一寸の狂いもないトチ狂った作戦
龍のロボットを作る際に基礎となる体とCPUが必要だった。
そこでジョージ・ブルースは悪趣味を極めるため、ピエロのロボットを選んだ。
ピエロのロボットはキッキが作った初期のロボットであり、遊園地の中でも重鎮である。
そのロボットが跡形もなく形を壊され、CPUは虐殺衝動とAliceに侵され、運悪くキッキを殺したら。
どれだけの愉悦だろうか、愉快だろうか、快楽であろうか、楽しげに考えて実行した。
つまり龍のロボットはピエロのロボット自身である。しかし意思プログラムはAliceに常に書き換えられている。
破壊、虐殺、崩壊、圧殺…黒い字で真っ白な紙を埋め尽くすように秒速で抗う気持ちすらも排除される。
その排除と書き換えを繰り返すCPUの中に小さなファイルが一つ紛れ込む。
小さなファイルは容量も極小で書き換えの際に出てきた塵ファイルとして捨て置かれる。
しかし確かにその極小のファイルはCPUの中に存在して、開封されるのを待っている。
ファイル名はmemoとあり、まるでメモ帳もしくは思い出のメモリーという英語を省略したような名前である。
Aliceは第三者の意向で動き続ける。そして現場に合わせた性質へと変化し続ける。
システムエッグが生み出したウィルス、高望みすぎると希望と絶望を等分に配布する演算装置が生み出した存在。
悪意ある意思と現場に合わせて変化するのが絶望なら、希望はどこで眠っているのだろうか。
それはまだ表に出てこない。しかし確かに種をばら撒くように軌跡を残していた。
お茶を零し続ける帽子屋に崋山優香は尋ねる。
「ほ、本当に弱点あるの!?」
<ええ…先程負けた時にCPUが整理を始めまして…その中に>
にわかには信じられない話である。しかし藁にでも縋りたい状況である。
龍のロボットは迫りつつあり、ANDOLL*ACTTIONのせいで動けない子供が何人もいる。
なにより竜宮健斗達など帰ってこない者達もいる。全部救うと宣言したのにあの馬鹿は、とため息をつきたい気持ちで一杯だ。
やはりあの馬鹿をフォローするのは自分の役目かと、崋山優香は帽子屋を見あげる。
「じゃ、弱点を教えてください!」
<勝てると?なんの力もないあなたが?>
「…勝たなきゃ駄目なの。全部救うって、あの馬鹿が言ったから」
<私以上に…トチ狂ったお嬢さんだ。大変お気に召しました、私も協力しましょう>
そう言ってティーカップを地面に放り投げ、零していた口元を近くにあった布でふき始める。
崋山優香はその布、旗なんだけどと言いたかったが細かいこと気にしたら負けかな、と言葉を飲み込んだ。
ゴーレムのロボットであるレムも話を聞いており、近寄って危ないことはせずに避難をと促す。
しかし帽子屋は人差し指を左右に揺らし、どこに避難できるのですかと逃げ場のない地下世界を見回す。
閉鎖された、太陽から逃れるために作られた巨大な文明の跡地。電車以外ではほぼ逃げ場はない。
その電車ですら乗れる人数は限られている上に、安全に逃げ切れる保証はない。
<私やドードー鳥達はAliceによって繋がっている。通信ができるなら私に秘策がございます>
<でも!!お客様を危険な目に遭わせられないです!!オーナーだってきっと…>
<…レムさん、分からないんですか?オーナーは地上では生きれないことに>
地底人が地下世界を作ったのは太陽光を浴びると肌が焼け爛れるから。
何千年もの間地底世界で生きてきた地底人達は、すでに体の仕組みや遺伝子が地底世界に適応している。
動物が長い時間をかけて進化するように、元は普通の人間であったはずの地底人も今では人間の亜種と言ってもいい。
キッキは音に敏感な耳を持つが、目は光に弱く肌も白く染色体を持ってないため目が血管の色である赤。
地底人の体であるキッキは、地上では生きれない。下手したら好奇心を刺激された研究者に殺されるまで探求されるかもしれない。
<レムさん、ここが瀬戸際です、背水の陣です、境界線なんですよ>
