二番
青頭千里は笑顔で仕事をこなしていた。
笑顔なのだが決算する書類へ押す判子の勢いは大きい。
押した瞬間に紙に皺が寄るほどである。かなり無駄な力を込めている証拠である。
それと同時に机を叩いているようなもので、大きな音も立てている。
傍らで解析作業しているマスターは嫌そうな顔を隠さずに、青頭千里を睨む。
「うるさい。二番がちょっかい出したくらいで苛つくなよ、人外」
「苛ついている?僕が?はははは、マスターは冗談が上手いなぁ」
朗らかにそう言った瞬間の判子を叩きつける音は、家具を少し揺らした。
マスターは青筋が浮き出そうな顔で、青頭千里が作業している机に蹴りを入れる。
「やかましい。私の協力が欲しいなら邪魔してんじゃねぇよ」
「…そうだね。ごめん、今のは苛ついていたと認めよう。君を失うのは辛いからね」
「ああお前が悪い。もし認めなかったらそのすました顔面に蹴り入れるつもりだったが手間が省けた」
そう言ってマスターは青頭千里から目を逸らして、改めて作業用のキーボードを打ち込んでいく。
地底遊園地から地上へ回線が繋げられたらすぐに対応できるようにするため。
そのためにはあらゆるサーバーのハックをして監視の目を光らせる必要がある。
画面は既に数字の1と0しか流れていかない。それだけでマスターは何が起きているか理解している。
青頭千里からしたら狂気の沙汰だと感じるほどの、頭の回転の速さ。
それを手に入れるための才能と、本当に血が滲むであろう技術の習得。
飽きない自己探求がマスターという存在をさらに至上の者としていく。
青頭千里はマスターを科学者の頂点と認めている。
「玄武明良め、早く回線繋げろよ。天才の名が泣く」
「…いくら天才でも彼は十代の子供ということを忘れないでね」
しかしいくら科学者の頂点だろうが、天才を自分と同列に見るのはおかしい。
それくらいマスターは超越していた。なのに青頭千里と違って人間でいられた。
寿命がくれば、いやその前に事故や病気で死んでしまうような赤い血の人間だった。
「…って、子供達はフルネーム呼びで、僕は?」
「お前なんか人外で十分だ」
素っ気なく返答され、青頭千里は少し落ち込む。
と言ってもそれは表面上で、感情的には何も感じていなかった。
目の前にいるマスターがどれだけ凄い存在だとしても、青い血から見ればひ弱で脆弱な赤い血だから。
あまりにも弱いため、愛おしすら感じるほど青頭千里は赤い血を高い位置から見下ろしているのだ。
まるで人間が地面に這う蟻に気付いて、足を退けるくらいの気持ちで。
中央エリア駅構内では、多くの作業員がロッカールームの影にある消火扉に集まっている。
扉を開けば確かに通路になっており、大人が通るには少し狭いものがあった。
御堂霧乃は通路の先を見てくると言って、行こうとするが寸前で扇動岐路に止められる。
「なんだよ博士。急いでんだろ?」
「急いでいるからこそ忘れ物したくないんだ。これを持って行ってくれ」
そう言って渡したのは長いLANケーブル。
駅の従業員が何本も持ってくるのを見ると、通路の先で繋げろという意味だろう。
一体どういう意味だと顔を見上げれば、神妙な顔でノートパソコンの画面を見せてくる。
そこにはマスターという名前とウィルスに関する報告書が表示されている。
御堂霧乃は見たことある名前に驚きつつ、ウィルスの報告書を簡単に読み流す。
するとそこには第三者の意思によって変質するウィルスの特長と、システムエッグ関与について書かれていた。
「…地底遊園地にばら撒かれた可能性がある」
「しょうがねーなぁ、まぁ外見アイドル霧乃ちゃんが親切に持って行ってやるよ」
溜息混じりながらもLANケーブル片手に御堂霧乃は通路に潜る。
トンネルを四つん這いで歩くような通路はどこまで続くか分からない。
念のため耳に無線通信機イヤホンを取り付けているが、電波もどこまで届くか分からない。
それでもイヤホンにつけられたマイクに話しかけながら、少しずつ進んでいく。
少々膝が痛くなってくる頃、やっと駅のホームらしき場所に出る。
