いている。

 むしろ、地味な格好に地味な髪色のミコトの方が浮いているようだった。ミコトをジロジロと見ながら脇を通りすぎる派手な髪色の人々は皆、見慣れない町人のような格好をしていたり、戦いに赴くような鎧を身に付けていたり、魔法使いのような長いローブに身を包んでいたりと様々だが、ミコトのように現代日本的な姿なのは誰一人としていなかったのである。


 極め付きは彼らの中に、武器を持っている者がいるということだった。

 現代日本においては間違いなく必要ないであろう剣や槍や弓や盾。本物だろう。

 何なら店の並びに沿って首を伸ばせばそれを扱う武器屋、鍛冶屋も見える。


 さらにその本流を辿って遥か向こうを見やるとこの都市の中心位置に王が住むようなきらびやかな宮殿までが見えた。


「あぁ、本当に――」


 ――認めざるを得なかった。

 ミコトが今置かれている非常識な状況。

 これは、地球とは異なる世界に来てしまったのだと。



 しかしその理由がミコトにはわからなかった。就職がまるで決まらない彼への神の思し召しだろうか。それとも他に何かあるのだろうか。

 単調にとにかく繰り返される毎日に飽きていたミコトであるが、なにもあの日常に格別不満があるわけではなかった。しかも、この状況である。彼の心は既に折れ始めていた。

 

「そういえばあの"声"は『信仰なさい』と言っていたっけ……気休めだけど」


 平凡な日常が呆気なく消え去り、未知という危険に満ちている世界へといきなり叩き込まれた彼はもう、身の安全を祈るほかない。

 神など信じたこともないが、ミコトはすがるように祈りを捧げつつ、人波に流されていく。

 すると声が聞こえてきた。


『真っ直ぐです』

「!? この声――」

『真っ直ぐに、ただ進むのです』


 恐らく先ほどの空間に響いたあの声だ。

 どこから聞こえるのか、誰が話しているのか。……全くもってミコトには理解できない、が。


「……ええいっ、信じるしかないか。行こう」


 グイグイと前から押してこようとする波をかきわけ、ミコトは声に従って真っ直ぐに進んでいく。心なしか掌の中がむずむずと熱くなるような、体の奥底から力が沸いてくるような、そんな気がした。


「くそっ、進みづらいな」


 現在の大通りの流れは、ミコトが進もうとしている中心に位置するあの王宮から、逆に離れていこうとする動きが主流のようだった。

 その流れを作り出しているのは一般の町人に混じる彼ら。まだ日中の明るい空なのにも関わらず疲れている様子の彼ら大勢は、仕事帰りなのだろう。

 それが何の仕事かはだいたい彼らの格好を見ればわかる。おそらくさきほど見つけた、剣や鎧を身に付けて歩いていた者と同業者なのだ。彼らは冒険者然とした出で立ちで、そのがっちりとした装備から通りのスペースを大幅にとっていた。中には血濡れの者もいるし、一般の通行人は近寄りがたいだろう。

 彼らのガタイの良さと、ごろつきのような強面が一層それを助長させていた。


 ミコトも、うわ……怖。正直お近づきになりなくないなぁ、と通りの端に移動し、なおも声に従い進んでゆく。


『真っ直ぐです』

「はいはい、真っ直ぐですね」

『……真っ直ぐ……』

「……まだ真っ直ぐ?」


 このままずっと歩いてゆけばいつかあのそびえ立つ王宮にもぶつかってしまうだろう。そう考え時おり足を止めようとするも、『真っ直ぐ』『真っ直ぐ』と急かすような声によってミコトは歩を進めざるを得なくなっていた。ちょうどそれは精度の悪いカーナビを前にしたドライバーと同じ心持ちで、半ばヤケクソに近い。が、しかし今のミコトには、この声を信じて進む以外に術はないのだ。

 何処に連れていかれるかはまさに神のみぞしる――と諦めて、少し疲れた足を前へ前へとやっていたミコトだったが……。


「んん?」


 ようやく自分がどこに連れていかれているかを掴み始めていた。


 通りには例の冒険者然とした彼らの行き交いが目に見えて溢れかえっていた。さきほどの通りの内訳を表すなら、町人:7の冒険者:3。そして今は町人:1の冒険者:9。

 もし彼らがあの王宮から出てきていたなら、宮殿を守る警備兵か、傭兵かの勤務時間が終わり昼交代したのだろうと推測できたが、彼らが出てきている所は王宮ではなく、この通りを左に少し曲がった所。


『左です』

「……んんん?」

『真っ直ぐです』


 大通りのいい意味での喧騒に柄の悪い喧騒がじょじょに混じわっていく。


 そして、ついに『そこ』へ着いてしまった。


「え"」


 目の前に現れた大きい建物。

 あのごろつき達がぞろぞろ出入りしているまさにそこ。

 その建物には『王都冒険者組合』と綺麗に彫られた看板がかかっていた。



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