合戦前
地底遊園地から出発した電車が地上のホームへ着いた時。
車内放送やセイロン達の粘り強い説明や説得にも関わらず、子供達は我先と扉に集まり始める。
今でも前にいる人間が扉と人の壁で押し潰されている中、そのまま扉が開いては大惨事になる。
人の雪崩による大転倒に踏みつぶし、もし力の入った足が頭に乗ればそれだけで致命傷になる。
だからといって開けなければ扉と人の壁に押し潰されている者が窒息、もしくは圧力で死んでしまう可能性が高くなる。
危ないと分かっていてもモグリは扉を開くボタンを押すしかなかった。
自動ドアが少し開きかけて、誰もが走り出そうとした直後、動きを止めるほどの拡声された大音量。
『うっぇるかぁあぁあああああああああああむ!!!地上へようこそクソガキ共ぉっ!!現実が舌なめずりしてお前達を待っていたぜぇえっ!!!!!』
可憐な声なのだが拡声されて音割れしている上に、言葉選びが物騒である。
しかしどこか懐かしくて聞き慣れた声に猪山早紀は運転席からこっそりホームを見る。
アイドルのようなフリル服に、拡声器を手にした御堂霧乃が、コードを片手に遊びながら大胆不敵に仁王立ち。
どこか迫力のある姿に走り出そうとした子供達は注目し、動けなくなってしまった。
『おいおいおいおいおい!学校で良い子も悪い子も習っただろう?避難のおかしやおはし!守らねぇ極悪人は地底世界に逆戻りさせんぞっ、おらぁっ!!!』
笑いつつも目だけは本気の意思を見せ、またもや大音量で子供達を圧倒させる。
猪山早紀が変わらない人だなぁと感心する中、モグリが運転席から飛び出して一人ずつ歩いて出てくださいと誘導する。
また扉はすぐには閉まらないのでゆっくりで大丈夫ですと、説明を付け加える。
大人一人分サイズのモグラのロボットに御堂霧乃は目を奪われたが、その前に走り出そうとした子供一人を見つける。
その子供に向かい拡声器を向けて、おらぁそこの極悪人、と動きを止めるほどの音声をぶつける。
『そんなに地底世界が恋しいなら埋めてやろうかぁ?死人なら走る必要ねぇしなぁ、おい』
「ひ、ひぃいいいい!?ご、ごめんなさぁああああああああい!!」
御堂霧乃が言いながら近づいてくると、走り出そうとした子供は腰を抜かして尻餅をついてしまう。
そしてひたすら涙目で謝りたおし始め、それを見た子供達はモグリの言う通りに少しずつ歩いて出始める。
セイロンやシュモン達も誘導に加わり焦らないようにと声をかける。
ちなみに走り出そうとした子供は罰として最後に出ることになった。
「ふーっ、たく…まじで子供しか避難してねぇのかよ。応援呼んでよかったな、こりゃ」
「…霧乃ちゃん。タイミングいいね」
「うぃーす、北ボス許嫁!まぁ事前連絡があったからな。で、他の奴等は?」
「ちょっと避難人数多くて…自分は布動くんたちを目覚めさせる薬を…」
ずっと原因不明だった布動俊介達の昏睡。
それを目覚めさせる薬と聞いて、御堂霧乃は目を丸くして本当だったのかと驚く。
御堂霧乃からすれば地底世界は未知の領域で、全く事情を把握していない。
一応クローバー代理人からの説明は大まかに聞いていたが、半信半疑でどちらかといえば疑いのの方が濃かった。
しかし確かに猪山早紀は薬を持って、地上へと戻ってきた。
外見アイドル内面荒っぽいという本性を晒してまで子供達を止めたかいがあったものだ。
「そういえば応援って?」
「子供達は地底だろう?なら地上に残った大人達を呼んだだけさ。もちろん許嫁の執事もな」
子供達が消火扉の入り口に繋がる通路を抜けた先。
そこには木刀を片手に点呼を取る竜宮健斗の兄、鬼教師と呼ばれる竜宮信正が仁王立ちしていた。
横には連絡先確認のための竜宮健斗の姉である竜宮明美が駅員と話し合いながら、書類に子供達住所を記入している。