しかし電光掲示板には電車到着時間は表示されておらず、真っ黒である。
とりあえずホームを軽く探索して、ケーブル繋げるコンセントを柱の下部で見つける。
蓋をされていたが、簡単に開いたそこにLANケーブルをつなげる。
「博士―。取り付けたぞ」
『ありがとう!あとは地底から通信が繋がれば…』
「そのことなんだけどよぉ、遊園地のウィルスってそのパソコンに感染しないのか?」
『…通信横槍失礼します。現在遊園地にばら撒かれたウィルスAliceは第三者の意向により、感染の手を止めています』
丁寧な少年らしき声の介入に御堂霧乃は目を丸くする。
いくら無線通信だからと言ってこんなに簡単に介入されるとは思わなかったのだ。
通信先の扇動岐路も驚いているらしく、しかし冷静に誰だと尋ねる。
少年らしき声はクローバー博士の代理人と名乗った。
またもや聞いたことある名前に、驚きが上乗せされていく。
試作機SUZUKA、人間と寸分違わぬ生活ができるロボットの技術提供者。
その謎の存在であったクローバーとマスターが今回の件にも介入してきた。
『第三者は次の段階へ移行するためにウィルスの性質を変更。現在は感染させたロボットのプログラム上書きをしている頃です』
「なんだよ、その過去形の言い方」
『詳しくは言えませんが、これから科学者とウィルス、子供達とロボットの対決が始まります』
「いやだからそうじゃな…」
『命を賭けた合戦、フラッグウォーズinワンダーグラウンド、とこの事件は命名される内容です』
全く話を聞かずに淡々と代理人は説明を進めていく。
なんとか御堂霧乃は他の情報を得られないかと口を挟む。
だが代理人は対応しないまま、さらなる説明を広げていく。
『今から十分後にそのホームに避難した子供達が大量に押し寄せます』
「…避難、ねぇ」
『ええ、子供達だけなので混乱が想定されています。その中に現在昏倒した子供達を目覚めさせる薬を持った少女がいます』
「…」
『ここまで言えば聡明な貴女なら分かるだろう、と言伝を受けています』
昏倒した子供達とは布動俊介達だろう。
そして目覚めさせる薬というからには容器かなにかに入っている。
しかしもし混乱でドミノ倒しや、転倒、下手したら路線落下の事故が発生する確率が高い。
事故にその薬を持った少女が巻き込まれる可能性は高い。それならば混乱を起こさせない工夫が必要だ。
そこで御堂霧乃が思いつくのは毒を以て毒を制す、という内容。
意地悪く企んだ笑顔をして、扇動岐路にある物資を持ってくるように頼む。
それは駅なら確実にある、大勢の人間に有効な道具である。
「おっしゃぁ!そんじゃあ外見アイドル兼公式大会司会者である御堂霧乃ちゃんの本気見せちゃうぜ★」
それは誰かが見惚れそうな程勇ましく、頼もしい仁王立ちだった。
しかし父親である御堂正義が見たらはしたないと言われそうな、男らしすぎる姿でもあった。
バリケードの向こうで回線を繋げることに悪戦苦闘していた玄武明良と扇動美鈴。
遊園地内にばら撒かれたウィルスに気を付けているせいで、作業は遅れに遅れていた。
キッキに用意させた小さな小型パソコンを操作しながら、回線の様子を見ていく。
すると先程まで見張っていたはずのウィルスが静まり返っていた。
まるで一つ目の目的を果たしたかのように、拡散が終了していた。
罠かもしれないが好機と感じた玄武明良は大胆に、一番早く地上に繋がる回線を選ぶ。
そしてエンターキーを押すと同時に、テレビ電話画面のように四つの画面が表示された。
一つは玄武明良達が映っており、もう一つには扇動岐路の驚いた顔。
残り二つは文字だけで、マスターとクローバー代理人と書かれている。
「お父さん!?」
『美鈴か?それに明良くん達も無事だったんだね』
「まあな…クローバーにマスター?もしかして試作機の…」
『細かい説明はあとだ。私が即席に作った通信画面だが異常はないか?』
『こちらは異常ありません。さすがマスターです』
マスターという画面からは講義する女性のような声。
