かりをしないおおかみ
むかし むかし あるところに
はいいろの おおかみが いました
おおかみは もうずっと もりのなかを あるいていて
ものすごく おなかが すいていました
「おなか すいたなあ」
そんなことを おもいながら とぼとぼと もりをあるきます
のどがかわいた おおかみは もりのなかの いけに いきました
いけは なみもなく とてもおだやかな かおをみせていました
「とりがいたら たべようと おもったのに」
えものの すがたはみえず おおかみは あきらめて みずをのみました
みずはとてもつめたく おおかみの のどを ひんやりとうるおします
ごくごく ごくごく
おおかみは むちゅうで みずをのみました
そのとき いけのまんなかに しろい なにかが おちてきました
みずしぶきをあげて しろいそれは おぼれないように ひっしでもがきます
「たいへんだ はくちょうが おぼれている」
おなかがすいているのを わすれたおおかみは おもわずいけに とびこみました
「たすけてえ たすけてえ」
「はくちょうさん つかまって」
おおかみは おぼれているはくちょうを くちにくわえて きしにひきあげます
きしべにもどった おおかみは ぶるぶるとふるえて みずをとばしました
「おおかみさん ありがとう」
はくちょうは そういって つばさをひろげようとしました
「いたいっ」
「どうしたの はくちょうさん」
はくちょうのつばさから ちが ながれています
「わるい にんげんに やられてしまったの」
しろいはねに あかい ちが にじんでいます
「おいらが なおしてあげる」
おおかみは はくちょうのけがを ぺろりと ひとなめしました
「いたい?」
「ううん へいきよ」
なんども なんども きずをなめているうちに はくちょうの ちは とまっていました
「ありがとう おおかみさん」
「どういたしまして」
おおかみは はくちょうによりそうと ひえたからだを あたためてあげました
「これから どうしましょう」
はくちょうが そういいます
「おうちに かえらないと いけないのに」
さみしそうに そらをみあげる はくちょうに おおかみは しつもんしました
「はくちょうさんの おうちは どこなの」
はくちょうは そらをみあげたまま いいました
「あのそらの むこうがわ おおきな やまのてっぺんにあるの」
「それって とおいの?」
「すごく とおいわ ずっと ずっと むこうだもの」
「じゃあ おいらが つれていってあげる」
おおかみは おきあがると じぶんのせなかに はくちょうをのせました
「しっかり つかまってて」
せなかに はくちょうをのせて おおかみは はしりだしました
もりのなかを おおかみが かけぬけます
やわらかい つちのうえ たおれたきを おおかみはとびこえます
そらのむこう はくちょうのおうちをめざして すすみます
そうして なんにちも はしりつづけたとき
かれらのまえに いちわの わしが たちふさがっていました
「おや せなかに はくちょうをのせた おおかみがいるぞ」
わしは わらいながら おおかみをみました
「わしさん おおきなやまは こっちでいいのかい?」
「こっちじゃないよ あっちだよ」
いままでと まったくちがう ほうこうを わしは ゆびさしました
「あっち?」
おおかみは わしの いうほうへと はしりだそうと しました
「まって そっちじゃないわ このまま まっすぐよ」
せなかの はくちょうが あわてて いいます
「このわしは うそをいっているの」
「うそなもんか おれは ほんとうのことをいっているぞ」
「いいえ うそよ だまされないで」
わしは はくちょうをにらみつけました
「うそつきの わしは むしして このままいきましょう」
はくちょうが おおかみに すすむようにいいました
おおかみは うなずくと またはしりだそうとします
「おい いくな」
はしるおおかみを わしは とびながらおいかけました
「おーい おーい」
とおくから わしの こえがきこえます
しばらくはしると おおかみの めのまえに いきおいよくながれる かわがありました
「かわだ」
たちどまる おおかみに またも わしがじゃまをします
「おまえは かわをこえられない ここで あきらめろ」
わしが いじわるなことを いいます
「いいや こえられる はくちょうさん つかまってて」
おおかみは いきおいをつけて おおきく じゃんぷします
ながれのある かわをひとっとび
「わあ すごい おおかみさん すごいのね」
「えへへ」
はくちょうに ほめられて おおかみは うれしくなりました
「じゃあ さきにいこう」
せなかの はくちょうに こえをかけて おおかみは またもはしります
しばらくいくと こんどは ふかいみずうみが めのまえにあらわれました
「このみずうみは つめたく ふかい およいだら こごえてしぬぞ」
おいついた わしが そういいます
「どうしよう はくちょうさん」
「とおまわりに なるけれど みずうみぞいに いきましょう」
おおかみは およがずに みずべにそってはしりました
そうして たくさんのとち たくさんのかわをこえて
やっと おおきなやまが みえるところまで やってきました
「あれが はくちょうさんの おうち?」
「ええそうよ もうすぐね」
もりのむこう そらのむこうの おおきなやま
そこを めざして おおかみは はしりつづけました
「やっと ついた」
おおかみは いきをきらせて あるきます
もりをぬけ そうげんのなかに そびえる おおきなやまを おおかみは みあげます
「すごく おおきい こんな おおきなやまが あるんだ」
「このやまは そらのうえまで つづいているの」
やまのふもとまで きたとき おおかみのせなかが ふと かるくなりました
「おおかみさん おうちまで つれてきてくれて ありがとう」
はくちょうが にこりと わらいました
おおかみの めのまえで はくちょうは おおきなつばさを ひろげています
「はくちょうさん」
「おおかみさん この ごおんは わすれないわ」
そういって はくちょうは つばさをはばたかせました
「さようなら おおかみさん」
「はくちょうさん」
おれいをいいのこして はくちょうの すがたは やまのうえに きえていきました