また不安そうな子供達にウェットティッシュやお菓子を配るのが仁寅律音の祖父母。
待機を命じられた子供達には即席タッグとしてDJアイアンこと信原鉄夫、そして仁寅董子が声を生かした芸を披露していた。
少しでもその場から離れようとする子供達を叱るのは袋桐麻耶の祖父。何故か箒を片手に装備している。
ウィルス解析している扇動岐路のバックアップと御堂正義の総指揮をフォローをするために籠鳥那岐の父親が動き回っている。
また筋金太郎の家が経営している店の常連客や駅員など数多くの大人達が協力して動いていた。
猪山早紀はその光景に口が閉まらなくなる。いつの間にこんなコミュニティが形成されたのかと驚くばかりである。
猪山財閥に仕える執事の田中が猪山早紀の姿を見つけて、安心したように近寄ってくる。
「お嬢様御無事で安心しました」
「た、田中…これは一体…」
「驚きでしょう?しかし繋がりとはこういうもので御座います」
どこか楽しそうな田中の顔に、猪山早紀もそうねと笑う。
そしてすぐに病院にこの薬を届けてと言って、地底遊園地へ向かう電車へ向かおうとする。
田中が驚いて止めようとするが、猪山早紀はずれた眼鏡をなおしつつ言う。
「明良くんが待ってるから!ちゃんと皆で戻ってくるよ!!」
「…かしこまりました。この田中、必ずやこの薬を届けます」
田中が御辞儀するのを確認して、猪山早紀はホームにいる御堂霧乃を手伝うという名目でホームに戻る。
薬を大切にカバンにしまい込み、田中は駅の外にある駐車場へ向かう。
その背中には即席タッグの仁寅董子とDJアイアンの、今は漫才という名の惚気が始まっていた。
「だから董子さんも綺麗だけど俺としては至上は明美さんであり…」
「若いっていいわよねー。外見だけの判断で好きとか愛してるとか言えちゃって。その点私と奏さんは最初は険悪だったけどその内面で…」
「でも確か董子さん、息子さんの外見が父親に似てると…」
「あらいやだわ、こんな季節にこんな場所で虫が」
そう言って信原鉄夫の頭を、軽く、ではない力で叩く仁寅董子。
しかし子供達からはどつき漫才と思われたのが大爆笑を得る。
笑い声と漫才の内容に田中は思わず仕事を忘れて笑いを零してしまった。
ホームに戻った猪山早紀は地底遊園地に戻りそうな電車に急いで乗り込む。
御堂霧乃は拡声器片手に意地悪く笑い、サムズアップして告げる。
「そろそろ大会開きてぇんだ。ボス達含めた全員で戻って来いよ」
「うん!そしたらさ、地底遊園地で大会もいいかもね!」
モグリの合図と共に電車は地底遊園地へ向かっていく。
その去る姿を眺めながら、御堂霧乃は猪山早紀の言葉を思い出す。
地底遊園地で開く大会、それはなんと心躍る単語で魅惑的な提案であろうか。
企み笑いを浮かべて御堂霧乃は、拡声を手の中で回す。
「いいぜ、いいぜぇ!!企画しがいのある…こりゃあ、御堂霧乃ちゃん大活躍のよ・か・ん★」
その頃地底遊園地で嫌な予感に身を震わせたのが二人。
「今、僕のアイデンティティを奪われた予感が…」
「なんか母さん関係で嫌な感じが…」
仁寅律音と時永悠真が顔を見合わせて、いやでも共通項目なさそうだとすぐに目を逸らす。
絵心太夫と葛西神楽が一緒にストレッチをして体を温めている中、キッキはフローゼの修理に勤しんでいた。
皮肉なことに部品はそこら中に落ちている。回収してはガスバーナーなどを使って溶接していく。
音声がおかしかったのは声を出す部品にひびが入っていただけで、CPU自体にはなにも問題なかった。
しかし体を大きく破損したことによるエラーが続き、熱が冷めないまま稼働している。
下手したらコードが焼き切れるかもしれないと、キッキは修理を急ぐ。
「大丈夫?すぐに直すから…」