クローバー代理人という画面からは少年らしき声が流れてくる。
玄武明良は一定の操作で通信画面を試すが、異常どころが一般に通流してるテレビ電話プログラムより優秀だった。
扇動岐路もそれに気付いているらしく、苦笑いで凄いなと嘆息している。
『これから二分後。ロボット側から宣戦布告が発令されます。その前に一つ目の電車を発車させてください』
「なんでわかる?しかも正確な時間まで…代理人、お前は一体なんなんだ?」
『話してる余裕はねーぞ。私の計算だと、お前は薬を許嫁の猪山早紀に渡してるだろう?』
「…当たってますけど、計算できるものなんですか?」
『当たり前だ。猪山早紀には財閥による後押しがあるから即座に車手配して病院に行ける。だから彼女だ』
隠していたわけではないが、思惑を正確に当てられ玄武明良は舌打ちする。
眠っているだけだからすぐに薬を投与する必要性はない。
しかし精神的負担を考えれば、少しでも早く目覚めさせて負担を軽減させる方が後の行動がしやすくなる。
それをマスターは心や感情を込めた、子供達の中で誰が一番適役かまで計算して当てた。
感情まで計算するのは難しいが、ここまで正確に当てられると厄介な敵のようだ。
『もしロボットの戦い始まれば電車を発車する余裕ないかもしれないだろう?』
「…なら口先だけでも確認しとく。お前らは味方か?」
『クローバー博士が貴方達の敵になることはありえません』
『私はTPO次第だが、今回は味方のつもりだ』
「…いいだろう。聞きたいことは山ほどあるが、今は無視してやる」
そう言って玄武明良は細かい内容を扇動美鈴に任せ、キッキに電車を発車するように頼む。
キッキは少し土埃で汚れた顔で頷き、モグリに行けそうかと確認をとる。
しかし子供達が今にも我も我もと押し寄せてきそうで迂闊なことが言えないとジェスチャーする。
そこへアンドール、セイロン達が帰ってくる。
誰も子供を連れてきていないところを見ると、目につく場所にはもういないらしい。
しかし全員の安全確認が取れてないため、油断はできない。
電車に乗せる子供の選別をどうしようかと迷ってる横で、竜宮健斗がテーブルに足を乗せて立ち上がる。
「皆ー、怖いとは思うけど俺達がなんとかする!そのためにもまず小さい子から地上に返したい!」
「おい馬鹿、勝手に…」
「少しでも早くここから出たい気持ちは分かるけど、よく言うだろ!避難時のおやつ!!」
どこからか、おかしだよー、や、おはしだよー、という声が上がる。
なんでそんな単純なことを間違えるのかと、玄武明良は頭痛がする気がした。
しかしそれで空気が少し和らぎ、改めて避難のおかしの確認をすることになった。
「おさない、かけない、しゃべらない!だよな!!じゃあ皆それを守ってくれ!な!」
すると多くの子供達が頷き、口元に人差し指を当てて確認したりしている。
次に竜宮健斗は幼稚園前、幼稚園、小学校…とそれぞれ集まるように崋山優香など穏やかな性格の人物を目印にする。
各自該当するところに集まってもらい、まずは幼稚園前の子供達を電車に乗せはじめる。
その際に最初から流暢な話し方をしていた、セイロン、シュモン、シラハ、ガト、ビャクガも一緒に電車に乗せる。
セイロン達は過去でも各土地のトップであったため、統率に向く存在でもある。
竜宮健斗はおそらく無意識で選んでいるのだろうが、的確な判断をしていた。
「まだ電車は戻ってくるから、待ってる奴は慌てないでくれよ。怖いだろうけど…俺達やキッキが守るから!」
そう言って胸を張り、笑顔で元気づける竜宮健斗。
不満そうな顔の子供はいたが、声に出して批判する者はいなかった。
幼稚園前の子供達は一回目の電車に入りきった。
その際に秘密裏に運転席に猪山早紀は薬が入った容器を持って乗り込んでいた。
秘密裏なのはうっかり見つかって嘘吐きと言われるのを防ぐため。
ばれずに済んだので、良心は痛むが安堵していた。
そしてモグリが出発進行―、と声をかけてドアを操作して閉める。
モグリは運転席に入り、猪山早紀の存在を確認しつつ運転スイッチを押す。
