ルール表
デバイスで連絡をとろうとした錦山善彦だったが、電源を落とされているのか留守番電話サービスに繋がる。
ペンギンのアンドールであるギンナンにも、シュモンに対して通信をしてもらっているが繋がらない。
籠鳥那岐はしっかりした少年である。こんな広い遊園地とはいえ迷うとは思えない。
しかし連絡が取れないのはあまりにもおかしい。錦山善彦はジュースのストローを齧りつつデバイスの時計機能を見る。
そこには既に入園から二日経過したという結果が現れている。これにも頭を痛める。
「まじどないなっとんねん…」
「ボス…やっぱりあの壁…なのかな?」
伊藤三月が真顔で小さく呟く。
ドッキリハウスの人面壁ルームで見た凹凸した壁に浮き出た顔達。
その顔の一つに籠鳥那岐に酷似した顔があった。
連絡が取れなくなった今、不安だけが大きくなっていき、ありえない予想を膨らませてしまう。
「いやいやいやいやいや!!怖いこと言うなよ!!」
「はははは、そんなファンタジーじゃあるまいし」
「…でもそれじゃあなんでボスはいないの?」
小さな沈黙が七人の間で流れる。
基山葉月、布動俊介、有川有栖は先程から外に連絡できないかデバイスを操作している。
しかし結果は変わらず、電話通信機能は園内だけであった。
自分一人だけでは年下である子供達六人の面倒は見れない、と錦山善彦は危機感を感じる。
面倒見が良いと言っても限度はある。
「しゃーない!俺がボス探しとくから六人は一旦外出ようや」
「え?役立つの?」
「三月ちゃあぁあん…それ毎回言われるとグッサリくるんやけど…まー、年上に任しとき」
そう言って錦山善彦は近くにいた従業員である、花の妖精をイメージしたような女性ロボットに話しかける。
するとすぐに話を理解してオーナーを呼んでくると通信を入れる。
五分後、ドリルを片手に遊園地のオーナーであるキッキが笑顔でやってきた。
「はいは~い☆地底人オーナーキッキです!なにかトラブルでも?」
「実は連れ合いが一人いなくなったんで探したいと思うんやけど…俺だけじゃ六人の面倒見れへんから一旦外に帰したいんやけど?」
「なるほどなるほど!…では臨時出口にこのキャストが案内いたしますので説明を聞きつつ付いていってください」
先程の花の妖精をイメージした女性ロボットが、手を振って自己主張する。
錦山善彦は六人に良い子にしてちゃんと説明を聞くんだぞ、と念を押す。
六人は大丈夫と頷き、キャストが歩いていく方向へと連れていかれる。
その背中を見送りつつ、錦山善彦はキッキに気になったことを聞く。
「臨時出口って…非常口かいな?入場口はあるのに出口はないのかいな?」
「ええ。だって必要ないでしょう?」
「ん?いやせやかて…遊園地だよなぁ、ここ」
「ええ!子供だけの光り輝く夢の地底、ワンダーグラウンド!…はっ、もしかして住み心地などに何か不満が?」
少し狼狽えたように言うキッキは、今後の改善に向けての意見を求めてくる。
錦山善彦は空気を読んだ末に、出口を作らないのか、とは言わなかった。
何故ならキッキは住み心地について聞いてきたのだ。
それは逆に帰さないという意思の表れ。出口の話題は鬼門なのだと悟る。
「んーまぁ、特に問題あらへんと思うんやけど…」
「そうですか。それではワンダーグラウンドを引き続きお楽しみください☆」
そう言ってすぐさまどこかへと移動するキッキ。
錦山善彦はその姿が消えた後、大きくため息を吐く。
最近ではクラリスという一生の内でも体験できるかどうかの大事件を味わった。
しかし今回はそれ以上に厄介な予感が体中を襲う。
「…こりゃあ、ボス消えたの偶然じゃあらへんな」
<どうするんどす?うちらもその臨時出口に向かうんか?>
「いや。そっちもそっちで今更ながら嫌な予感しとるんや。とりあえず…情報収集や」
籠鳥那岐はエリア管轄委員会の指示によってこの遊園地に来た。
ということは一定期間連絡がなかった場合、御堂正義もしくは御堂霧乃が次の手を打つはず。
