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俺は布団の中にうずくまりながら、昨日採ったあの不思議なキノコのことを考えていた。
吉田さんの家から無事脱出できた俺は、すぐさまそのキノコの解明に勤しんだ。
どの図鑑と照らし合わせても、インターネットでどれだけ調べてもそれが何というキノコなのかわからなかった。
虹色の薄衣をまとったキノコなど、有名になってもおかしくない。
どれだけ調べても出てこないのは、知られていないと言うことで。
と、なると……だ。可能性は一つしかない。
「新種のキノコ……ってことだよな」
俺の顔がにやける。
だって、だって! 新種のキノコを発見したなんてもう最高じゃない! 俺の名前が入るのよ! いやん、うれぴー!!
これで勝つる! 人生モテ組確定!
合コンで「これ、俺が発見したキノコなんだ」なんてワイン片手に言ったもんなら、「きゃー! 無双さん素敵-!!」って言われるに違いない。
うひ、ひひひひひひっ!
俺は嬉しくなり、布団の中で暴れていた。
「――あの」
どんな名前を付けようかな?
ええっと、その前に新種のキノコはどこに提出するんだろう?
「――――もし」
……? なんか聞こえた? まあいっか。吉田さんだろ。
それより、どんな反応されるんだろう?
どんな風にモテはやされるんだろう?
「――――――すいません」
――すいません? ああ、散々言いたい放題言ってくれた友人達には土下座してもらわないと気が済まないな。
「ごめんくださいっ!!」
空耳だと思っていた声は確実に俺の鼓膜を振るわせる。
それも、その声は外と言うより室内から聞こえているようなのだ。
「誰だっ?!」
俺は布団をはねのけて起き上がる。辺りを見回すと、上手く締め切らなくなってしまったカーテンから漏れ出す光がその声の主を照らしていた。
「…………え」
俺は目を疑う。
まず始めに目をこすってみる。瞳が霞んでいるわけではなさそうだ。
次に頬を抓ってみる。痛い。
そして次に――――。
「やっと起きてくださいました」
その声の主は満面の笑みでそう言った。
「……あれ、間違えてヒカゲシビレタケ食べたかな」
俺は手を伸ばし、その声の主を触る。髪の毛、肩そして――。
むにゅ。
「きゃっ!」
「幻覚にしては柔らかい」
「いきなり胸を触わらないでください!」
薄暗くてもわかるほど顔を真っ赤にしている声の主。
やはり、幻覚にしては現実味がありすぎる。
俺はすぐベッドから起き上がると、部屋の全てのカーテンを開ける。
すると、そこには虹色の薄衣をまとった茶色髪の女の子が佇んでいた。
「いやぁ、幻かなと思ったけど違うのか」
「幻かどうか、髪や肩を触った時点でわかりますよね?!」
「いや、その。胸を揉んだのは出来心でして」
「出来心でセクハラしないでください!」
女の子は顔を真っ赤にしながら、叫ぶようにそう言った。
「いやいや。出来心と言っても、男の本能には逆らえないわけで」
「そこはあえて紳士に対応してください!」
この子、やたらと突っ込みが多いな。
――――いやいや。この際、突っ込みが多いとかどうでもいい。
「で。君はどこから入り込んだんだい?」
俺は冷静を装いながら、ベッドの上に座り質問した。
本当は内心、動揺しまくりなんだけど。
「昨日から居ましたよ」
……口から何か出てきそうになった。
昨日からって何? Why? 昨日って言ったら、吉田さん家でホコリタケちゃんを名残惜しみながら抜いて、終わったからそそくさと帰って、あの不思議なキノコを隅から隅まで調べて、その後疲れて布団の中で寝ちゃった気がするんたが。
あれ、おかしいな。俺、実は夢遊病? 夜中ふらーっと外へ出て、こんな可愛い女の子をゲッチューしちゃったわけ?