自動運転だが何かトラブルがあった際に対応できるように運転席に乗り込んだのだ。
電車は滑らかに動き始めて地上へと向かう。電車内部ではセイロン達が不安そうな子供達を励ましていた。
時には泣きそうな子供がいたら、セイロンが空中でおどけてみたり、ガトが老人らしい話をして心落ち着かせる。
シュモンとシラハは異常がないか常に目を光らせていた。
電車がホームへと近づく中、バリケードの向こう側から数体のロボットの足音が聞こえる。
戦闘には色鮮やかな衣装を着たピエロのロボット。
その後ろには動物や様々なモチーフを象ったロボット達が壁のように横一列で移動している。
まるで統率された兵隊の動き、バリケードの隙間や端から様子を見ていた籠鳥那岐達は用心する。
<子供達に告げる!我等はフラッグウォーズを申し込む!!>
聞き慣れた単語が聞こえ、竜宮健斗は慌ててバリケードの隙間からロボット達がいる方向を見る。
ピエロのロボット以外に目立つロボットは、ゴーレムのようなロボットのレム。
他は名前を知らないが、鳥をモチーフにしたロボット、帽子を被ったタキシード姿のマネキンロボット。
そして紫とピンクの縞々模様の猫型ロボット。それぞれが即席に作られた旗を持っている。
中にはロボットのオイルがこびりついた鉄パイプで作られている物がある。
キッキはそれが一瞬血に見えて気分を悪くする。
<四つの地点に旗を立てる!全てを奪えばお前達の勝利だ!!>
「ほ、本当にフラッグウォーズをやる気なのかよ…」
「聡史もそう思うか?でもそれだけで済むなら…」
<時間制限は一時間!その間に一本でも奪えなかったら…ここにいる全員を殺す>
殺す、明確な殺人を表わす言葉をロボットが音声として吐き出した。
それはロボット三カ条に反する、ロボットして禁じられた行為。
もし正常なままだったら、人間すぎる感情がない限り行われることはまずあり得ない。
しかしロボット達はウィルスに侵されていて、異常な事態に陥っている。
避難していた子供達が一気に不安な顔になり、怯えはじめる。
中には泣き始めて早く電車が戻ってこないかと、何もないホームを何度も見る。
キッキは信じられないといった顔で放心してしまった。
「…受けるな。明らかにこちらが不利だ」
「那岐?」
<拒否してもいいが…その場合には一人犠牲になってもらう>
そう言ってピエロは壁のように配置していた背後のロボット達を移動させる。
すると一つの棺桶が引き摺られてきたのか、少し土の汚れた姿で現れる。
ガラスでできたその棺桶は、中に眠っている人物を隠すことはない。
竜宮健斗は見覚えのあるその棺桶を見て、思わずバリケードから飛び出してしまう。
「それ!花畑で眠ってるはずの…」
<近寄るな。近寄れば撃つ>
竜宮健斗の額に冷たい鉄パイプのような細長い物の先端が当たる。
しかしそれは鉄パイプと言った生易しい物ではなく、ライフルのような長銃。
経口が大きく、それだけで子供の頭一つ分は吹っ飛ばせる物。
仕方なく足を止める竜宮健斗は、悔しそうにピエロの顔を見上げる。
<one or all…どちらを選ぶ?>
「ワナオル?な、なんだよその呪文…」
<…>
「一つか全てかだよ!馬鹿!!簡単な英語くらい覚えろよ!!」
後ろからした相川聡史の声は、注意しつつも焦っている声だ。
竜宮健斗は少し考える。つまりロボットはどちらを犠牲にするか聞いているのか、ということだ。
勝ち目がないとたかをくくられている、と思った瞬間、叫ばずにはいられなかった。
「もちろん全部だ!」
<では一つを犠牲に…>
「違う!今俺の後ろにいる奴も、前にいる奴も全員…俺達が助ける!!」
<…馬鹿なのか?>
「馬鹿だけど間違ったつもりはねぇ!もちろんロボットのお前達だって助けてやる!キッキの、大切な仲間だから!!」
銃口を突きつけられているにも関わらず、竜宮健斗は人差し指をピエロに向ける。
人を指差すなと躾けられてきたが、今はそんなの気にしていられなかった。
ロボット達だって好きでこんなことをしているわけじゃない、と信じている。
