願い事
図書館で本を速読する玄武明良。
それとは対照的にじっくりと本を読む扇動美鈴。
瀬戸海里はその正反対な様子に目を丸くする。
「明良くんそれで内容覚えられるの?」
「美鈴程じゃない。重要なとこだけ瞬間的に覚えているだけだ」
それだけでも凄いことなのではないかと、瀬戸海里は扇動美鈴を見る。
一言も話さずに、周りの音も聞こえてないのか自分のペースで本を読んでいる。
読む速さは普通の人と変わらないため、あまり違和感はない。
だが瀬戸海里は気になって読み終わったであろう本を一つ手に取り、扇動美鈴に声をかける。
一回では気付いてもらえなかったため、何回か声をかけるとやっと気づいたのか慌てて顔を上げている。
「ひゃ、な、なんでしょう!?」
「悪いんだけどさ、この本の…二十三ページの内容言える?」
無茶ぶりをしたかなと思いつつ、扇動美鈴に尋ねる。
すると予想以上にあっさりと快諾し、人差し指を額に当てて思い出す仕草をする。
そして一字一句間違えずに一ページの内容を丸々と朗読し始めた。
言い終わった後はそれがどうしたのかと、首を傾げてきたので何でもないと言って作業の続きを促す。
瀬戸海里はぎこちない動きで玄武明良に視線を送る。
「な、俺は美鈴程じゃない」
「どっちもどっちだと思う…よ」
天才の基準に疑問をぶつけたい気持ちを抑えこんで、瀬戸海里も手元にある本を読み始める。
そこには消失文明について書かれた本の写本。写真も付いており、大分内容は簡略化されている。
肩に乗っている狐のアンドールのタマモも興味深そうに見ている。
地底世界は今は亡き文明の爪跡を残していた。今はもう機械のシステムによってほぼ痕跡を消された文明。
その反対側では時永悠真が葛西神楽と一緒に本を片付けている。
高い所や遠い場所の本は筋金太郎と絵心太夫がめぼしい本を見つけては、持ってくる。
相川聡史と仁寅律音、籠鳥那岐の三人は気になった箇所のコピーやファイリングを進めている。
「ふぁ…なんか体がまだ怠いな。指先がなんか違和感あるし、今はヴァイオリン弾けそうにないや」
「なんで遊園地にヴァイオリン持ってきてるんだよ…」
「僕のアイデンティティだから。少しでも練習は怠りたくないしね」
「…意外と努力家なんだな」
驚いた様子で静かに籠鳥那岐が言う。
悠々と弾いている姿しか見たことないせいか、あまり努力家というイメージがなかったのだ。
その言葉に仁寅律音は溜息をつく。
「こう見えて幼い頃は父さんに怒られまくってたんだよ」
「…そうか。少し、見直した」
「それって今まで評価低かったていう自白だよな…」
相川聡史が気になって皮肉を言うが、籠鳥那岐の一睨みで黙ってしまう。
仁寅律音としてもあまり関係が深くない籠鳥那岐の評価などそんなものだろうと思っていた。
そして仁寅律音自体もあまり籠鳥那岐の評価は高くないが、今の言葉で少し見直している。
ただ二人共、あることを共通意識として持っている。
お互い共通点もなく、口数も多くなく、話す話題もない相手。
つまりは話し辛い、間が持たない相手として多少苦手意識がある。
ここに相川聡史ではなく、竜宮健斗がいればもう少し楽かとお互い溜息をつく。
「悪かったな、俺でよぉ…」
溜息の意味を悟った相川聡史は棘を含めて強めに言う。
相川聡史としてもこの二人は自分の性格に合わないと自覚しているので、辛い状況である。
「悠真、悠真!!なにボーとしてるんだよ…でござる!!」
「え、あ!ごめん、この本すぐ片づけるね」
「大丈夫か?体調悪いなら休んで良い…でござるよ」
「平気平気!えっと…」
平気と言ってもすぐに遠くを見るような時永悠真に、葛西神楽は気が散ってしょうがない。
時永悠真の梟のアンドールであるロロが、飛んで本を片付けているが作業効率は悪い。
無理して動かれても迷惑な時だってある。もう一回声をかけようとしたら白虎のアンドールビャクガに止められる。
「なんだよ?…でござる」
<お前は少し悩みがなさすぎる。少しは放って置くのも必要なことで候>
「…ござる以外でもいけたのか!?」
<当たり前でござる。全く本当に国語力のない奴め…嘆かわしいでござるな>
既に侍口調を使いこなしているビャクガに葛西神楽は悔しい思いを抱く。
そして自分も早く戸惑わずに言えるようにしなければと気合を入れる。
「副ボスは律儀なんだなぁ」
「うむ!律儀ゆえに大変好感を抱く人物でもあるな!」
本を選別しつつ、筋金太郎と絵心太夫は全員の様子を見る。
目立った衝突もなく作業は順調のまま進んでいる。
これなら早く終わると思った瞬間、絵心太夫は首筋に嫌なざわめきを感じた。
それはフラグ、予感を感じ取る時に味わう感覚。
「むぅ、この俺の冴えわたる第六感が第二の力と共に果てしない事件の予感を…」
