おかえり
荷物や人数確認などしながら竜宮健斗達は電車へと乗り込んでいく。
キッキとトットは地底遊園地に残ってロボット達と後片付けしようかと考えていた。
しかし竜宮健斗が手を差し出し、籠鳥那岐はトット用に車椅子を持ってくる。
目を白黒させるキッキに、竜宮健斗は明るい笑顔で言う。
「地上へ一緒に行こうぜ!!今なら夕方だって明良が言ってたから、皆で夕日見に行こう!!」
差し出された手に躊躇していると、後ろからチェシャ猫が姿を消して背中を押す。
キッキはよろけて転びそうになるところ、地面に倒れる前に竜宮健斗の手を握る。
トットはレムが棺桶から姫抱っこで車椅子に移動させている。行く気満々の兄を見て、キッキは握った手に力を込める。
「うん、皆と…夕日見たい」
かつて兄と二人っきりで見た夕日。夜空と夕焼けが混じったあの空。
その空による思い出をもう一つ増やす。今度は友人達と見た空として。
発車音が鳴り、全員乗車後に電車が少しずつ動き始める。
ホームではロボット達がまた遊びに来てくださいと手を振る。
初めて言ったかもしれない、確かではない約束の言葉。
強制的ではない、望みを簡潔に表した言葉。
しかしその言葉にロボット達は満足していた。
これが遊園地の正しい姿だと、本当の遊園地に近づいたと喜んだ。
電車は暗い道を揺れと音を出しながら少しずつ地上へ近づいていく。
何日も離れていた子もいれば、遊んですぐ帰る子もいた。
それでも全員が久方ぶりと感じるほど地上が恋しかった。
車内アナウンスでもう少しで地上駅に着くとモグリの音声が入る。
暗かった道に少しずつホームの人工的な光が届き始める。
そして近づくと同時にスピードを緩めていき、指定位置で綺麗に電車は止まる。
完全に停止を確認した後、電車のドアが開いていく。
『お帰り、待っていたぞ』
拡声器で大きくなった声。それはどこか安心したような、嬉しそうな声だ。
ずっと一人で待っていた御堂霧乃は笑顔で帰ってきた竜宮健斗達に、素直な笑顔を向けた。
竜宮健斗達が飛び出してただいま、と言いながら再会による喜びで近寄る。
皆川万結のように自ら遊園地に残っていた子供達は、お帰りという言葉に帰ってきたことを実感する。
キッキとモグリは少し遅れて車イス用の板を出して、トットを車内から連れ出す。
その瞬間に大きなドリル音と同時に中央エリア駅から通じる通路口から大人達が押し寄せてきた。
大人も通れるほど大きくなった通路なら、トットの椅子も通れる。
「美鈴、明良くん!!」
「お、お父さんに…えっと…」
「こんの馬鹿孫ぉおおおおお!!帰ったら説教と清めの丸刈りじゃぁあああ」
「げっ!?くそじじい!!?」
知っている顔もあれば、知らない顔もある。
子供達を心配して集まっていた大人達が続々と顔を見せる。
さらに行方不明の子供達の親も集まっており、何人か涙ながら子供に駆け寄っていく。
その中に一人の老婆がいた。老婆は皆川万結に近寄っていく。
「万結ちゃん、ああ、無事だったのね!!よかったわぁ…」
「おばあちゃん!うん、あのね、おにいちゃんたちがたすけてくれたの!!」
「そう…心配してたのよ…一週間も行方分からなくて…」
「…ごめんなさい…そうだ、あのね!おばあちゃんの蜜柑とおなじあじのポップコーンをたべたよ!!」
同じ蜜柑の味、その言葉に反応してキッキが皆川万結の老婆に目を向ける。
地底人はあまり視力が良くないので、目を細めながら近寄っていく。
老婆は近寄ってくるキッキを見て、あら、と思い立ったような顔をする。
そして嬉しそうに片手を勢いよく動かして、世間話するおばちゃんのような動作をする。
「昔電車で蜜柑渡した子じゃない!その白い髪と赤い目珍しいからよく覚えていたのよー!!」
「あ、あ、ああああああ!!?」
キッキもその言葉にやっと目の前の老婆が誰なのか理解した。
忘れもしない大切な地上の思い出、蜜柑を渡してくれた優しい老婆。
記憶よりもいささか老けて白髪も増えていたが、確かに同一人物である。
そして改めて皆川万結に目を向ける。大切な思い出の人物の孫に。
危険な目を合わせてしまった少女、しかも一週間は帰していない。
思い出の老婆になんて酷いことをしたのだと、キッキは己の過ちに青い顔をする。
そして謝ろうとした矢先、皆川万結は笑顔でキッキを指差す。
「おにいちゃんのねロボットさんもたすけてくれたの!まゆの…えっと、いのちのおんじん?」
「まぁ…そうだったの…えっとお名前は…」
「き、キッキ…です」
「そう。キッキくん、孫を助けてくれてありがとう」
深々とお辞儀をされ、キッキは何も言えなくなる。
確かに助けたと言えば助けたに入るのだろうが、原因は自分である。
しかしそれを口にすることはできない。だからキッキも深いお辞儀をする。
「いえ、大切なお子様を危険な目に遭わせて申し訳ありません…本当に、すいませんでした」
「…キッキくんは怪我ない?」
「え?あ、はい…僕、いえ私は大丈夫です」