錦山善彦はそのことを読み取り、次に派遣されるであろう人材に渡す情報を集めることにした。
なにより自分一人で解決できる事態ではないと、空気を読んだ結果でもある。
「いやほんま、厄介な話やなぁ」
時を同じくして、布動俊介達はキャストの説明を受けつつ入場口に向かっていた。
その説明は普通の遊園地じゃあり得ないような説明だった。
<ワンダーグラウンドではお客様への永久サービスを目標とし、その生涯を遊園地で過ごしていただくことを念頭に…>
聞いているだけで足が震えるような話だった。
地底遊園地に出口がない理由、それは帰すことを前提としない話。
入ったら最後まで遊園地でしか過ごせないという話。
それではまるで監獄のようだと、布動俊介は生唾を飲み込みながら感じる。
近くにいた伊藤三月が小さく呟く。
「地獄ってさ…地中の監獄…って読めるよね、ぐす…」
その言葉をキャストは聞いておらず説明を続ける。
しかしお客様の事情によっては地上に帰す、一時退園サービスを行っていること。
また戻ってきてもらう証として、腕時計を渡されて手首につけるよう指示される。
布動俊介達は顔を見合わせつつ、その腕時計をつける。
するとデジタル時計の表示で、ストップウォッチのように残り時間、という表示が出る。
およそ三日間の時間が少しずつ減っていく。
<この時間内に帰ってくることを前提とし、一時退園サービスを行っております>
「外せる?」
<いえいえ!決して外さないでください!!園内のみで着脱を許可していますので、外されますとルール違反として処罰を行っております>
難しい話ではないですが、気を付けてくださいね、とロボットとしての笑顔が作られる。
布動俊介がそのルール表はありますか、と勇気を出して聞く。
するとキャストはすぐに携帯しているパンフレットポーチから、ルールと書かれた一枚の紙を渡す。
そこには子供にもわかりやすく書かれた五つのルールが書かれていた。
1.スタッフルームに立ち入らないこと
2.一時退園のさいに腕時計は園内以外で着脱しないこと、また時間内に遊園地に帰ること
3.アルファベットルームのDルームは探さないこと
4.キャストや他のお客様に暴行を加えないこと
5.出口を探さないこと
これらのルールを違反した場合、オーナーによるお仕置きが待っております
確かに難しくない内容だった。
しかし布動俊介達はこのルールが恐ろしかった。
つまりは遊園地について何も探るな、という警告文。
また処罰の内容について明言されていないのも恐怖を助長させた。
<それではこちらの一時退園用の車両にお乗りください☆>
案内されたのは入園する前に乗ってきた電車と同じもので、他にも何人か同じように帰る子供がいた。
表情は様々で怯えている顔、戻るのが面倒そうな顔、また遊びに来ようと浮かれる顔。
電車に乗り込み、一定時間の後で扉が空気を抜けるような音と共に閉まる。
揺れながら移動していく電車は地上へと向かっていく。
そして同じホームに着き、扉が開く。そこには新たに遊園地に向かう子供達がいた。
「…これ、誰かに知らせないと………もっとあの遊園地に人が入っていく」
布動俊介はルール用紙を握り締めて、急いで駅のホームを抜けて地上へと向かう。
そして電話出来る圏内にて、所属している東エリア事務所に電話をする。
数コール音の後、受話器が外れる音がする。
『はい、こちら東エリア事務所の瀬戸海里と…』
「海里さん!健斗さんは?それになんか…こう、偉い人!大人に知らせなきゃいけないことが!!」
『え?ちょっと待って…健斗くんは今いないけど、タイミングよく霧乃ちゃん来てるから代わるね』
少し受話器の向こう側から話し声が聞こえた後、御堂霧乃が電話に出る。
そこにはいつもの軽い感じではなく、少し慎重さを感じる話し方で続きを促す。
「ち、地底遊園地で、その、南の那岐さんがいなくなって、僕等も一時退園許可貰ってるけどまた帰らなきゃ…」
『落ち着け。…地上にいられる時間は?』
「み、三日間くらいで…その腕時計外すなって…」