<…オーナー…いえキッキさん。私はロボットですよ?私の代わりなんていくらでも作れるんです>
「作れないよ。作れない…だって時間は、過ぎ去った時間は…どうにもならない」
最初に作ったロボット。何体かの内の一体。
幼い頃に遊園地を盛り上げるためのスタッフとして作った。
もちろん最初は上手くいかなくて失敗や苦労が潰れそうな程のしかかってきた。
その度に最初に作ったロボット達と相談して、改善したり失敗したりを繰り返した。
今遊園地がなんとか形になったのは本当につい最近で、キッキ一人ではどうにもならなかった。
ロボット達、レムやフローゼ、ピエロ達がいたから運営できている。
時間は価値を作る。だからこそフローゼはキッキにとってかけがえのない仲間だった。
「僕、やっとレムが言いたかったことが分かったかもしれない…とても遅くて、もう伝えられないかもしれないけど」
気の優しいゴーレムのロボットであるレムは、キッキがアニマルデータに興味を持った時やんわりと注意をした。
自分の意思で決めて欲しい、命と体は一度だけだと。それはロボットも人間も変わらないと。
ずっと心にひっかかていたキッキは、目の前で起こったロボットの暴走やフローゼが大破したのを見て痛感した。
代わりなんてない、捨てた物や失った物はどう足掻いても返ってこない。
「フローゼ、君だって僕の大切な…家族なんだ。代わりなんて誰にもできない」
<ああ…ああ、なんて嬉しい言葉なんでしょう。悔やむべきなのはこの想いさえデータとして処理してしまうこと>
「…データだっていいんだ。だって僕達の脳も君達と同じ電気信号で動いている…変わらないよ」
<大人に…なったんですね。もう最後の子供と言えないですね>
「そうだね。そう考えたら少し気が楽になる…僕はずっと子供ということに甘えていたんだ」
フローゼの腕を無骨な形になってしまうが、散らばっていた腕の一つを溶接する。
作業する顔は真剣なまま、フローゼと簡単な会話をしていく。
地底人最後の子供、自分のことをずっとそう思って好き勝手していた。
最後だから、子供だから、地底人だから、自分の肩書を言い訳に酷いことをいくつもしてきた。
太陽の下に出られないからって、一人ぼっちだからって、していいことと悪いことの区別を忘れようとしていた。
その結果が目の前に一斉に現れただけ。だからキッキは目を逸らさないように震える足を叱咤していた。
少しでも俯きそうになったり、動けなくなったら竜宮健斗達が手を伸ばしてくれる。
些細な変化と事実がキッキの背筋を伸ばしていく。
「全部救ったらさ…また遊園地再開しようね。今度はさ、ちゃんと出口やまともなルールを作って」
<…はい。私、今度は家族連れの接客してみたいです>
「そうだね。子供達だけじゃない、多くの人が楽しめる…最高の遊園地を作り上げよう」
フローゼは熱のこもったCPUでシミュレーションする。
大人になったキッキは変わらない白い肌と白い髪、赤い目のままだろう。
泥だらけでドリルを片手に遊園地を広げている。これも今と変わらない。
変わったのは遊園地で父親の手を引っ張る子供、手を繋ぐ親子、敬老の日にはきっと老人も多く遊びに来る。
その光景を嬉しそうに、どこか羨ましそうに眺めつつ皆が楽しめるように地底世界を広げていく。
遊園地のアトラクションを増やしたり、家族向けに休憩所を作ったり。
そして正常になったレムやピエロ達も楽しそうに案内をしたり遊んだりするのだ。
モグリは素の口調がウケて人気者として拍車がかかるかもしれない。
幸せな未来図を思い浮かべて、フローゼは微笑む。
<ロボットでも…夢は見れるのですね>
シミュレーションをしたつもりだったが、それは願望を大きく混ぜた夢だった。