ていうか、見た目まだ十代半ばでしょ? やばいよ。犯罪を犯してしまった。まて、俺は病気だ。たから――。
「あの、今さっきから震えていらっしゃいますし、顔色が青いようですが……。体調が優れませんか?」
動揺が外にまで漏れ出していたらしく、女の子がしゃがんで俺の顔を覗き込んでくる。
「うあああ、すいません! 俺ついに犯罪に手を出したようだ! 君と寝たかわからないけど、ちゃんと責任を取るから!」
俺は自分のしでかしてしまったことを妄想しながら、両手で顔を覆い隠した。
「君と寝た? いえ。どちらかと言えば放置されてました」
「えっ、放置プレイ?」
「放置プレイと言うより、本当に放置です。机の上に」
机の上に放置されていた? 女の子を連れ込んで机の上に放置なんてするわけがない。
いや、そもそも連れ込んだのは俺なのか?
もしかしたら、犯罪に巻き込まれているのは俺かもしれない。
この子は有りもしない話をでっち上げ、俺からお金を巻き上げようとしているのかもしれない。
疑いの眼差しを女の子に向けていると、女の子は困ったような表情で俺を見てきた。
「嘘ではないですよ? あなたが私を見つけ、採ったじゃないですか」
何の話だかさっぱりだ。「あなたが私を見つけ、取ったじゃないですか」? いや、「撮った」? もしかして、「採った」?
どの漢字にしても、俺には意味がわからない。
俺は更に目を細めて怪しんでいると、女の子は更に困った表情で話を続けた。
「えっと、ストレートに言った方が信じてくれますか? 私、キノコなんです」
「…………はい?」
流石に耳を疑う。
新手の詐欺かな? 「私、キノコなんです」詐欺。
キノコ愛好家の気持ちを踏みにじる、けしからん詐欺なのか?
「あなたは私のことを調べていたでしょう? 私はニジイロタケと言うキノコの〈キノコの娘〉でして」
そう言われてわかるやつがどこに居る?
俺は更に首をかしげていると、流石に女の子は困惑した面持ちで俺に説明をしてくれた。
「えーっと、あなたにわかりやすく説明するとですね。えーっと…………、擬人化? そう、私は昨日あなたが見つけた虹色のキノコを擬人化した姿なのです」
「擬人化? ……ははは、悪い冗談はやめてくれよ」
俺は苦笑いしながら首を横に振る。
「冗談ではないのです! 私はキノコで、〈キノコの娘〉で、願いを叶えるキノコで……。本当、なんです」
俺があまりに信じないせいか、女の子は急に瞳を潤ませ始めた。そして鼻をすすり、今にも泣き出しそうだ。
女の子を泣かせる趣味はない。
そう思った俺は慌てて彼女を宥めることにした。
「ご、ごめん。信じていない訳じゃないんだ。ただ、にわかには信じがたいことで」
「私、嘘ついてません。私は虹が出た時、フェアリーリングの真ん中にしか生えれません。…………信じてください」
涙を堪えて喋る姿も可愛い。
そんなことを真っ先に考えてしまったが、俺は彼女の言った言葉を振り返る。
「……、虹が出た時。フェアリーリングの真ん中…………」
確かにあの時、虹が出ていた。そして、ホコリタケちゃんでできたフェアリーリングの真ん中にあの不思議なキノコは生えていた。
それによくよく見れば、彼女の姿とあの不思議なキノコの姿はよく似ている。
コスプレにしてはよく出来過ぎているし、この俺でさえ見たこともないキノコのコスプレなんて、キノコの研究者でも不可能なんじゃないか?
「……本当に。本当に、あのキノコなのか?」
俺は恐る恐る尋ねる。すると、女の子の表情は見る見る晴れやかになり、最上級の笑顔を振りまいた。
「はいっ! 良かった、信じてくれたんですね! なんせ、人間に採られたのが初めてでしたから、どう説明していいのかわからなかったのですが……」
目の縁に涙を溜ながらも終始笑顔で話す女の子。
その笑顔を見た俺は正直、とても可愛いと思ってしまう。
そして、女の子はその笑顔のまま元気よく俺にこう言った。
「あ、私の名前はまだでしたね。私の名前は虹色叶、願いを叶えるニジイロタケです」
「どうも。俺の名前は粉奈無双って言います。無類のキノコ愛好家です」
彼女の自己紹介につられ、俺も咄嗟に自己紹介をしてしまう。
すると、叶は無邪気に笑いながら俺の手を取りこう言った。
「宜しくお願いいたしますね!」
「……こちらこそ、よろしく」