「そ、壮大なんだなぁ…」
純朴な筋金太郎は絵心太夫の長い台詞をその一言でまとめてしまう。
そして絵心太夫もそれ以上何も言えなくなった。
栄養ゼリーを吸って作業していたマスターはおかしなことに気付く。
正体不明のウィルスが地底遊園地に送り込まれているのが、貼っていたファイアーウォールの破壊で確認。
中断させようとキーボードを動かすが、全く操作を受け付けない。
どうやら地底遊園地側からしか操作を受け付けない仕様になっているらしく、軽く舌打ちする。
「おい、人外。二番の仕業かもしれんぞ」
「いやだからね…二番?またあの問題児が…」
「しかも私の手に負えない現代のテクノロジーとなると…あれを手に入れたのは奴らしい」
「本当に僕への嫌がらせが上手いね、彼は…」
「で、どうする人外の一番…通信?」
対策を聞こうとしたところで画面に送信元不明の通信が入る。
ボイスオンリーと書かれており、声は聞き取りづらくなっており性別が怪しいほどである。
『こちらはクローバーの代理です。マスターと判断しますがよろしいでしょうか』
「クローバー…ハジメマシテ、と言えばいいか?」
『ええ、問題ありません。早速ですがこれから起こることについて説明させて頂きます』
まるで体験したかのような口振りで説明を始める代理人。
マスターと青頭千里は淡々とした説明を、一切口を挟まずに聞く。
しかしキーボードでは発信元を辿ろうと目に見えない速さで指を動かしている。
正体を探る途中でマスターはあることに気付き、キーボードのタイピングを止める。
そして意地悪く笑い、青頭千里に視線で合図をする。
『…以上です。何かご質問は?』
「ない。けど…そちらのテクノロジーに大変興味を持ったよ、クローバー博士」
「くくっ、あの試作機SUZUKAの技術の一つがおかしいとは思っていたが…なるほどな」
『…残念ながらその質問には答えかねます。私は代理であり、博士ではないのです』
特に焦る様子もなく代理人は淡々と事を進める。
マスターと青頭千里も今は追及せずに、提示された作戦に耳を傾ける。
水面下では言葉による攻防を続けていることを、知能が足らない者は気付けないだろう。
そしてこの会話を知る者は他にはいないということだ。
地底遊園地にいる当事者である子供達も知らないまま、事態は急加速を始めていた。
そんな遊園地の事情も、地上で起こっていることも、電脳世界の事件も知らない。
大馬鹿の竜宮健斗は転がりながら細い穴を滑り落ちていた。
セイロンを腕の中でかくまっているものの、これではアリスではなくおむすびの気持ちである。
すってんころりんという可愛い音などしないまま、土埃を上げながら辿り着いた場所は静かな場所だった。
ささやかな水が流れる音と、天井に埋め込まれた水晶が光を乱反射している。
白い花がガラスの棺桶を囲むように咲く、御伽噺に出てきそうな場所。
そこへ竜宮健斗は土で汚れてぼろぼろな姿のまま来てしまった。
「あっ、いててて…」
<ここは…>
立ち上がった竜宮健斗は最初に目に飛び込んできた棺桶に近づく。
その中に眠っているのはキッキによく似た、少し大人びた少年。
瞼が閉じられているため目の色は分からないが、白い髪から白い肌まで同じである。
竜宮健斗は誰だろうと棺桶の周りを歩く。しかし名前らしき文字はどこにもない。
「うーん、これもミラーハウスの続き?」
<な訳ないだろう。迷い込んだらしい…が、早く出た方がいいだろう>
セイロンは可憐に咲く白い花の群集を見下ろす。
色は薄く、今にも枯れるか砕け散りそうな花。
その花に毒があることをセイロンは受け取ったデータの中に情報として認識していた。
もちろん地底人でしか有効でないことも分かっている。それでも恐ろしかった。
遥か過去に起きた己が文明と同じことが現代で起きていることに。
今回は地底人が対象で起きた。しかしもし竜宮健斗達の文明で起きたらどうするか。
「セイロン?どうしたんだ」
<む、いや…早く出るぞ>
セイロンは背中の翼を動かして扉を探す。
扉はすぐに見つかり、セイロンは竜宮健斗を促す。
しかし竜宮健斗は棺桶を眺めたまま動かない。
<健斗?>
「生きてる、んだよな?」
<一応、受け取った情報の中には生きてるとあるが…>
「…一人ぼっち…なのに」
竜宮健斗は悲しそうな顔で棺桶の中にいる眠る地底人を見る。
安らかに眠っている少年の傍には誰もいない。
あるのは花と水晶、岩肌に涼やかに流れる水だけ。
ガラスの棺桶はこの環境ではとても冷たくて、また固そうである。
「こんな箱の中で一人ぼっちで眠るなら…死んでると、どう違うんだ?」
<それは…>
「俺キッキにこのこと聞いてみる。寂しいのは辛いよな」
そう言って竜宮健斗は改めて扉へと向かう。