ずっとロボットは夢を見れないのだと思っていた。しかしフローゼは確かに夢を見た。
自分は変わらない姿だけど、変わっていく遊園地に大人になったキッキ。
地底人はどこにもいないけど、楽しそうな地上の人達で溢れる地底世界。
レムもピエロもロボット達全員が揃って、キッキやお客様のために働いている。
もしフローゼが人間だったら、幸せな夢に涙を流していたかもしれない。
ロボットの体ではそれは叶わない。しかしフローゼはそれでも良かった。
今泣いてしまったら、少し大人に近付いたキッキを心配させてしまうから。
だから代わりに微笑んで、少しずつ不格好に直っていく体を見つめていた。
瀬戸海里はずっと気になっていたことを聞くため、袋桐麻耶のパーカーの裾を引っ張る。
するとフードが外れて野球少年のようなさっぱりした頭が出てくる。
その頭が前よりも短くなっていることに、瀬戸海里はあの祖父にバリカンで剃られたのかと予想した。
袋桐麻耶は慌てて剃られたばかりで生え途中なんだよこのキツネ顔、と慌ててフードを被り直す。
「まぁそれは置いといて…あのさ、明良くんが言うには麻耶くん達はあえて僕を残したって…」
「ああ。そういえば言ってなかったな…だってお前、影薄いから気付かれにくそうだし無駄に悪運強そうじゃん」
あっさりと気にしていること第一位と、容赦ない運任せという意味の発言を吐かれた。
さすがに絶句するしかなく、瀬戸海里はそんな理由で…と落ち込む。
するとそこに鞍馬蓮実が近寄ってきて快活に言う。
「海里は慎重だし頭も悪くないからきっと生き残るって信じてたんよ!」
「蓮実…その温かい言葉が染みるよ…」
「そうそうサバイバルゲーム映画でも観客に、こいつ絶対死ぬなと、思われてたら最後までちゃっかり生きてる系だもんな」
「麻耶くん、それ褒めてないよね…」
しかし鞍馬蓮実は袋桐麻耶の言葉に同意する。
瀬戸海里はそういう面で信じられてもなぁ、と思いつつ考えてみれば確かに最後まで生き残っていた。
怖くて下手な行動はしなかったし、あまり注目もされていなかった気がする。
だが生きた心地は全くしていなかったので、今後は同じ目に遭いたくないと思う。
「おい、マザコンヴァイオリニスト。お前はどうなんだよ」
「マザ…健斗には期待してたけど、海里さんは別に。まぁ情報源として生きてればいいかなと」
「予想外にきつすぎる!!?ああ、でも律音くんて前からそうか…」
かつて感情を手に入れるためにあらゆることを利用した仁寅律音。
葛西神楽達を駒として扱い、自分すらも欺いて母の前で演技をしていた。
今は竜宮健斗などに信頼を置いているから普通に見えるが、その中身はあまり変わっていない。
利用という観点で冷静に物事を見つめ、そのために実行する行動力。
味方であれば心強いのだが、敵に回すとあらゆる面でひっかいてくるので厄介極まりない。
さらに今ではあの御堂霧乃の弱みも握った故、味方のままでいて欲しいと願うばかりだ。
「皆誤解しているようだけど…僕は自分の利益に繋がらないことはしたくないんだよね」
「…ふむ。その言葉を聞くに、感情を操りし弦楽器の主は竜宮健斗を信頼することが利益に繋がるというわけだな!!」
遠まわしな言葉を使いながら絵心太夫が会話に乗り込んでくる。
その言葉の内容に仁寅律音が吹き出しつつも赤面して、何を言っているのと慌てはじめる。
絵心太夫の首にかけているゴーグルを引っ張り、限界まで引き延ばして放てばゴムの伸縮性によりレンズの部分が喉仏に激突する。
さすがにその衝撃に絵心太夫は蛙が潰れたような声を出して咳き込む。
「ぼ、僕が健斗と繋がって利益得る、と、とか、そんな…」
「げほっ、しかし竜宮健斗だけ呼び捨てにしていることに気付いているか?それこそフラグ!!!まさに物語の王道!!」