だからこそ全てを救う。今度こそ誰も犠牲にならないように、全てを。
もう誰かが悲しまないように、そう決意して竜宮健斗は背中越しに確認をとる。
「いいよな、皆。全部救う決意できてるか?」
「…全くケンは相変わらず馬鹿なんだから…どうする?」
「俺は構わない」
「僕もいいよ。いざとなったら一時間以内に避難した子供だけでも電車に乗せればいい」
「…ルール交渉は俺がする。全部救うんだろう?作戦が必要だな」
崋山優香の確認に籠鳥那岐、仁寅律音、玄武明良は賛同を示す。
他のエリアチーム全員も反対を言う者はいなかった。
ただキッキだけは青い顔をして見比べている。
避難して不安そうな子供達、人質にとられた兄、仲間であったはずのロボット達。
本当に全部救えるのか、そんな勝算があるのか。
過呼吸になりそうな程のストレスに潰されそうになった時、竜宮健斗が大きな声で言う。
「キッキ、大丈夫だ!俺達は負けない!」
「け、んと…」
「一人じゃねぇ!!一人じゃねぇんだ!だから絶対に勝つ!!」
一人じゃない、大丈夫、それはずっとキッキが待ち望んでいた言葉。
地底人最後の生き残りになってからずっと、欲しかった言葉達。
それを臆面も見せず、正面から堂々と言ってくれる存在。
竜宮健斗の言葉に頷いていしまいたかった。それでも信じ切れずに迷いを見せる。
なにせ多くの命が関わっている。少しでも間違えれば大切な物がなくなってしまう。
すると玄武明良が小さく言葉を漏らす。
「あの馬鹿に命は預けんな…でも、命を賭けてみる価値はあると思うぞ」
それはかつて玄武明良がキッキに向かって告げた言葉。
地底世界を変えてしまうような馬鹿に対して、玄武明良が思っていた言葉。
キッキは改めて竜宮健斗の背中を見る。その背中は小さくて子供の背中と変わらない。
確かにあんな背中に命を預けることはできない。でも言葉に、覚悟に心が揺さぶられる。
預けることはできない、しかし賭けるくらいならしてもいいんじゃないかと。
『キッキくん。いざとなったら僕のあらゆる力を使ってフォローしてあげよう』
「社長さん?」
「マスター画面からか…男の声だな」
『子供が大人になるまで見守るのが大人の役目らしいしね。なにより一番のビジネスパートナーを失うのは惜しい』
『おい、勝手に出てくんな人外。お前は目の前にある仕事片付けろよ』
社長さんが良い台詞を言った直後にマスターの声と蹴られて何かが倒れる音がする。
玄武明良は人外という言葉に引っ掛かりを覚える。
しかし追及している暇はないだろうと思い、キッキに視線を向ける。
キッキは冷や汗で白い肌をさらに白く、少し青味が混じった顔で苦しそうに瞼を閉じている。
手の甲で汗を拭い、瞼をゆっくりと開けて力を込めた赤い目で竜宮健斗の背中を見る。
「…分かった。全部救うと言ったその言葉に、僕は賭ける!!」
竜宮健斗はその言葉を耳にして、振り向かないまま笑う。
「応!泥船に乗った気持ちでいろ!!」
<大船だろう、そこは>
ピエロのロボットが冷静にツッコミを入れる。
直後キッキはぶり返した不安に顔を青くし、崋山優香を含める大勢が頭を抱える。
相川聡史がおい馬鹿帰ってこいと指示し、入れ替わりに玄武明良と仁寅律音、籠鳥那岐がロボット達の前に出てくる。
「あの馬鹿に代わってルール交渉させてもらうぜ」
「ほら、僕達子供だから。ハンデの一つ二つオマケしてもらわないと割に合わないよね?」
「不正は許さないから覚悟しろ」
籠鳥那岐達三人がカッコよく決めてる背後のバリケード。
その内部では相川聡史と袋桐麻耶による皮肉と罵声と説教の声が響いていた。
竜宮健斗は悪い悪いと謝るが、二人の猛攻は止まらない。
あまりのバリエーション豊かな言葉の数々に物申したかった子供達はただ見守っていた。
その音声を聞いて画面向こうのマスターは声が出ないほど大笑いし、青頭千里の背中を叩く。
クローバー代理人の少年らしき人物は、冷静に時計を眺めて機会を窺っている。
そして電車に乗っていたセイロンは、竜宮健斗が馬鹿をやったような嫌な予感がした。