<…そう、で、すけど…>
「全部救うってあの馬鹿は言った…それはこの遊園地も含まれてる」
<ゆ、優香さん?>
「…私もまたオレンジ味のポップコーン食べたい。帽子屋さん、作戦教えてください!!」
仁王立ちで向かってくる龍を見据える崋山優香に、帽子屋は通気口からささやかな空気を漏らす。
それは嬉しそうに短く笑う人間によく似た仕草だった。
崋山優香は意気込んで何が来ても驚かない神経を用意してから帽子屋の説明を聞いた。
しかし作戦内容は明らかに無茶無謀を極め尽くしたようなとんでもない内容だった。
だからといって今更やっぱりなしとは言えず、内心で竜宮健斗に罵倒を飛ばしつつ涙目で覚悟を決めた。
「もう何でも来なさいよ、こんちくしょぉおおおおおお!!!!」
<ブラボーですよお嬢さん!!ますます気に入りました!!>
トチ狂った帽子屋に好かれてもなぁ、と崋山優香は涙目の涙量を少し多くした。
ピエロが印象深い思い出はガラスの棺桶の前で甘えるように眠る少年。
棺桶の中には少年よりは年齢が上だが、同じ肌と髪を持ったもう一人の少年。
周囲には毒を持った白い花が咲き乱れ、水晶が光を反射させて毒を中和している。
流れる水の音が逆に静けさを強調するように、眠っている二人の少年達は一枚の絵のようだった。
題名をつけるとしたら孤独だろうかと、らしくないことを考えたピエロはとりあえず幼い方の少年を起こそうとした。
その先は黒く塗りつぶされた。データを書き換えるようにあっさりと。
印象深い思い出もその次には上書きされて消えてしまった。
シーソーのような投石機のような即座に作った瓦礫の道具。
片方には崋山優香を姫抱っこした帽子屋。もう片方には巨大なハンマーを片手に本当にいいのかと困惑するレム。
訳も分からず逆転勝利のためと丸め込まれ道具を作らされたキッキも目を丸くしている。
頭痛が酷い籠鳥那岐達は眺めていることしかできず、その他の子供達は電車の中から遠目に見守っている。
<彼らにも連絡をしました。私の作戦は一寸の狂いもなくカンペっぶはぁっ!!>
「自分の言葉に吹き出してどうすんのよ!?」
<トチ狂ってる私の作戦が一寸の狂いもないとか…ぶふっふぅっ」
「本当に本気で大丈夫なんでしょうね!?」
不安に駆られつつも止めようとは言わない崋山優香。
その潔さを気に入りつつ、帽子屋は適当な調子で大丈夫大丈夫と連呼する。
崋山優香は作戦を思い返しながら気を紛らわす。
帽子屋の作戦は、CPUの中にあった龍の弱点、背中の緊急停止スイッチのことだ。
おそらくジョージ・ブルースがあえて作り、さらに子供達を追い込ませるために企画した部品。
例えばあと少しで龍に襲われるという瞬間、放送などであえて弱点を知らせる。
すると子供達は改めて希望を抱いてそのスイッチを目指し、勝利を得ようとするだろう。
しかし龍の背中は長く、どこにあるかもわからないスイッチを探すのは困難を極める。
結局は挑んでは犠牲者が増えていく。希望を抱いた分だけの絶望が子供達を襲う。
絶望に苛まれたまま子供達が殺されるのを楽しもうと、ジョージ・ブルースはその緊急停止スイッチを作った。
だがなぜか帽子屋はそのスイッチの正確な位置と存在をあらかじめ知っていた。
存在と位置のデータが捕虜になった瞬間、CPUの中に現れたのだ。
帽子屋はそれを見つけて今回の作戦を頭痛が起きてない崋山優香に持ちかけたのだ。
題して、投石気分で空の散歩~ドキッ★緊急停止スイッチも押せるよ~、という深夜番組のノリで提案した。
崋山優香としては色々言いたいことがあったが、今の状態ではそれ以外に最善策がなかった。
全部救うということがいかに無茶か、これから実感するだろうなぁと涙を我慢しつつ零しそうになる。
「お、落としたら承知しないわよ…」
<大丈夫です!手元は狂いませ…ぶっふふぅっ!!>
またもや自分の言葉で笑う帽子屋の首元を、崋山優香は腕を回してしっかりと掴む。