おおかみは そのうしろすがたを ずっと みていました
「はくちょうさん おいら」
さみしそうな おおかみは はくちょうがみえなくなるまで やまをみていました
そして おおかみも おうちへかえろうと もりへもどります
「おい おおかみ」
とぼとぼあるく おおかみに いじわるなわしが こえをかけました
「あのはくちょう けががなおっているのに ずっと おまえのせなかに いたんだぞ」
わしが また いじわるなことをいいます
「らくを したいから ずっと のっていたんだぞ」
わしの ことばもきこえないのか おおかみは うつむいて だまっていました
「おなか すいたなあ」
おおかみは そういうと いきなり たおれました
「おおかみ どうした」
「おなか すいて もう あるけない」
おおかみの おなかから おおきなおとがしました
「はくちょうさんと いたときは おなか いっぱい だったのに」
ねむくなった おおかみは めを つぶろうとします
とじるまぶたの むこうで わしが とびたつのが みえました
「はくちょうさん おうちに かえれたかなあ」
そういって おおかみは ねむりにつきました
ふかふかの もりの つちのうえに おおかみの からだが よこたわります
おおかみの めから なみだが こぼれました
「おなか すいた なあ」
やせた おおかみの おなかに あめがひとつぶ おちました
つめたいあめが もりを とおりすぎていきます
それでも おおかみは おきあがりませんでした
いつしか あめはやみ そらのむこうから しろいものが ふってきました
ふわふわ ふわふわ
しろいそれは やさしく おおかみの からだを おおいます
ふわふわの しろいものは とりの はねでした
「おおかみさん おおかみさん」
おおかみの かおを だれかが つつきます
「おきて おおかみさん」
おおかみの めが ゆっくりと ひらきました
「あ き きみは」
「おおかみさん どうしたの げんきを だして」
おおかみの めのまえには あのはくちょうが いました
「は はくちょうさん」
はくちょうは しんぱいそうに おおかみをみます
「わしさんが おしえてくれたの あなたが たおれたって」
はうちょうの うしろで わしが そっぽをむいていました
「ほんとうに いじわるね わざわざ わたしに おしえてくれるのだから」
ぽつりと おおかみの かおに みずが おちました
はくちょうは なみだをながして おおかみに よりそいます
「はくちょうさん」
ちからなく おおかみは つぶやきました
「おいら きみといるときは おなかいっぱいだったけど いまは すごくぺこぺこなんだ」
ぐう と おなかが なりました
「おなかいっぱい こころもいっぱい でも いまは いっぱいじゃない」
「では えものを たべればいいじゃないの とりは たくさんいるわ」
とり といわれて わしが おどろきました
「とりは たべたくない きみに にているから」
「ちいさい どうぶつは?」
「もう とれる げんきもない」
おおかみは いきも たえだえに いいました
「じゃあ わたしが とってきてあげる」
そういって とびたとうとする はくちょうを おおかみはひきとめました
「むりだよ どうぶつは すばしっこいんだ」
「わしさん おおかみさんを たのみますね」
はくちょうは わしに おねがいをすると おおぞらへと とんでいきました
のこされた おおかみと わしは はくちょうが かえってくるのを まちます
しばらくすると はくちょうが なにかをくわえて もどってきました
「おおかみさん これを たべて」
えだについた なにかの きのみを はくちょうは おおかみに あげました
あまくて すっぱい ふしぎな きのみを おおかみは そっとくちにします
もぐもぐ ごくん
おおきなくちで ちいさな きのみを おおかみは ぺろりと たいらげました
「とっても おいしい これは なに?」
「これはね もりのなかにある きいちごの み」
えだにのこった きのみを はくちょうも くちにいれました
「おなじえだの きのみ これで わたしは あなたと いっしょよ」
「いっしょ?」
「ええ ずっと いっしょ」
はくちょうは おおかみに よりそいました
「もう やまへは もどらない このもりで あなたと くらすの」
はうちょうの ことばに おおかみも わしも おどろきました
「どうして おうちに かえるんじゃ なかったの」
「おうちも だいじ だけれど あなたのことが もっとだいじ」
はくちょうは なみだをながしました
「ごめんなさい おおかみさん あなたのきもちを わかってあげられなくて」
「なかないで はくちょうさん」
おおかみも ないていました
「わしさんに いわれて わかったの わたしの ほんとうのきもち」
「はくちょうさん おいら きみが」
いいかけて おおかみは きがつきました
おなかが いっぱいに なっていることに
それどころか こころも ふしぎとあたたかく いっぱいになっているのです
「ああ おなかも こころも いっぱいだあ」
「おおかみ げんき でたのか」
わしが そういいました
「うん げんき でてきた」
おおかみは ちからづよく たちあがります
そのようすに はくちょうも よろこびました
「おおかみさん これで ちいさなどうぶつも とれるわね」
でも おおかみは それに くびを ふりました
「おいら どうぶつも とらない きみと おなじものを たべる」
「おおかみ それじゃあ おまえ おおかみじゃ なくなるぞ」
「そうよ かりをしない なんて あなたらしく ないわ」
しんぱいそうに いう はくちょうに おおかみは かおを すりよせました
「いいんだ かりをしなくても おいらは はくちょうさんと いっしょだもの」
あっけに とられる はくちょうを せなかにのせて おおかみは はしりだしました
「おいら すごく しあわせ! はくちょうさんは?」
「わたしも おおかみさんと いっしょ すごく すごく しあわせよ」
ふかい もりのなかを はいいろの おおかみと しろい はくちょうが かけぬけます
どこまでも どこまでも おおかみは うれしそうに はしりつづけました
そんな かれらを みて
いじわるな わしは すこしだけ いじわるで なくなりましたとさ
めでたし めでたし