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※この作品は「oso的キノコ擬人化図鑑」やoso様のホームページに掲載されているキノコ擬人化娘……「キノコの娘」が出てきます。
なお、作者(黒夜白月)によるオリジナルキノコ擬人化キャラクター(キノコ自体は架空のものです)が含まれますことをご了承して、お読みくださいませ。
正直、俺には一生彼女は出来ないと思う。
昨日の合コンではっきりとしたのだ。
友人にも忠告してもらっていたというのに、俺の悪癖が出てしまった。――いや。俺自身、それが悪癖だと思っていないのだが。
友人曰く、俺は「黙っていればいい男だけど、話し始めると気持ち悪い」んだそうで。
だけど、あの話になると俺自身歯止めがきかなくなってしまうのだ。あの話――――そう、キノコの話だ。
あの愛くるしいかさといい、多種多様な柄の部分といい、胞子といい、特徴や毒性分といい…………。キノコの良さを伝えきれそうにない。
キノコを擬人化したら随分と可愛らしい女の子達が出てくるのだと思う。きっと、ヒカゲシビレタケとかを食べれば、キノコの擬人化の幻覚が見られるんじゃないかとか期待したり。
……ああ。でも、あれは麻薬のようなものだから持っていただけても逮捕されちゃうか。
――…………あー、また話が逸れてしまった。
とまあ、こんな具合で熱弁してしまうものだから、若い女の子に引かれるのは必然でして。初めのうちは女の子に囲まれて質問攻めだったのが、ついにはそのアドバイスをくれた友人の回りに女の子達が集まっていたわけで。
もうさすがに彼女は諦めた方がいいのだと思い知らされました。
この光景を幾度となく見ているその友人からは、
「もうキノコと付き合えよ」
とか言われる始末で。
キノコ女子なんて、早々いないものなのだなと肩を落とした。
そんなことを考えながら、今日も庭で無造作に生えているホコリタケをぽふぽふした。
このホコリタケ、ぽふぽふすると埃……いや、胞子が飛び散るのだ。
愛くるしいこの丸いフォルムをぽふぽふするこの感覚。たまりません。
この愛くるしいホコリタケのことを、「メツブシ」だなんて言われているのが腹立たしい。胞子が目や耳に入ると障害を起こすと言う迷信を進じている奴らの気が知れない。
無我夢中でぽふぽふしていると、お隣に住む吉田さんがひょっこりと顔を出した。
「あ、こんにちは」
「こんにちは。じゃないわよ! あんた早くそのホコリタケを処理しなさいって言ったでしょう! 私の可愛い芝生がまたフェアリーリング病になるじゃない!!」
吉田さんは目をつり上げながら俺を見下す。見下す、といっても俺はホコリタケをしゃがんでぽふぽふしてるわけだから、必然的にこの目線になるんだろう。
「あー。これ育てているんでむ――――」
「こっちは迷惑してるのよ! 処理しないなら私が強行するから! わかったわね!!」
吉田さんは俺が言い掛けた言葉なんて聞く耳を持とうとせず、ぴしゃりと声を張り上げるとその場を去って行ってしまった。
「……困ったなぁ」
俺は髪の毛をくしゃくしゃにしてそう呟く。
だって困るだろう。
俺にとって、このホコリタケは盆栽やペットと同じなわけで。
そのホコリタケを処理しろってことは、飼い主に「ペットを殺せ」と言っているようなものだ。
そんなこと出来るわけないだろう? 俺は愛キノコ家だぞ? こんなにも愛くるしいケムリタケちゃんを処理だなんて。……許せん!
だけど、お隣の吉田さんは愛芝家だった気がしたな。そう考えると、フェアリーリング病に犯された芝生を見て発狂するのも無理がないのか。
だったらどうすればいいのだろうか? ホコリタケを抜くしかないのか?
むむ、むむむむむ………。
俺はとにかくケムリタケをぽふぽふしながら、吉田さんとの付き合い方を考えるのであった。
***
それから一週間が経つが、吉田さんとどう付き合っていけばいいのかがわからない。
なんだか付き合うとか言うと、吉田さんが彼女のようだが。だが、そんなイメージはしないで欲しい。そもそも吉田さんは五十路だ。それもふくよかな五十路だ。
俺は熟女キラーではないし、デブ…………ごほん、ぽっちゃりが好みでもない。
それはさておき、インターネットで「ご近所との付き合い方」を調べてみているが、いい解決策がない。
そもそも、キノコが原因のトラブルなんて事例がないようだ。
半ば、吉田さんとの関係を諦めている時だった。
インターホンが一回、「ピンポーン」と鳴る。
「はーい」
もしかして、注文しておいたナメコ育成キットじゃないだろうか?
俺はウキウキしながら何のためらいもせず鍵を開け、ドアノブに手をかけた。すると、ぐいっと強い力にドアごと腕を持っていかれた。
「うわっ! ……なんだよっ!」
礼儀知らずの開け方にムッとした俺は、目をつり上げてそいつの顔を見た。だが、俺はすぐに顔を青ざめることになる。
「粉奈さん、ちょっといいかしら?」
俺の視界に入ってきたのは、他でもない吉田さんだった。
鬼の形相とはこのことが、と言えるような顔付きで俺を睨みつけている。
「え、え?」
「いいから来なさい!」
吉田さんはそのはち切れんばかりの手で俺の手首をつかむ。そして、なされるがまま吉田さん宅へと連れ込まれる。
ずるずるとリビングまで連れて来られると、窓際のところで吉田さんの足がぴたりと止まった。
「おおおお、俺をどうしようと言うんだ……!」
なんか、男という狼に襲われる乙女の気持ちがわかったような気がする。
「どうって、こうよ」
吉田さんは問答無用俺の両腕を掴んだ。
「うわ、やめろっ!!」
「どうしてくれるの」
「え?」
「どうしてくれるの。私、もう我慢出来ないわ」
吉田さんの顔が近い。
あ、どうしよう。俺の初めてを吉田さんに奪われてしまう――!
