転生して失敗して吸血鬼の餌になりました
『転生して失敗して吸血鬼に狙われました』の続編です。よろしければそちらも合わせてお楽しみ下さい。
外は身を切るような寒さ。
俺の部屋は汗を掻く程暖房で暖めてある。その原因は、俺にのし掛かってる冷たく柔らかい石みたいな身体。
「冬、マジ辛い…」
「ごめんね?幻惑使う?」
「それは、なんかやだ。お前の体をあったかく感じるなんて、それはそれで、気持ち悪い。」
「恋人に気持ち悪いって言葉はどうなの?」
「俺は餌。恋人じゃねぇよ。」
「……ただの餌とはキス、しないもん。」
不満気な紫乃亜の顔が近付いて来て、俺の火照った体を冷ますように、冷たい唇が俺の唇に重なった。
氷みたいなのに柔らかい。
石みたいなのに、冷たい体温みたいなものを感じる体。
長い前髪掻き上げて、紫乃亜の赤い瞳を覗き込む。そうすると、紫乃亜は俺から、目を逸らす。
「人間に、なりたいよ……」
呟いて、紫乃亜は俺の首に腕を回して肩に顔を伏せる。
紫乃亜は、流す涙でさえ、氷みたいに冷たいんだ。
俺は転生者だ。
紫乃亜は吸血鬼。
そんな俺らが関わる事になったのは、俺が墓穴を掘ったから。逃げられなくて、俺は紫乃亜専用の餌になった。
「健太、デートしよう?」
小首を傾げる紫乃亜は、そこらのアイドルとは比べられないくらいに可愛い。学校では三つ編みおさげに眼鏡を掛けた優等生風。長い前髪で顔を隠してる紫乃亜は、俺と二人の時には顔を隠さない。
赤い瞳は幻惑の力がある。それでずっと餌の確保をしてた紫乃亜だけど、俺がこいつの餌になってるのは幻惑の所為じゃない。幻惑で紫乃亜の餌になってたやつらはみんな記憶消されて、紫乃亜の餌は、今は俺一人。
「冬にお前と外出って…凍死しそう。」
冷たい体は、ベッドに寝転ぶ俺の上。
人をまるでベッド扱いしてる吸血鬼は、頬を膨らませて不満を表してる。
「普通の恋人みたいな事、してみたい。」
「……普通の恋人、ね。」
俺は片手伸ばして、紫乃亜の長い黒髪を指で弄ぶ。俺の部屋にいる時は、おさげは俺が解く。こいつの髪は、触り心地が良い。
「キスは、普通の恋人みたいな事じゃねぇの?」
「いつも餌って言う癖に、健太はズルい!」
「俺はズルいんだよ。…食事は?」
「…………する。」
冷たい指先が俺の首筋を辿って、俺の体がぶるりと震える。
捕食者に急所を差し出して目を閉じる。
俺はズルいんだ。
こいつが望むのは、俺の血だけじゃないって知ってるのに。
今はもう、俺の血しか飲めないって知ってるのに。
俺は、答えを出してやらない。
俺の血しか飲めない紫乃亜に、歪んだ独占欲を、感じてる。
「健太、好き。」
毎回呟かれるこの言葉に胸が震えてるのに、俺は頑なに、口を噤む。
頷いて答えてしまえば、俺は未来永劫、この愛しい吸血鬼から離れられなくなるんだ。
「ごちそうさまでした。」
「どういたしまして。」
冷たい舌が、鋭い爪でつけた首筋の傷を丁寧に舐めとる。それが終わると、傷口は綺麗さっぱり無くなってる。その後は毎回、俺の血の味がするキス。
冷たい唇が俺の唇を啄ばんで、俺は紫乃亜の後頭部片手で固定して、体を上下入れ替える。
冷たい口腔を舌で蹂躙するのは、普通の人間とするキスとは違う。
冷たいけれど、柔らかい。
柔らかいのに、石みたい。
「紫乃亜…」
好きだよ、って言葉は、いつも飲み込む。
血の味のキスをして、俺は紫乃亜を力いっぱい抱き締める。
「なぁ、吸血鬼と人間って、子供出来んの?」
その情報を俺は持ってない。
紫乃亜ルートは、ノーマルエンドが餌。ハッピーエンドが吸血鬼化だった。子供云々の話は、何処にも無かったんだよな。
「女が人間でって例なら、あるよ。」
「出来たの?」
こくりと頷いた紫乃亜の表情は、暗い。
「人間の体は脆いから、子供は産まれたけど、悲劇。」
「………産まれた子供は?」
「今も何処かで、生きてる。」
「会った事、あんの?」
「あるよ。昔、ね。」
女が吸血鬼なら、どうなんだろ?
