A Broken Angel and An Innocent Devil
気が付くと、そこは狂ったお茶会だった。
今日のお茶会は花と光の世界のようだ。パステルカラーの花弁が舞い、伸ばした手にミモザの蝶が淡い燐光を落としていく。
柔らかな白く光る若草と土の上に座って、アリスはぼんやりと淡い色の空を見上げていた。もう4回目ということもあってか、気が付くとお茶会にいることに違和感がなくなってきている。
それでもまだ、お茶会の意味はよくわからないが。
「あれー? 初めて見る顔だねー」
間延びした声に視線を向けると、この空間には不釣り合いな漆黒の蝙蝠マントに身を包んだ少年が立っていた。蒲公英の猫っ気を揺らして、屈託なく笑う彼は近付いて来る。
「おはよー。と言っても、僕はさっき寝入ったばっかりなんだけどねー」
近くで見てみると、アリスと同じくらいの歳のようだ。日に焼けていない肌は白過ぎる程で、整っている顔立ちと相まって病弱に見えた。だがその一方で何処かやんちゃな年相応の雰囲気も感じられる。
彼は真っ赤な瞳を眇めて、首を傾げた。
「もしかしなくても、君が噂のお寝惚けアリス?」
「ええ、そうよ……君の名前は?」
「僕ー? 僕はねー……無垢な悪魔さ」
「……悪魔なのに無垢なの?」
素朴な疑問に、無垢な悪魔は肩を竦めるだけだ。
誰の普通かは知らないが、ここでは当たり前の名前なのだろうと、アリスは自分なりに納得することにした。
「……ここは君のお茶会なの?」
「違うよー……ここは壊れた天使のお茶会だ。僕のお茶会はまた別にあるよー」
無垢な悪魔は肩を竦めてみせる。悲しそうな真っ赤な瞳は、楽しく煌めいた。
「暇ならついておいでよ。壊れた天使も喜ぶから」
そう言った無垢な悪魔の手には、ベイビーピンクのリボンで束ねたミモザの花束があった。
連れて来られたのは、ミモザの蝶の多く舞う場所。燐光に包まれて、白い少女が佇んでいた。
アリスや無垢な悪魔よりも更に年下に見える、光に溶けてしまいそうな少女。白いワンピースに白いケープ、羽根飾りのついた白い帽子を被っている。柔らかな金糸の髪や服装を幾筋ものベイビーピンクのリボンが飾り、風もなく靡く。
「おはよー、壊れた天使。今日は何だか寂しい天気だねー」
「おはよぅ……無垢な悪魔……きょぅはなんだか寂しぃね……」
小さな声は蝶の羽搏きに掻き消されてしまいそうな程、儚い。
誰かに似ていると思ってアリスが見つめていると、壊れた天使は無垢な悪魔のマントの後ろに隠れてしまった。淡金の睫毛が震えて、薄桃のとろりとした大きな瞳がアリスを映し込む。
「だれ……?」
「白兎が言っていたお寝惚けアリスだよ。ほら、挨拶をして」
無垢な天使に促され、壊れた天使はおずおずと前に出て来た。もじもじと両手を合わせて、薄桃の瞳が見上げて来る。
「はじめまして……壊れた天使、です……」
「……はじめまして、アリスです」
「いらっしゃぃ、ませ……」
冷たくはない無表情の中で空虚だけを映す瞳は、感情が欠片も見えない。そんな真夜中の女に、アリスはつい先日会ったばかりだった。
「あ……滑稽な人形に似てるんだ……」
「アリスは、彼女に会ったの?」
吃驚した表情の無垢な悪魔。彼ほどではないが、壊れた天使も目を丸くしていた。
「いいなーいいなー。アリスは彼女に逢ったんだー。僕たちには会ってくれないのにねー」
「いぃな……わたしも、滑稽な人形に逢いたぃ……」
「……なら会えばいいわ」
アリスはさも簡単に言ったが、ふたりは首を横に振った。
「無理だよー。彼女はまだ、僕たちに会いたくはないんだー。だから、逢えない」
「どうして……? どうして、彼女は君たちに会いたくないの……?」
無垢な悪魔と壊れた天使は顔を見合わせた。何やら言い辛そうに口籠っていたが、やがて溜息にも似て無垢な悪魔が言った。
「仕方なかったんだよ……だって、女の子の方が僕たちよりも壊れやすいんだ。女の子は綺麗できらきらしているけれど、触りようでは簡単に砕けちゃう硝子細工みたいだった。だから逢えない。だから触れない」
「滑稽な人形はとっても寂しぃの……寂しくて、寂しくて……でも、何もできなぃの……だから、こわれちゃったの……こわれちゃぃたぃの……こわれたくなぃの……」
薄桃の瞳から、透明な真珠が零れた。頬を伝ったそれは、地面に落ちるとミモザの蝶になって空と飛んでいく。
「わたしもいっしょ……こわれちゃったから、わかるの……」
ふたりの言っていることは、アリスにはよくわからなかった。滑稽な人形が何故彼らに会いたくないのかも、わからなかった。
けれど初めてみた壊れた天使の笑みは、真珠の涙は、とっても綺麗だと思った。
甘ったるい匂いの茶は果てしなく甘かった。ガムシロップをそのまま飲み込むような気分に咽ていると、鈴音色の声にミモザの蝶が舞い踊った。
無垢な悪魔と壊れた天使はいつも一緒にお茶会をしているらしい。時間が合えば偶に飛べない海賊も混ざっているそうだ。
「まぇは、彼女もいっしょだったの……」
「また皆でお茶会したいねー。今度はお寝惚けアリスも一緒だねー」
閃くミモザと戯れていると、壊れた天使がもうじきⅫ時を挿そうとする金色の懐中時計を取り出した。
「もぅ、きょぅが終わってしまぅ……狂ったお茶会はお開きだね……またきょぅが始まるまぇにお開きしなぃと、狂ったお茶会が狂ってしまぅ……それはもぅ、いやなの……」
壊れた天使が澄ました顔でミモザの花束に手を伸ばした。ベイビーピンクのリボンを解くと、淡い花が飛び散って、花弁が触れた所から光が崩れていく。
「今日は本当に楽しかったかもしれないねー。今度は僕のお茶会においでよー。お休みー、アリス。よい夢を」
「……アリスのお茶会にも行きたぃな……おやすみなさぃ、アリス。よぃ夢を……」