ロボットの身で嫌な予感を感じるものかと感心しつつ、不安そうな子供達を慰め続けた。
<そちらの提案一つにつき、こちらもルールを追加させてもらおうか>
「いいだろう。その前にそちらが決めている現段階のルールを聞かせろ」
玄武明良の言葉に、ゴーレムのレムがタッチパネル式のパソコン画面を見せる。
そこには簡潔な五つのルール。遊園地のルールと同じ数しかない、危険性の多いルールだった。
・旗はバリケード内部に入るまではロボット側の所有である
・ロボット側はバリケード以外にいる人間全てを敵とみなす
・ロボット側は敵と判断した人間は全力で排除する
・武器の使用をお互いに許可する
・参加人数は二十人まで。補充は可能である
「…フェアな勝負する気ねぇな、テメーら」
<そう思うなら勝負など受けるべきではないな。もう遅いが>
玄武明良は青筋が額に浮かぶ気がした。
簡潔ながら穴だらけ隙だらけのルールに、いかにこちらが不利かを思い知らされる。
それは籠鳥那岐と仁寅律音も同様のようで、難しい顔をしている。
「訂正として参加人数二十人を、参加は二十まで。ロボットは人と数えないからな…ちゃんと数を守れ」
<…いいだろう。その代りにこちらはロボット生産妨害をしないでもらおうか>
「ロボット側の武器の使用をなしに。僕達は非力な子供なんだから、そこはオマケしてよ」
<いいだろう。その代りロボット側には盾を持つくらいは許してもらおうか>
「フラッグウォーズ中の殺人行為、及び傷害行為を禁ずる。じゃないとフラッグウォーズ中で全員死亡があり得る」
<いいだろう。その代りにロボット側は…>
「まどろっこしい。いちいち俺達の返答を受けて答えられたら時間がかかる」
苛立った玄武明良はレムからタッチパネル式のパソコンを奪い、自ら入力していく。
キーボードよりも打ち辛いが、片手の五本指で軽やかに画面のボタンを触れていく。
そして出来上がったルールをロボット側に見せる。
・旗は人間が手に取った瞬間、人間の物になる
・ロボット達はバリケード内部(駅のホーム方面、バリケードの向こう側)にいる人間には手を出さない
・ロボット達は旗を守るための盾を装備できる。それ以外の武器の装備を禁ずる。また旗自体に触れてはいけない
・人間を殺してはいけない、行動不能になるほどの傷を負わせてはいけない。動けなくなった人間への攻撃を禁ずる
・また人間もロボットを完全破壊してはいけない。行動不能になるほどの破壊をしてはならない。動けなくなったロボットへの攻撃を禁ずる
・人間はロボットの生産を妨害してはいけない。代わりにロボットはスタッフルーム及び中にいる人間を攻撃してはいけない
・ロボットに保管されている棺桶を安全な場所に移動し、お互いに手を出してはいけない
・ロボットは電車へ攻撃、及び干渉してはいけない。(バリケード内部への侵入も同時に禁ずる)
・参加数は二十まで。ロボットも人間も同数であり、補充は可能
これらのルールを破った側は自動的に負けになる
ロボット達は画面を見て、少しの間沈黙する。
玄武明良は提示された五つのルールに意図的に作られた穴は全て埋めたつもりだった。
まず旗への手出し禁止は、ロボットが旗を持ったまま移動することを防ぐため。
もしそんなことされたら一時間以内で決着つかないことは明白だ。
またバリケード内部に入るまで旗がロボット側の所有では、バリケードの明確な線引きが必要となる。
なのにロボット達が提示した内部は曖昧な表現で、下手したらそこをつかれる可能性があった。
つまりバリケードを壁と例えれば、壁の内部とは壁の向こう側ではなく壁の中という表現としてもあり得るのだ。
避難している子供達がいる向こう側をバリケード以外と屁理屈こねられて攻撃されてはたまったもんじゃない。
なのでバリケード内部を駅のホーム方面と明確にした。これでホーム方面の安全性は守られた。
またロボット達が交渉に持ち出した棺桶は、フラッグウォーズ中に手を出さないように隔離する必要がある。