「わ、訳が分からない!!本当に君は訳が分からない!!」
「ていうかなんで律音…さん、そんなに健斗ばっかりぃ~!!?」
動揺している仁寅律音の横に葛西神楽が恨めしそうな顔して現れる。
しかし仁寅律音はすぐに平静を取り戻し、神楽くんは黙っててと冷淡に言う。
葛西神楽は追及できるチャンスがなくなったことに落胆する。
「なんや騒がしいなぁ…今から体力使うと作戦支障でるでー」
「うるせぇ、二番目くらいに影薄い似非関西弁!!空気読むとかいう平凡特徴しかないくせに!」
「カッチーン!だからその似非止めてくれへんかなぁ…神楽に次いでチビのくせにぃっ!!」
「あ、てめぇ!!神楽が一番チビだったから気付かれなかったことを!!」
「二人して俺のことチビチビ言うなでござるぅううううううう!!」
あまりにも多く言われたことにより、葛西神楽は自分と仁寅律音の身長を比べる。
同い年なのに既に頭一つ分の違いがある。体が小さい分身軽なのだが、男と生れたからにはでっかくなりたい。
今度から飲み物全部牛乳にしようかと真剣に悩み始める葛西神楽。
そして袋桐麻耶との身長を比べれば拳一つ分の差。
「よし!まずは麻耶を抜かすでござる!!」
「ふっざけんなぁ!!ゼッテー抜かせねぇぞ、ごらぁっ!!」
一番チビになることを恐れて、袋桐麻耶も小魚食べようかと考え始める。
そして体の大きい鞍馬蓮実と筋金太郎に二人の視線が移る。
「大きくなるには肉なんよ!肉!!」
「いやいやお野菜などの栄養もしっかり取ることなんだなぁ…」
両極端の主張に二人は肉と野菜もどちらも食ってやると闘志を見せる。
それを横目で見ていた仁寅律音は、遺伝とか考えてるのか、と呆れた顔をする。
しかし今の考えを口にしても全く利益はないため口には出さずに、作戦待機しているアンドール達を見る。
アンドール達には特別な役割があり、それこそ作戦の要と言ってもいい。
セイロン達にも戻ってきたら事情説明をしなくてはいけない。
アンドール達同士での会話が何やら聞こえてくる。
<しかし地底文明が生きていたとは驚きでおじゃる>
<ああ、神よ、この奇跡の再会に感謝を…>
<しかしのんびりする訳にはいかない故>
<そうそう!私達がしっかりしないといかないのよ!!駄目と分かっててもね!!>
<そちらさんのネガティブなのかポジティブなのか分からない台詞なんなんどす?>
<よ、よく分からないですぅうううう>
<まぁまぁよくあることじゃないかしら、ねぇおじいさ…あらいなかったの忘れてたわ>
<残酷と書いて酷い!!>
<いや既にその漢字には酷いが入ってるだろ、そのルビは却下>
<それにしても静かなんだべ…嵐の前の静けさだべ>
<おいまてよ、この流れだと俺様が全部のツッコミするしかねぇじゃん。聡史みたいじゃないか!!>
「なんで俺みたいで嫌そうな声出すんだよ、キッドこの野郎!!!」
アンドール達の会話を聞いていた相川聡史がツッコミを入れる。
クラリスの事件の際に、立ち会った子供達のアニマルデータは全て個人を取り戻した。
その個人は一癖も二癖もあり、このように騒がしくなる。
普段は子供達の行動を見守りながら、あまり余計なことは話さない。
なので忘れがちなのだが、こうして目の当たりにすればその強烈さを思い知らされる。
「おいそこの珍獣共、息抜きはほどほどにしろ」
「誰が珍獣だ、この引き籠り!!そっちこそ作戦をそこの画面に伝えたのかよ!!」
「は、はい!というか…」
『おいおいそこの皮肉屋気取った坊ちゃんよぉ、私は説明されずとも求められた以上の物を提供するぜ?』
『こちらも既にクローバー博士から指示を頂いています』
『まぁ、私も資料やそちらの状況を鑑みて判断しているつもりだよ』
「…だそうです」