『混乱してるな…詳しく話を聞くから東エリア事務所に来い』
御堂霧乃の言葉に頷き、布動俊介達は東エリア事務所に向かう。
中央エリア駅はそんな子供達の活動は目に止められず、誰もが自分の用事で精一杯だった。
地底遊園地のことも、行方不明の子供のことも知らないまま、動いていく。
何も知らない駅の広場でたむろしていた不良グループがいた。
彼等は駅から出てきた子供達に絡み、金品を強奪。
その際に子供達はどこかに頭を打ち付けたのか、全員が昏倒。
現場を見ていた大人達が叫び声をあげ、警備員が駆け付けて不良達を抑え込んだ。
子供達はすぐさま病院に搬送されたが、原因らしい原因が見つからず今も意識不明。
医者が言うには頭には何の跡もないのに、手首に注射したような跡が残っているということだった。
御堂霧乃は病室に並んだ六つのベットを見る。
あの時、東エリアで待たずに自分が中央エリア駅に行けばよかったという後悔が渦巻く。
手には布動俊介がずっと握りしめていたルール表。ぐしゃぐしゃになって、読み辛くなっていた。
ルール2.一時退園のさいに腕時計は園内以外で着脱しないこと、また時間内に遊園地に帰ること
「…腕時計は警察が押収した…が、調べてもらうしかないよな…北に」
不良達の事件は傷害で問われることになる。
そのための証拠品だが医者に口添えして取り戻す。
そして検出されるであろう薬品に対しての特効薬が必要になるだろう。
一番は遊園地に行って特効薬を持ってくることだが、一度入ったら帰れない遊園地だ。
外に出すのに腕時計を渡す。外さないように。だから行っても貰える可能性というのはない。
布動俊介達の口は開かない。生きているが意識がない植物人間のようだった。
しかしアンドール達は腕時計をしていなかったため、話すことが出来る。
所有者と距離を離すと通信に不都合が生じるので、面会時間の病室での対話となる。
病室の長テーブルの上で、ぬいぐるみのように鎮座する六体のアンドール達。
<霧乃!なんでも教えるから俊介を助けて!>
<有栖も!もう誰も失いたくないの>
<葉月は良い奴なんだぞ!こんな目に合っていいわけがない>
<三月を泣かす奴らは許さない!!絶対犯人、あのオーナーをとっちめましょう!!>
<二葉は俺の友達なのに…助けられないの嫌だ!>
<一哉が笑わないのも嫌だ!!ねぇ、どうすればいい?>
かつてクラリスが人間の体を奪おうとして、クロスシンクロさせた後遺症というべきか。
あの時計台にいたアニマルデータ達全てが記憶を保有して、自分の意思で話せる。
そしてアニマルデータは恐れる、自分より身近な者の消失に。過去の記憶によるトラウマで。
<霧乃様。この子達の気持ち…私、理解できますわ>
クラリスの傍で仕えていた侍女、リスリズも今は御堂霧乃のリス型アンドール。
失うことの恐ろしさを知って、目の前にいるアンドール達に味方する。
そして御堂霧乃は判断する。どうするべきかを。
「そんじゃまー、ちょっくら東の三人にも地獄の遊園地行ってもらいましょうかね★」
自分が動けない代わりに、おそらく今一人で行動している錦山善彦のため。
出られないと分かりつつも、新たに子供達を送る。今残っている東の三人を。
少しでも多くの情報を得て、限られた時間の中で地上に出て報告するという体制を作るため。
御堂霧乃は待つしかない。唯一全エリアに交流と情報を一斉送信できる立場のため。
地上に残るしかない。少しでも的確に指示し、被害を少なくするため。
そして新しい電車に、相川聡史、瀬戸海里、鞍馬蓮実が乗り込む。
行先は地底遊園地ワンダーグラウンド。太陽のない光り輝く遊び場。
まだ謎の多いその場所へ、少しでも謎が解明できて誰かを救えるように。
竜宮健斗は動かない。動けない。
何故なら今は崋山優香と共に校外学習へと出かけている。
子供であるため学校行事には逆らえない。それが子供のネック。
だから少しずつ事態は悪化していく。今はまだジェットコースターの落ちる直前の坂。
本当の落下はまだ始まってない。