「畏まらなくてもいいのよ?貴方も子供なんだから…無茶しちゃだめよ?」
そう言って老婆はキッキの片手を両手で強く握りしめる。
感謝と心配と安心させるような、温かい感触がキッキの手に広がる。
もし母が生きていたらこんな風にしてくれたのだろうか、とキッキは目に涙を浮かべる。
そして急いで目をこすって涙をふき取り、気持ちを切り替えていく。
「ありがとうございます。あ、あの私遊園地のオーナーで…今度はちゃんと出口を作ります」
「え?」
「だから、だから今度はお孫さんと二人で…遊びに来てください」
「おばあちゃん、いこうよ!ゆうえんちね、とってもたのしかったよ!」
老婆は少し戸惑いを見せた。
まさか孫が帰ってこなかった原因が目の前のキッキだとは思っていなかったのだ。
しかし孫の楽しそうな顔、そしてキッキの大人びた顔を見て笑顔を見せる。
人間に間違いはいくつも起こる。それは長い人生の中で老婆が得た知識の一つだ。
そして間違いは正せる、間違いを正せる人間は素晴らしい、ともう一つ得た知識も引き出す。
目の前にいるキッキの顔は間違いを起こした、しかしこれから正していくという強い意思を持っている。
だからこそ笑顔でこう告げる。
「遊園地が再開したら、ぜひ孫と一緒に…蜜柑味のポップコーン食べさせていただくわ」
「は、はい!頑張ります!!」
兄の手を繋いで無邪気に笑っていた幼い子供。
その子供がこんな風に大人になって出会えたことに、老婆は人生の偶然に感謝した。
こってり姉と兄に怒られた竜宮健斗だったが、すぐに気を取り直してキッキを外へと案内していく。
あまりにも強い日差しや光はキッキの体にはあまりよくない。なので無理そうだったらすぐに引き返すつもりだ。
それでも早く空が見たい、地上の空気を吸いたいと足が落ち着かずに逸っていく。
キッキも同じようで兄の車椅子を押しながら胸を高鳴らせていく。
少しずつ人工的ではない光が差し込む方へ足を動かしていき、そして多くの電車利用者が通る駅の西口から外へ一歩踏み出す。
目の前には藍色の夜空と赤い夕焼けが染まる空がどこまでも広がっていた。
信号では夕飯の買い物帰りの家族が何人も通り、早く家に帰ろうとサラリーマンが走っている。
ビルのいくつかが空を遮るが、それすら関係ないほど空は雄大に色を染め上げて夜の訪れを伝えていく。
街灯が点滅しながらも夜の気配を感知して、足元を照らす光を点ける。民家や電子看板も色を強めていく。
魔法の時間、マジックアワーが確かに目の前にあった。変わらないようで、やはり記憶と違う鮮やかな空。
キッキは自分でも気づかない内に涙を流していた。トットも同様で少し眩しいなと言い訳して目元を手で押さえる。
竜宮健斗や籠鳥那岐達が、その横でカレーの匂いがするとかお腹減ったと二人の傍らで賑やかに会話する。
「…綺麗だ」
「そうだな!でも俺は遊園地の光も好きだ」
「え?」
「だって遊園地の光って夢とか努力とか、働いてる人の光だろう?だからあの光も好き!」
竜宮健斗は目の前にあるどの光にも負けない笑顔で言う。
キッキはその言葉に再度涙を流す。後悔も嬉しさも混じった、しかし純粋な涙。
地上では生きていけない。この空をまた眺められる保証はないし、いつまで生きられるか分からない。
地底人は種保存数を下回ったため、もう一度繁栄することもできない。地底人はキッキを最年少として途絶える。
しかしキッキはそれでも地底遊園地ワンダーグラウンドに戻りたかった。
今度はちゃんとした遊園地として出口も作って、記憶と同じ光、それ以上の想いを詰めた光で満たしたい。
ピエロ達も直してあげたい、今度は仕事仲間だけじゃなくて家族としても接していきたい。
そして竜宮健斗達が遊びに来て、今度こそメインアトラクションと胸張れる場所を案内したい。
友人と一緒に自分の夢を具現化した場所で遊びたい、そうキッキは考えていた。
全部は救った、それでも未来は不安要素だらけで絶望が全部消えたわけじゃない。
それでも希望は確かに残っている。竜宮健斗達から貰えた大切な希望。
「僕は…僕は地底遊園地オーナーのキッキとして、進むよ!今度こそ全員が楽しめる遊園地を作る!」
目の前にある空を目に焼き付けようと、キッキは上を向いて宣言する。
竜宮健斗達は楽しみにしてる、と嬉しそうにキッキに笑顔を向ける。
長かった気もするし、何度も遠回りをしたような気もする。
もう駄目だと諦めかけたり、一度は本当に全部救うことはできなかったと思った。
だけど今は全員でマジックアワーと呼ばれる空を眺めていた。
地底世界の少し不可思議で怖い事件は、マジックアワー消失と一緒にゆっくりと終わりを見せた。
全員が自分の居場所へと戻っていく。家だったり地底世界だったり家族がいる場所だったり。
竜宮健斗は姉と兄である竜宮明美と竜宮信正、そしてセイロンと一緒に家へと向かう。
家の扉を開ける際、竜宮健斗は大声で帰りを待っていた母と父にこう言う。
「ただいま!!」