「残念だったな、東のツッコミマシーン」
相川聡史が文句を言いたくても、すぐに何倍も返り討ちにされると分かって言葉を出せない。
マスターの画面から背後で小さく笑う声が聞こえたので、恐らく青頭千里が耐え切れなくて声に出したのだろう。
画面を睨んでもそこにはマスターの画面には文字しか浮かんでない。
クローバー代理人の画面も同じで、唯一見える扇動岐路の画面では苦笑いを浮かべている扇動岐路。
相川聡史はその画面の背後で僅かに見える光景に目を細める。
なぜかDJアイアンが見たことない女性と漫才を繰り広げている。
その女性はどこか仁寅律音と同じ雰囲気を醸し出している。
「…扇動博士、後ろのそれ…」
『ん?ああ、地上は地上で頑張っている…子供達だけには任せてばかりも、大人としては情けないからね』
穏やかに、そして楽しそうに笑う扇動岐路の顔に、相川聡史は漫才で頑張るってどういうことだと顔を顰める。
玄武明良が作業の邪魔だと画面を見ていた相川聡史を追い払い、扇動美鈴と共に改めて作戦の確認をする。
「ウィルス名はAlice…ふざけてる名前だ」
「特徴は現場に合わせた性質変更に第三者による誘導変質…となると、ワクチンは無駄ですよね」
『…扇動美鈴、お前可愛い顔してんな』
「へ!?い、いきなりなんです!?」
顔を真っ赤にする扇動美鈴だが、そこで初めて気付く。
こちらからマスターの顔は見れないが、マスター側からはこちらの顔が見えているということ。
ということは画面を注視して作業していた顔を見られたのである。そう気付くと更に顔の赤みが濃くなる。
玄武明良は既に気付いてたらしく、悪趣味な野郎だと呟く。
一応聞こえてくる声は女性の声であり、ジョージ・ブルースも雌豚と言っていた。
だからといって姿が見えない者の性別を安易に信じてはいけないと玄武明良はマスターを疑っている。
『こんな麗しい女性の声を聞いて野郎とか、私の巨乳の谷間に埋めてやろうか?』
「講義みたいな淡々とした喋り方や演技みたいな話し方しといてよくいうぜ。あとそこの馬鹿親父は可愛いよねぇとか同意してんじゃねぇ」
『いやいや。美鈴は可愛いよ!?聡明でお利口で敬語口調も様になる…』
『…クローバー博士。床に突っ伏してないで指示してください』
「なんでクローバー博士が突っ伏してるんだよ。あと美鈴は地面の上で突っ伏すな。恥ずかしいからって汚いだろ、そこ」
『…やはりなぁ。まぁいい。ワクチンは無駄、てことは…全員分かるだろう?』
マスターの言葉に玄武明良、扇動美鈴と扇動岐路が頷く。
クローバー代理人も姿は見えないが頷く気配がした。
ワクチンは効かない、状況に合わせて性質を変えていく、そして第三者による誘導。
ウィルスAliceは厄介だが、とても簡単な方法がある。
ワクチンを作るほど時間がかからない、もしかしたら一般人にも専門の知識を埋めればできること。
『しかしクローバー博士から全てを救うには…さらなる仕掛けが必要と』
「…ロボットはウィルスさえなんとかすればいいだろう?これ以上何かあるのか?」
『あります。目に見える物が全てではない…ってこれ、中二病みたいな台詞なんですけど、博士』
「中二病と聞いてこの俺が颯爽とさんじょ…」
「あっち行ってろ病人」
「太夫さん、中二病となると生き生きしますね…」
会話に割り込もうとした絵心太夫はすぐに追い払われてしまう。
追い払われた先には皮の黒い手袋の具合を確認している籠鳥那岐。
両手の火傷を隠すための手袋だが、窮屈なのか拳を作ったり開いたりしている。
一人で集中するように佇むその姿に絵心太夫はこう評した。
「ぼっち…だな。南のボスよ」
「…あ?」
地獄の底から響いてきそうな重低音の声が籠鳥那岐の口から発せられる。
