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「いやぁー、やっぱりぽふぽふは癒やされますなぁ」
本日も晴天なり。
秋と言ったら秋晴れですな。そして今日も日頃の仕事の疲れを癒してくれるホコリタケをぽふぽふする。
「そうですか~? 無双クンなら、思う存分ぽふぽふしてくださってもいいですぞ~」
「うん、うんっ! このぽふぽふ……心地良いっ!!」
「…………。お二人はなにやってるんですか」
俺が縁側で茶狐をぽふぽふしている光景を、叶は冷たい視線を向けて見つめていた。
「何って……、ぽふぽふ」
「叶もぽふぽふしますか~?」
「やりませんっっっ」
叶に即拒否された。俺、ちょっと切ない。
「どうしてですか~? ぽふぽふしてくだされ~!」
「私はしませんっっ! それよりお二人とも、お昼が出来ましたよ」
最近、俺のタブレット端末を奪い取り、インターネットでキノコ料理を調べて作るのが叶の趣味らしい。
叶をショッピングセンターに連れて行ったとき、欲しいとねだられたので買ってあげたエプロンを着ながら嬉しそうにそう言った。
正直叶には似合わない、ピンク色てフリフリなエプロンである。
「ほよ~! 楽しみにしていましたっ~。叶の料理は美味しいのですぞ~! で、叶。今日はどんな料理なのですか~?」
嬉し茶狐が喋っていようとも俺がぽふぽふをやめないので、正直茶狐は喋りにくそうに叶に尋ねる。
「今日はですね、庭にいっっっぱい生えていたホコリタケの幼菌を使った料理ですっ」
叶のその一言を聞いて、俺と茶狐の行動が止まった。
何があろうとも終始笑顔でいる茶狐は、それを聞いた瞬間にいつもの笑顔が消え、段々と顔色が青ざめていくのだ。
「……どうしたんてすか? ホコリタケの内部の幼菌って食べられるんですよね? ちゃんとネットで調べましたよ」
「た、確かに食べられるけど……」
俺が苦笑していると、青ざめていた茶狐が急に涙を浮かべる。
「うう~。どうしてなんの罪もない子供たちを~……っっ」
「えええ-?! たって、どうせまた吉田さんがホコリタケ抜きに来るでしょう?」
叶は「どうせ抜かれるのだから、食べた方がマシでしょ?」と言いたそうにそう言ってくる。
「いや、確かにホコリタケの内部の幼菌は食べられる。だけど、美味しいと言う話は聞いたことがないぞ? 実際に食べたことあるが、食べられないこともないが味見をすればもういらない。キノコ狩りに行って、ボウズだったら仕方がなく採っていく。そんな程度のものだぞ?」
「そんな程度とは~っ! ホコリタケと私に失礼ですぞ~っ!」
茶狐は俺の言葉を聞いて、頬を膨らませて叫んだ。
「そうですよー! 全部美味しく頂いてあげないと、調理しちゃったホコリタケに失礼ですよ-!」
「どうせ調理するなら、同じような味で同じハラタケ科のオニフスベを食べた方が腹にたまる気がするんだが。あれは大きいもので五〇センチくらいになるから、幼菌でもそれなりの大きさで下ごしらえとかできそうだし。それに、ホコリタケよりも大きいから、皮を剥くときとか調理がしやすいと思うんだが……」
オニフスベは短期間にバレーボール程の大きさに膨れ上がるハラタケ科ノウタケ属のキノコである。
食感と言えばホコリタケと同じく“はんぺん”らしく、人によりけり“味のないクリームチーズ”とまで言われている。バターで炒めればホコリタケもオニフスベも「美味しい」と言う人が居るのだが、どうも俺にはその良さが判らなかった。
まあ、ホコリタケもオニフスベも観賞したり触ったりするのが楽しいのであって、食べるために育ったキノコではないと俺は考えているのだ。
「――……どい」
そんなことを考えていると、茶狐が俺に背を向けてからぽつりと呟いた。
「……どうした、茶狐?」
俺に背を向けているから、何を言ったのかもどんな表情をしているのかも見当が付かない。わからなかったから俺は茶狐の肩に触れたその時だった。
ばちん! といい音を立てて、俺は茶狐に手を払い除けられたのだ。
「酷いって言ったのですぞ~~っっ! オニフスベはオニフスベて、ホコリタケはホコリタケなのに……無双クンは、無双クンだけは違うと思っていたのに~っ……。無双クンの、無双クンの馬鹿~~~~っっ!!」
目尻に涙を溜めた茶狐は俺にそう叫ぶと、そのまま家の中に入っていっていく。すると、玄関の扉が勢いよく開き、そして勢いよく閉まる音が聞こえた。
「あーあ、怒らせちゃいましたね。無双さん」
暫くして、叶が冷たい視線を向けて俺にそう言う。