でないと旗を奪い合う際に人質としてまた利用されかねない。それでは本末転倒である。
そして生産を妨害しない代わりに、スタッフルームへの攻撃を禁じたのはある作戦を進めるため。
最後に付け加えたのはルールを破った際への対応。
先程の五つのルールではなかった暗黙の了解を文字として明示した。
でないとルールを破ってもペナルティなしと言われかねない。それではルールを守ったこちらが馬鹿を見る。
他にも牽制や妥協を含めた内容をまとめたつもりだった。もちろんこっそりと抜け穴も。
『ヌハっ、ヌハハハハ!!』
いきなりピエロのロボットから人間らしき男性の笑い声が発される。
それは楽しげで、同時にこちらを睨んでいるような気持ちの悪いものだ。
癖のある笑い声に誰もが顔を顰める。
『なるほどなるほど…あのルールを盾にどれだけ有利へと持って行こうとしたが、先手を打たれたか』
「あの穴だらけルールからさらに有利って、悪趣味な奴だな」
『私は負けたり二番目というのが大っっ嫌いでね!!!!!!正直今回のフラッグウォーズも…君達の公開処刑のつもりさ』
大嫌いという単語に力を込め、そしてはなから勝負という勝ち負けを決める戦いをするつもりはなかったと公言。
それだけでも怒りが湧いてくるのに、男は気にしないまま名乗りを始める。
『私は青い血一族の…ジョージ・ブルース。』
『青い血の二番だろう?カッコつけてんじゃねぇよ』
『その癇に障る言葉選びはマスター?一番に媚びへつらう雌豚が口出ししないでもらおうか?』
扇動美鈴が持っているノートパソコンからマスターの声。
その声に反応したジョージ・ブルースと名乗った男は唾を吐き捨てそうな声で応戦する。
そして会話内容が全く分からない玄武明良としては、勝手に話を進められては困る。
なにより交渉相手を怒らせないで欲しいと、ひきつるこめかみを押さえる。
しかし二人の侮蔑と悪意と嘲笑を込めた言い争いは急加速。
テレビだったら放送コードに確実に引っかかる応酬に、子供達は呆然とするしかない。
そして出てくる単語が分からず、相川聡史に雌豚って何、と聞く竜宮健斗はその頭を崋山優香に軽く殴られた。
『はいそこまで。大人が子供の喧嘩に出しゃばらない』
青頭千里の静かな声でマスターの言葉が止まる。
それにも関わらずジョージ・ブルースの言葉は止まらない。
ついには青頭千里から竜宮健斗などその場にいる全員を侮辱する言葉を吐き出し始める。
すると軽い溜息と共に青頭千里は静かすぎて背筋が凍るような声音で言葉を吐く。
『それ以上青い血を貶める行為は慎むように。分かるね?二番』
ジョージ・ブルースが唸るような、でもそれ以上言葉が出せないような声を出す。
青頭千里の声音に何人かが鳥肌を立て、胸を無意識の内に掴んでしまう。
言葉の意味は全く理解できなかったが、それでも本能的に死を感じた。
『君はいつまでも子供だねぇ。体だけ大人になって、仕方ない奴だ』
「…こ、怖いおっさんだけど、誰なんだ?キッキ」
「僕の取引相手の社長さん。青頭千里っていう名前」
『お、おっさん!!?…一応外見は若いんだけど…まぁいいや。二番に命ずる』
『き、貴様の命令など…』
『一番が、二番に、命ずる。提案されたルールを変えずに受け取るように。分かるね?』
またジョージ・ブルースが唸るような声をだすが、反対できないのか分かったと小さな声で言う。
小さい声だが射殺すような、憎悪と嫉妬、あらゆる負の感情を込めたものであった。
青頭千里はその声に込められた感情など一蹴して、よろしいとだけ呟いた。
その直後にマスターが、おら邪魔だ人外、と言って足蹴にする音が画面の向こうから聞こえてきた。
ルールを改変されなかったのは玄武明良達にとってありがたいことだが、力関係や敵味方が曖昧になってしまった。
ただ分かるのは、数ある手の中で踊らされているような感覚。この事件ですら大人達は楽しんで、子供達をわざと巻き込んでいること。
『…開始は電車が戻って、また出発する時の放送音声が合図だ。旗を立ててる場所はそのパソコンにデータを送った』
