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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

天使と悪魔

 その時、

「貴方のその願い、主が聞き届けました」

 そう言って現れたのは、紛れもない天使だった。いや、天使というのを見るのは初めてだったが、おそらく天使と聞いて万人が想像するような姿を、それはしていた。

 尚もその天使は語りかける。柔和な微笑みを浮かべながら。まるで悪魔の囁きのように。




 僕はイジメを受けている。いや、肉体的にも精神的にもダメージがあるそれは、最早拷問と言ってもいいと思う。古典的な持ち物隠しや落書きはもちろんのこと、殴る蹴るなどの暴力も日常的だった。だが僕は、過去のトラウマからそれに立ち向かうことはできなかった。

 イジメはされる側にも原因があるというが、それもそうかもしれない。確かに僕は人と話すのが苦手で、目を見ることすらできない。しかも顔は火傷の跡のせいで醜く歪んでいる。これではイジメを受けるのも無理はないと思う。でも余りにも理不尽だ。会話が苦手なのも、顔に火傷の跡があるのも、僕が望んだことではない。それらは全て父親のせいなのだ。

 僕の父親は最低なやつだった。ギャンブルに溺れ、酒に溺れ、俺と母親に暴力を振るう。そんな男のせいで僕は人間が苦手になった。人と話そうとすると「うるさい」と言って殴る父親が、人の目を見ると「こっちを見るな」と言って蹴る父親が頭によぎり、僕はコミュニケーションが苦手になった。あいつが死んだ今でも、僕はあいつの幻影に苦しめられている。

 それだけではない。僕の顔の火傷もあの父親のせいだ。あいつが振るう暴力は、母親にも当然降りかかった。度重なる暴力と、金を搾取される恐怖に僕の母親の心は壊れ、死のうとした。しかも、僕を一人で残せないからか、家に放火して心中をしようとした。近隣住民の通報により火は消化され、僕は生き残ったが、母は重症で、病院に運び込まれた後意識を取り戻すことはなかった。その時にできた火傷のせいで、僕は他人から忌避されるようになった。それほど醜く焼けただれたのだ。それ以降僕は施設に預けられ、高校入学と同時に一人暮らしを始めた。国の助けを借りながらだがなんとか生活はできていた。


 その日も、僕はイジメを受けた。僕にイジメをする主犯格はどうやら親が有名議員らしく、学校も強く出られないらしい。そのせいか、僕に対するイジメは止める人が居らず、なくなりそうもなかった。

ーーー学校になんて行きたくない。消えてしまいたい。ーーー

 そんな思いが僕の頭を支配するのも無理はないだろう。そういった感情からか、僕の足は自分のアパートの屋上へと向かっていた。

 僕のアパートは5階建てだ。だから屋上は高さが15m近い。おそらく落ちたら死ぬだろう。あたりどころが良ければ運悪く生き残ってしまうかもしれないが、どうせすぐ楽になるだろう。

 それもいいかもしれない。今みたいな生き地獄が、こんな辛い思いがずっと続くのなら、もうここで終わりにするのもいいかもしれない。

ーーー消えたい。いなくなりたい。ーーー

 僕はそう願った。

 その時、

「貴方のその願い、我が主様が聞き届けました!」

 そう言って現れたのは、紛れもなく天使だった。いや、天使というのを見るのは初めてだったが、おそらく天使と聞いて万人が想像するような姿を、それはしていた。

 尚もその天使は語りかける。柔和な微笑みを浮かべながら。まるで悪魔の囁きのように。

「主はお嘆きです。自らの手で創り出した人間が、互いを傷つけ合うこの現状を嘆いておられます。ですので貴方の願いを聞き届けることにしました。」

 そう言って天使が手をかざすと、その手の上に透明な瓶が現れた。瓶の中にはなにやら透明な液体が入っている。

「この瓶には、ある薬が入っています。その効果は、願いを唱えながら薬を飲むとその願いが叶えられるというものです。『消えたい』とそう願えば、誰からも存在を認知されなくなるでしょう。」

 もちろん、それ以外のことを願うのも、そもそもこの薬を飲まなくてもいいんですけどね、と天使は付け足した。

 主というのは神のことを指すのだろうか、僕は漠然と考えた。

 それはさておき、誰からも存在を認知されなくなる、いうのは確かに魅力的だ。僕には親もいないし、これといって仲がいい友達もいない。だから認知されなくなっても困ることはない。まあ、もとより学校の人からは無視をされ続けているし、そういう意味では俺を認識しているのなんてイジメてくる奴らぐらいだ。

「これを飲めばもうイジメを受けることなく学校に通えますよ?」

 なるほど、確かにイジメも受けなくてすみそうだ、とそう思った俺は、薬を受け取ることにした。

「いいんですね?この薬の効果は切れることなく、永続的なものとなります。後戻りはできませんよ。」

「ああ。」


 俺が薬を受け取ると、天使の姿はだんだんと薄れていって、ついには見えなくなった。その様はまるで、存在を認知出来なくしたように感じられた。

 その日の夜、僕は自室でその薬を飲んだ。『消えたい』と願いながら。


 次の日の朝、僕はいつも通りの時間に目が覚めた。体に違和感はなく、本当に薬に効果があったのか疑われた。だがその疑問は、学校に行った時に解消される。

 普段は、俺が教室に入ると『ピシリッ』という音が聞こえるくらい空気が凍るのだが、今日はそんなことがなかった。しかも、いつも僕を殴りにくる奴らもおとなしく席に着いているだけだった。