俺は覚悟を決め、目を閉じる。
「なに目を閉じてんのよ。あれ見なさいよ。私の芝生ちゃんが、またあんたのせいでフェアリーリング病になったじゃない」
「ええ?」
俺はそれを聞くとすぐに目を開く。よくよく窓の外を見ると、家の庭とは違い、よく手入れされた広い庭があった。そこをよく見ると、緑一面の芝生の中に綺麗な円を描いてホコリタケが生えているのだ。
嬉しくなった俺はたまらず、
「おおお! ホコリタケちゃん!」
と叫び、歓喜する。
だけど、それを聞いた吉田さんは俺の首根っこを掴むと、
「今なんて言ったのかしら?」
と今にも俺を殺しそうな顔で言ってきた。
「いいい、いえ。ななななんにも」
「いい子だわ。じゃあ、この害キノコ駆除してね。あんたの家も明日あたりにやるつもりだから用意しておきなさい」
吉田さんは満面の笑みでそう言うと、俺を庭に投げ捨てる。
……怖えぇよぉ…………。
吉田さんはそのままガラス窓をぴしゃりと閉め、そこから監視をするように俺を見下していた。
「ホコリタケちゃん……」
愛くるしく円を描いて生えるホコリタケちゃん達を涙目で見つめる。
抜きたくない。ぽふぽふしたい。
でも、吉田さんが見ている。怖い。ホラーです。
悶々と悩んでいると、急にぱらりと雨が降り出した。
さすがに少し雨に打たれて寒気を感じる。慌てて室内に逃げ込もうと思ったが吉田さんの威圧感で入れるわけがなく、仕方がなしに屋根の下で雨宿りをした。
雨が降っていると言っても辺りには日が差し込んでいて、いわゆる「狐の嫁入り」と呼ばれる現象だった。ホコリタケちゃんも別名が“キツネノチャブクロ”と言うから、やはり「抜くな」と天からの思し召しなんだろうと感じる。
激しくないが、雨はぱらぱらと降り続けた。すると、頭上に綺麗な虹が見える。
虹なんてなかなか見ないと思った俺は、少しの間見とれていた。
すると、ガラス窓越しから見ていた吉田さんが窓をどんどん叩いてくる。多分だが、「早くしろ」と催促しているのだろう。
だからと言って、こんな雨の中ホコリタケちゃんを抜かせようだなんて。あんたの血の色は何色だ! とか聞きたくなるものだ。
だが吉田さんは容赦ない。それでも笑顔でガラス窓をどんどん叩く。
俺は覚悟を決め、雨の中ホコリタケちゃん達の元へと歩いて行った。
可哀想だけど、切ないけど、悔しいけど。
名残惜しい気持ちをぐっと堪えて、ホコリタケが作るフェアリーリングを間近で見た。
「……ん?」
そのフェアリーリングを見て俺は違和感を覚える。
俺もフェアリーリングは数多く見てきた。しかし、このフェアリーリングは何かが違う。
よくそのフェアリーリングを見てみると、その違和感の原因がわかった。
「…………、キノコ?」
ホコリタケが綺麗に円を描いているその中心に、不思議なキノコが生えているではないか。
キノコというのは群集で生る。ホコリタケのフェアリーリングならホコリタケだけで作られなければならない。
なのにそのホコリタケのフェアリーリングの中心に虹色の薄衣をまとった、それは美しいキノコが生えているではないか。
「綺麗だ」
とても綺麗なそのキノコに見とれてしまう。間近で見ても、その虹色の薄衣のキノコはホコリタケとは別物だとすくにわかった。
だがしかし、友人に「キノコオタク」とまで呼ばれた俺なのに、そのキノコの名前がわからないのだ。
わからないのではない。見たことがない、と言うのが正しい。
俺はそのキノコを採り、よく調べてみた。傘の裏側も、柄の部分も、根元の部分も。細部を調べても、思い当たるキノコがなかったのだ。
俺が夢中になってその不思議なキノコを調べていると、いつの間にか雨は止んでいた。それに気付いたと同時に、背後から凄まじいオーラを感じる。
それが吉田さんだと見当がついた俺は、その不思議なキノコをパーカーのポケットに仕舞い込んだ。
「終わったのかしら? ……って、まだじゃない!」
「えっ、ああ。すいません。今からやるので……」
「早くしなさいよね! 私だって忙しいのよ!!」
「あっ、はい」
ぷりぷりと尻を振りながら吉田さんを横目で見送ると、ホコリタケちゃん達に「ごめんよ」と言ってから手早く抜いていった。
名残惜しさもあったがそれより、あの不思議なキノコについて早く調べたかったからだ。
そして、ホコリタケちゃんを抜き終えた俺は、満足そうに笑う吉田さんに挨拶をして無事に俺の家へと帰っていったのだった。