「健太、それ以上言ったら、怒る。」
怒るって言いながら、紫乃亜の顔は泣きそうに歪んでる。
冷たい瞼に口付けて、だけど俺は優しくなんてないから、やめてやんないんだ。
「俺の子と、生きる?」
「そんな事、言うのは酷いよ…」
泣きながら、紫乃亜は説明する。
吸血鬼と人間の間で子供が出来る確率は、かなり低い。奇跡的な確率なんだって。そして子供が出来て無事に産まれても、両親は死ぬ。
吸血鬼が人間に恋をすると、その相手からしか食事を取れなくなる。その相手が死んだら、吸血鬼も食事を取れなくなって死ぬ。だから、吸血鬼にとって人間との恋は、身を滅ぼす危険なもの。
「健太が死んだら、私も死ぬ。」
「責任重大だな。」
わざとおちゃらけて、俺は紫乃亜に口付ける。
俺が何を選ぶのか、自分ではもう、わかってる。
だけどもう少し…俺を想って、泣いて欲しい。
俺だけの愛しい吸血鬼。笑顔も好きだけど、泣き顔も好きって言ったら、紫乃亜は怒るかな?
重ね着しまくって、分厚い手袋嵌めて、傍らには冷たい体。まるで氷を抱いて歩いてるみたいだ。
冷たい。
寒い。
死ぬ!
「健太、ありがと。」
ほにゃりってあんまりにも嬉しそうに笑うから、俺は一瞬、寒さを忘れる。だけど、それも一瞬。
「風邪ひきそうだ。」
「健太が風邪ひいたら看病してあげる!」
「夏は丁度良いんだけどなぁ。」
「生きてるけど生きてないからね!」
「俺も生きてるけど、一回死んでるからな。」
「一緒!私達、変わり者カップル!」
「カップル、ね。」
俺が苦笑を浮かべると、紫乃亜の頬が膨らむ。
「お前、何歳なの?」
「それ、女性に聞いたら駄目でしょ!私は永遠の十七歳。」
「リアルにそうだろ。」
「まぁね!永遠にピッチピチギャルだよ!」
「オヤジかよ。」
俺のツッコミに、えへへへーって、緩んだ顔で紫乃亜は笑う。
紫乃亜の望んだ外出デート。死ぬ程寒いけど、こいつが嬉しそうだから、頑張る価値はあるって思う。
「歩いてるだけで、良いの?」
「うん!人間の食べ物美味しくないから食べ歩きは無理。」
「お前専用弁当はここにあるし?」
「またそうやって…意地悪!」
「意地悪だけど、好きなんだろ?」
「……………大好き。」
赤くなったほっぺに、照れたように零された言葉。
俺は満足と幸福に満たされて、紫乃亜の冷たい小さな手を引いて歩く。
不幸な女の子達を救うだなんて、ゲームのシナリオに与えられた運命はスルーした。
だけどこうして隠しキャラの吸血鬼に捕まって、俺が生まれ変わったのは紫乃亜の為だったのかななんて、都合良く考える。
永遠の孤独を抱える吸血鬼。
同族同士は餌の取り合いになるから、近い場所では生活しないらしい。
「紫乃亜」
「んー?」
俺を見上げる紫乃亜の唇を食べるように、キスをした。
「普通の恋人、外でキス、するだろ?」
「こ、こんな、濃ゆいのはしないんじゃないかな?」
「ふーん。もっと濃いの、するか?」
俺の腕の中、いつもは青白い顔が真っ赤に染まる。
冷たい顔に啄ばむキスを落としながら、俺は微笑む。
もう俺はお前の物だから、もう少しだけ、人間でいさせてよ。
「お前の欲しい言葉は、その時にやる。」
「?それって、何?」
「まだ秘密。」
深く濃厚なキスで誤魔化して、俺は今日も、愛しい吸血鬼の餌になる。