「えっ? なんで? 怒らせたのは叶だろう?」
「はぁ? 何言ってるんですか。私には怒らせる要素無かったですよ」
「お前、ホコリタケを採って調理しただろ。茶狐にとって子供のような存在だろう?」
俺がそう言うと、叶は深く溜め息を吐いてから更に目を細めて俺を見た。
「ほんっっと、無双さんは女心がわかっていません。それも自称キノコオタクとか言っているくせして、〈キノコの娘〉心もわかっていませんね」
「……どういう意味だよ」
俺は口を尖らせながら叶に問う。
確かに、自慢ではないが俺は女心をわかっていない。そりゃ、顔がマシ(らしい)で金持ちの俺が女の子と付き合ったことがないのが自分でも不思議だよ。でも世間一般で“思春期”と呼ばれた時期に、何故かキノコに魅力に取り憑かれてしまったのだから仕方がない。あの時は恋よりも勉強よりもキノコだったからな。
だが、叶が最後に言った「〈キノコの娘〉心」と言うのが引っかかる。俺はキノコについては熟知しているつもりだ。だが、つい最近になって知った〈キノコの娘〉の気持ちなど、まだ理解できるわけがないのだ。
「まったく、情けないです! 私が〈キノコの娘〉心も、女心もレクチャーしてあげます! まず、あなたにとってキノコはなんですか!」
「俺の人生」
俺があまりにもさらっと答えてしまうものだから、少し叶はたじろぐ。だが、すぐに「おほん」と咳払いをし、人差し指を上に突き上げながら話を再開した。
「私の聞き方がいけませんでしたね。……では、人間にとってキノコとはなんだと思っています?」
「うーん。…………食べ、物?」
自信が無かったので、疑問系で聞いてみる。
「そうですね、食べ物です。……まず、〈キノコの娘〉はキノコの擬人化、もしくは妖精だと話しましたよね?」
「おう」
「そして、茶狐さんの時に『〈キノコの娘〉は人間の影響を受ける』ともお話ししましたよね?」
「おう。……でも、それは姿や性格の話だろう? 〈キノコの娘〉心と何が関係あるんだ?」
俺がそう聞くと、叶は目をまん丸くして拳をぎゅっと握ってから大声を張り上げた。
「もうその時点でわかってない! そもそも、私達はキノコなのです! 食べ物なのです! 猿やイノシシ、虫にも食べてもらえる食べ物なのです! ……まあ、食べられないキノコもありますけど」
「……はあ」
叶のあまりの迫力と熱弁っぷりに、俺はどん引きして返事をする。
「話を戻しますけど、〈キノコの娘〉はみんな、人間に食べてもらいたいのです!」
七色の瞳をきらきらさせて熱弁してくる。だが、俺にはその言い方だと別の意味に聞こえてしまった。
「……あのさ、叶。人間に食べて欲しいってことはさ、〈キノコの娘〉達は俺に食べてもらいたいってことでおk?」
「そうですとも」
誇らしげに頷く叶。
「なに、『俺に食べてもらいたい』って性的な意味で? ってか、叶の言い方だとそうにしか聞こえないんだが」
俺がそう言うと、叶の顔が一面赤くなった。
「どどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどど」
叶、動揺してます。すごい動きをしています。……ちょっと可愛いとか思ったのは内緒だ。
「どどどどどど、どうしてそうなるんですかっっ!! まままままったく、女心をわかっていませんっ!!」
「叶は男心をわかってねぇ」
「ううううう、うるさいです!! そそそそそ、それより茶狐さんを追いかけてあげてください!」
顔を真っ赤にしながら叶はそう叫ぶ。
「なんでそうなるんだよ」
「これは女心のほうです。茶狐さんがこの家に居るのはなぜだと思います?」
俺はうーん、と考えてからこう答えた。
「上質な芝を庭に入れたから?」
すると、真っ赤だった叶の顔が急に普通になったかと思ったら、今度は鬼の表情で真っ赤になる。
「……もう無双さんなんて知りませんっ!! とにかく、茶狐さんを探して連れ帰ってきてくださいっっっっっ!! それまで、ご飯は抜きですからっっっ!!」
「え、マジで」
「マジですっ!」
叶はそっぽを向くと、そのまま家の中に入っていってしまう。
俺はなぜ叶が怒っていたか見当も付かないまま、真新しい靴を履いて茶狐を当てもなく探すことにしたのだった。
昨年ですが、オニフスベをはじめて見ました。
ゴムボールだとおもってさわったら、ふにゃあっとしたのでわかんなかったけど。
とにかくその時は、あやしい物体としか認識できず、放置してしまいました。
今更ながら、ちょっと食べてみたいのは内緒です。
……キノコ狩り、行きたかった(涙)