 これは本当に効果が出ているのかもしれない。僕はそう思った。

 そして一時間目。最初にある出席確認では、僕は欠席ということにされていた。やはり効果はあったらしい、そう思いながら、久しぶりになんの妨害もなく授業を受けれた。

 誰からも気付かれないのであれば、今までイジメて来た相手に復讐をすることだって可能だろう。それは何度も考えた。しかし、暴力に暴力で返すというのは何となく嫌だった。それをすればイジメをしてきた奴らと同格まで成り下がる気がしていたし、なにより虐待をしてきた父親と同じ行為はしたくなかった。だがそんな心のストッパーが機能したのも、四時間目のホームルームまでだった。

 僕の担任は、確かにイジメ主犯格に強く出ることは出来ていなかったが、それでも僕の相談に乗ってくれたりはしていた。有名議員を敵にまわすのは教師としては怖いだろう。そんな状況下で僕に話しかけてくれるなんて、凄くいい先生だと、そう思っていた。だが、それは間違いだった。

 ホームルームでも出欠確認はあり、やはりまた僕は欠席ということにされたのだが、その時の担任の発言が問題だった。

「今日はあいつは休みか。みんな良かったな。あんな醜い顔の奴がいたら飯も不味くなるよな。」

 その言葉が誰を指しているかなんて明白だった。今日欠席なのは僕しかいないし、醜い顔というのも僕の火傷のことを指しているのだろう。だが僕はにわかに信じられなかった。聞き間違いだろうと思い、そうであって欲しいと願った。学校の唯一の味方だと思っていた担任に裏切られたなんて考えたくもなかった。

 だがその願いは、イジメ主犯格の発言によって容易く打ち砕かれた。

「先生も大変だなー。あんなやつのことでもマスコミとかにばれたらクビにさせられるんでしょ?一応気遣うふりをしないと教師人生が終わるなんて。まあ、ある程度はうちの親が揉み消せるんだけどね。」

 は?何を言っているんだ?気遣うふりってどういうことだ?

 俺が混乱しているうちに会話は進む。

「全くなんであんなやつが俺の生徒なんだろう。上からの圧力もあるし気遣っとかないと露見した時が大変だからな。」

 そんな担任教師の声を僕はまともに聞いてはいなかった。なんで?、という疑問詞が頭から離れない。

 それと同時に、心にあったストッパーが外れた気がした。父親の暴力とは違う、これは復讐なんだ、と自分に言い聞かせて暴力を正当化させた。させてしまった。

 気づいたら僕は、自分が座っていた椅子を担任教師に向かって振り下ろしていた。僕のことは見えないのだから避けれるはずもなく、頭に強烈な打撃を受けた担任は意識を手放した。

 僕はそれだけでは止まらなかった。その椅子を持ってイジメ主犯格に近付き、椅子を振り下ろした。それは何度も繰り返され、イジメ主犯格は訳もわからないまま倒れこんだ。

 その時にはもう僕の自意識は壊れていたのだろうか。見て見ぬ振りをした奴らは同罪だ、と自分に言い訳をしてクラスメート全員を殴りつけていた。もう完全に制御できない暴力衝動と復讐心は、相手が誰だろうと怒りを爆発させ、椅子を振り回していた。

 ふと我に返ると、自分の手の中にはひしゃげた椅子があり、周りには倒れ伏す人型があった。


 その日、僕は人間を人間として見られなくなった。

 その日、僕の心は完全に壊れた。

 その日、僕は無差別に人間に『復讐』をする悪魔となった。



 あれからどれくらい経っただろうか。

 今、僕の目の前には消えたいと願う人型がある。そして、僕の手の中には『願いを叶える薬』がある。これを彼に渡せば、復讐仲間ができるかもしれない。僕はそう思った。しかし、このままの格好で出て行って、急に「一緒に復讐をしよう」なんて言っても怪しまれるだけだろう。じゃあどうすればいいか。その手段を僕は知っている。それに、ある程度は自分を相手に認識させることもできるようになった。それを工夫さえすれば自分の姿を偽ることさえできるようになった。

 だから僕は天使の格好をして姿を現す。そして驚いた顔をした人間に対し、言葉を紡ぐ。あの日に言われたことを思い出しながら。柔和な微笑みを浮かべながら。

「貴方のその願い、主が聞き届けました。」

 そう言って薬を差し出す僕は、少年の目にはあの日の天使のように写っているのだろうか。そんなことを考えながら、尚も言葉を紡いでいく。




 しかし、あの日の天使は本当に天使だったのだろうか。薬を飲んで、復讐に溺れた人間だったのではないだろうか。

 そんな僕の疑問は、誰にも認知されないまま意識の渦に埋れていった。

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