「分かった。ギッタンギッタンにしてやるから、覚悟しろよジョージ・ブルース」
『ヌググ、ヌハッ、ハハハハハ!!赤い血の子供達よ!!絶対、絶対全員殺してやる!!』
「…勝ってから言えよ、おっさん」
ロボット達は各自の場所へ戻っていく。
それを見届けてから玄武明良達三人もバリケード内部に戻る。
戻ってから三人は足が震えていることに気付く。そのまま地面に膝どころが尻をつく。
「…おい馬鹿。これで全部救う作戦の布石を作ったぞ!」
「ありがとう、三人共!!」
「で、作戦はどうすんの?天才なんでしょう?」
「嫌味をありがとうよ、まずはメンバー選びがあるから南ボス手伝え」
「わかった」
「青い血のおっさんもありがとなー!!いやー、すっげぇ迫力!!」
『だからおっさんじゃないって…全く、君みたいな子供にはさすがの僕も敵わないよ』
溜息と苦笑が入り混じった青頭千里の声の直後にまた何かが蹴られる音がする。
代わるようにマスターが本気出すから邪魔だという声が響く。
何度か行われたことで、今の音は青頭千里が蹴られた音だろうなと誰もが確信していた。
社長で先程のジョージ・ブルースを諌めた力がある人物としては、情けない様子である。
だが青頭千里は特に文句を言わずに離れたらしく、マスターが作業するキーボード操作音が画面から聞こえ始めた。
作業を始めたマスターの背中を眺めて、青頭千里はたまらないように笑みを深くする。
ああなんて愛おしいほど馬鹿な子供達、と。愉快で愉快で腹がよじきれるのではないかと危惧するほど。
そして一抹の寂しさすら人間のようじゃないかと笑いに変えてしまう。
青い血の一族、その一番として青頭千里は赤い血の人間が大好きで羨ましくて愛おしくて愉快だった。
「ああこれだから赤い血が欲しいんだ」
そう呟く姿は不真面目に人間になりたいと言う化け物に近いものであった。
玄武明良が告げた作戦に、仁寅律音は本気かと視線で伺う。
作戦立案の玄武明良自身もあまり納得してないのか、難しい顔をしている。
籠鳥那岐は無理ではないが無茶だろうと批判的な目をしている。
そんな中竜宮健斗だけが目を輝かせている。
まるで困難に立ち向かうヒーローになれと言われたような子供の目である。
「すげー!これ成功したら本当に全部救えるんじゃないか!!」
「いやしかしだな…」
「さすが天才!!俺には思いつかない!!すげーよ、明良!!!」
なにを言っても凄い凄いと返されるので玄武明良は嘆息する。
これ以上は何を言ってもこの作戦で通すつもりだろうな、この馬鹿は、と頭が少し痛くなる。
しかし籠鳥那岐は竜宮健斗のはしゃぎように笑いを零す。
しょうがない付き合ってやるか、という覚悟を決めはじめる。
仁寅律音はまだ渋い顔をしているが、竜宮健斗に圧倒されそうな勢いである。
「これは地底遊園地活劇にはもってこいのヒーローショーになるだろう!!」
「うーん、無茶苦茶な予感が…」
「失敗できなさそうですね…」
「とにかくファイト一発でござるよ!!」
「そ、そうだけど…その私の役割がガンナーって…」
「ピッタリじゃねぇか。たまにはその鈍間を改善できる活躍見せてみろ」
「結構運も必要なんだなぁ…神様に拝んとくんだなぁ」
「じゃあオイラは仏様なんよ」
「まさに神も仏もないって感じだね…」
「全くなんで俺がお前らの無茶ぶりに付き合わなきゃいけねーんだが…」
「そう言いつつ聡史くん、顔がにやけてるよ」
「あかんでー、素直が一番や」
賑やかに話すその様子をキッキは遠目で見る。
賭けたのはいいが、成功する保証なんてどこにもない。
責任全てを背負う覚悟でキッキは使い慣れたドリルの取っ手を握る。
その様子に気付いた竜宮健斗がキッキに手を伸ばす。
「キッキもこっちに来いよ。この作戦はお前もいなきゃダメなんだから」
「…うん。わかった」
成功する保証はない。安全性なんて消え去っている。
それでも手を掴んで信じたいとキッキは思う。
孤独だった自分に手を伸ばしてくれた、初めてできた地上の友達のために。