もし何があっても離れないように、というよりは何かあった時のための盾として。
帽子屋が迫る龍の位置をCPUで計算し、そして絶好の場所に入る一歩手前でレムに合図を送る。
レムはその合図と共にハンマーを振り下ろし、シーソーを傾かせるように板を傾かせる。
すると反対側にいた帽子屋と崋山優香は空中に投げ飛ばされるように、上昇してある一点から落下し始める。
奇妙な浮遊感からの慣れない上に安定してない落下に崋山優香は声も出ない。
帽子屋は確かに崋山優香の体を抱えて落とす様子は見せないが、同じく落下で体を少しぐらつかせている。
そして格好の的である二人を銀色の龍は見逃すことはない。
口の中にあるビーム砲に光が集まり始める。
<キッ…na…ki…-…>
龍の声は少しずつ不鮮明になり、今にも消えそうになっている。
しかし今度は確かに帽子屋と崋山優香の耳に届いた。そして声の本当の言葉を理解した。
「キッキも…オーナーであるキッキも貴方も救う!!ピエロさん!!」
<その意気ですよ!!お嬢さん>
ビーム砲の光が一番強く集まり放出される瞬間、落下だけしていた二人の体を横からさらう影一つ。
収束された光は一直線に突き進み地底世界の高い天井を破壊する。しかしそれ以外は破壊できなかった。
体が大きく猛禽のような姿のドードー鳥の足が帽子屋の肩を掴んで龍の周囲を旋回している。
<ナイスタイミングですよ。さぁ、あの背中に私達を!!>
<あまり無茶いうな!!ワシの飛行にも限界が…ほら気付かれた!>
龍の頭がすぐさまドードー鳥達の方に向き、今度は体を動かして尻尾を振り回してくる。
スイングされた尻尾は風圧や風切音を発生させ、ドードー鳥達の体を狙い打つ。
しかし発生した風圧により間一髪でドードー鳥は尻尾の届かない距離まで飛ぶ、というより吹き飛ばされる。
崋山優香は目が回るような音や衝撃、危機感に顔を青くして気分を悪くする。
龍の攻撃は止まることなく何度もドードー鳥達を叩き落とそうと尻尾攻撃を繰り出す。
その度に風圧が発生しドードー鳥はそれを利用してギリギリの境で逃げる。
進行を止めることはできたが、これではいつ倒されるか分からない。またビーム砲の存在も恐ろしい。
龍は近くにある動く者を視界に捉えて攻撃するプログラミングをされているらしく、ドードー鳥達以外には目を向けない。
背中に近づけずジリ貧のまま崋山優香の具合だけが悪くなっていく。
帽子屋はまだかまだかと機会を窺うが、龍の動きが止まることはない。
痺れを切らしたのか充電できるタイミングになったのか、改めてビーム砲に光が集まり始める。
今度も避けれる保証はない。ドードー鳥と帽子屋は焦り始める。
光が少しずつ発射口にあつまり輝きを強くしていく。触れるだけで蒸発する威力を持つ光の兵器。
<あ、駄目かも>
「立案者が最初に諦めないで!!」
<どうすんだよ!?いきなり計画が狂ってるじゃないか!!>
言い争う間にも兵器は光は強くし、崋山優香は恐ろしくて目を瞑る。
だから見えなかった。龍の背中に現れた三日月を横倒ししたような口元に。
いつまで経っても来ない衝撃に崋山優香はおそるおそる瞼を開く。
龍は彫像のように動きを止めており、ビーム砲に集まっていた光も霧散していた。
大きい体はそこにあるだけで威圧感があるが、一ミリも動く様子を見せない。
<にゃあのお手柄にゃ★褒めて欲しいんだにゃ>
三日月が横倒ししたような口元から色が現れ始める。
縞々模様のピンクの毛並みが透明なマントを脱ぎ棄てるように存在を明らかにしていく。
子供サイズのチェシャ猫が勝ち誇ったように笑い、スイッチの傍に立っていた。
「…」
<言ったでしょう?私の計画には一寸の狂いもないとブッハァッハハハハハハハハ!!!>
崋山優香の責めるような視線も気にせず、帽子屋は愉快そうに大笑いする。
やはりこの帽子屋のロボットはトチ狂っていると、付き合わされた崋山優香は溜息をつくしかなかった。