発音としては、あ、なのだがあまりにも低音すぎて濁って聞こえる。
濁音の、あ、が発せられたことになる。一文字だけで相手を怯ませるような発音と声である。
しかし絵心太夫は動揺せずに気安く肩に手を回す。
「南のボスよ、恐らくその手袋小さくなっているのだろう。成長期前でも子供というのは日々大きくなるからな」
「…そうか。しかし誰がぼっちだ、誰が」
「一人佇んで自分の手を見てたら誰だって思うことだ。その点俺は主人公として孤独のヒーローさえも…」
「もういい。もういいから離れろ」
長くなりそうな口上を切り、籠鳥那岐は視線を絵心太夫に移す。
移すがあまりにも気安いので離れろと、除けはじめる。
籠鳥那岐は敬遠されがちなせいか、このような距離感は苦手なのだ。
その二人が動いている後ろで竜宮健斗はバリケードを眺めていた。
積み立てて今にも崩れそうな心もとない壁。それでも仲間で作った。
少しでも子供達を守れるように、今度こそ救えるように。
それでも命を賭けたフラッグウォーズをすることになり、この壁もルールに組み込まれた。
竜宮健斗の背中を見ていた凛道都子は声をかけようかと近付こうとした。
その前に自然に崋山優香が竜宮健斗に横から声をかけていた。
「なにしてんの?」
「…優香、俺間違ってない、よな?」
「間違ってたら殴ってあげるわよ。全力で」
「え!?それは嫌だ!!」
「ならシャキッとしなさい!!発案者はケンなんだから胸張って堂々とする!!」
そう言って竜宮健斗の背中を勢い良く叩く崋山優香。
おかげで竜宮健斗は背筋を伸ばす羽目になり、先程の姿よりは頼りがいがあるように見えた。
しかしすぐに痛くて背中を丸め、涙目で崋山優香を見る。
慣れた様子で崋山優香はケンが情けないからでしょう、と意地悪く返す。
一見すれば険悪になるのではないかという会話だが、二人は笑顔のまま話している。
凛道都子はその様子を見て、声をかけるのを止めて手の中にある改造モデルガンを握り締める。
「…女の子らしくなくても、健斗くんが褒めてくれるなら私は頑張る…」
「誤って優香を撃つんじゃないぞ、間抜け極道娘」
「ひぇっ!?ま、麻耶くん…絶対撃たないよ!!優香ちゃんは友達だから、今は恋勝負で私が少しだけ不利なだけだから…逆転するのはこれから!!」
「……お前のそう言うくそ真面目な馬鹿らしい純真だけは褒めてやるよ、あ・ね・ご」
「褒めてない上に一番言われたくない単語を強調してる!?うう…麻耶くん酷いよぅ…」
凛道都子が拗ねたような言い方をするが、袋桐麻耶は気にせず新たに改造したモデルガンをいくつか渡す。
小型で運びやすく、威力が強いものだ。袋桐麻耶は意地悪そうに笑い、一つのモデルガンを手の中で回す。
そのモデルガンの銃口を凛道都子の胸に向ける。
「本気で好きなら撃ち抜く覚悟も必要だろ、ばーか」
「…慰めてくれてる?」
「自惚れてんじゃねぇよ、鈍間で間抜けで奥手すぎて恋勝負とかに負けそうになってる極道娘如きが!!」
「うう、すいませぇん…」
上げてから下げまくる袋桐麻耶の容赦ない罵倒に凛道都子は謝りつつ力づけられる。
袋桐麻耶の言葉には悪意がない、ただ正直に容赦ないだけである。
最初こそは戸惑ったものの、本音で話してくれているということだ。
それは表面上の優しい言葉よりも、尊いものだった。
『…そろそろ電車が戻ってくる頃です。気合、入れてください』
クローバー代理人の告知に、全員が一斉に真剣な表情になる。
電車が地上の風と共にやってくる。吸い込まれそうな、逆に吹き飛ばされそうな風。
トンネルを素早く動く乗り物があるために起きる、空気の現象。
その風に髪や服が揺れ、まるで荒野に立っているような錯覚を受け入れる。
「さぁ、始めよう。全部を救う合戦を」