セイロンはその肩に乗り、何も言えなくなってしまう。
一人ぼっちで起きれないまま眠り続ける、生きていると言えるのか。
生死が曖昧なアニマルデータの身として、どう答えればいいか分からなかった。
そして思うのは、なんでこんな子供に答えのない難しい問題が降りかかるのか。
未来を見て、夢を見て、それだけでいい年頃の子供に、なぜこんな苦痛を味あわせてしまうのか。
しかし竜宮健斗はそんな難しいことは考えていなかった。
ただ寂しいだろうな、と思っただけだった。
扉を開けたら、ミラーハウスの資材置き場の中にいた。
振り向いたら棺桶はそのままで、前にはミラーハウスへ戻れるスタッフ通用口が見える。
竜宮健斗は目を丸くして、今までいた場所からスタッフ通用口を使ってミラーハウスに戻る。
そしてもう一回行けないかと戻ろうとしたところで、聞き慣れた声が聞こえた。
「いたー!!どこにいたのよ、ケン!!こんな小さな場所でどうやって迷うのよ、馬鹿!」
「ゆ、優香!?小さいって…どこが?」
「ミラーハウスよ!!カメラにも映らないとかダイナミックな迷い方までして!!」
<…カメラにも映ってない…小さい?それ本当か!?>
「セイロンまで…全部本当!全く…」
呆れ果ててる崋山優香の傍で、竜宮健斗とセイロンは顔を見合わせる。
謎の場所に謎の現象、あることを思いついた二人は声を合わせて言う。
怪奇現象、と。
その言葉に崋山優香は改めて呆れた。
「二人して…お化け屋敷で言いなさいよ」
「いやまじでさっきまで花咲くガラスの棺桶と一人ぼっちの…」
「はいはい。皆に心配かけてんだから、早く出ましょうね」
なんとか説明しようとする竜宮健斗の背中を押し、出口に向かわせる崋山優香。
そうされてしまうと竜宮健斗は押されるがまま出口に向かってしまう。
セイロンも説明しようと悩んでいたが、どう話しても呆れられるだけだと判断する。
「本当に…ケンが迷うと私が探しに行く羽目になるんだから…」
「昔遊園地で優香が同じく迷子になったじゃねぇか」
「?何言ってんのよ…私はケンの家族、そして私の家族と一緒にいたわよ」
「はぁ?でも泣いてるお前を励ました覚えが…」
「誰と間違えてるか知らないけど…さっさと行きましょう」
あれー?と竜宮健斗は思い出そうとする。
遊園地で迷子になった時、誰かが傍で泣いていた。
だから大丈夫だと言って安心させて、そしたら迎えが来た。
兄と姉には大馬鹿と言われて怒られた。
そこまでは覚えている。肝心なのは誰が泣いていたか。
弱っちい奴だと思ったから、崋山優香だと思っていた。
家族同士で仲が良いので一緒に遊園地に何度も遊びに行っていたからだ。
しかし改めて違うと言われ、思い出そうとしたが記憶がぼやけて上手くいかない。
「うん、思い出せねぇ」
<諦めるの早いぞ!!>
「ケンだから仕方ないわよ。ほらほら早く」
あっさりと思い出すことを諦めた竜宮健斗はミラーハウスの出口へと向かう。
周りが鏡に囲まれている中、なぜか一枚の鏡だけに一人の少年の姿が映る。
それは誰にも気づかれないまま、口元だけ動かしていく。
お願い、と。
そしてその言葉すら気づかれないまま、鏡からも消える。
監視カメラが不自然な音を奏でて、通常運転へ戻り始める。
まるで今まで本来とは違う使い方をされていたかのように。
ある少年は卵形の機械にお願いをする。
どんな望みも演算してくれる機械にささやかな祈り。
白い花が咲いてしまった、だからこそ自分よりも幼い弟のために。
「あの子を見守る方法教えて」
システムエッグは演算する。
人間をデータに変え、毒のある花を咲かせた機械。
文明を滅ぼす力を持つそれは、少年の願いを叶える演算をした。
もしかしたら今までの願い事で、一番良心的で小さな願いを。
データの中を走り回る少年はずっと遊園地を見守っていた。
その姿はカメラを使って水面やガラスに映し出しながら。
大きくなっていく遊園地、迷い込む子供達。残酷な五つのルール、一人ぼっちの弟。
声をかけたくても声は出なくて、映像だけ見せようとしても弟は動き続けている。
鏡や水面、監視カメラがないと少年は姿を現せない。その存在を知らせることができない。
また映像を映し出せるのはわずか五分だけ。だから僅かな賭けをした。
ミラーハウスに入り込んできた少年を導いてみた。
弟が何の意味で作ったか分からない鏡の道、落とし穴を使って導いた。
その後どうなったかは分からない。ただもし見つけてくれたら嬉しいなということ。
弟も僕も一人ぼっちなんだよ、寂しいんだ、お願い、と。
データの回路を走り回って、体の中へ戻ろうとしたその瞬間。
膨大な悪意あるデータに意識を、データを奪われる。
それはかつてお願いをした機械が、同じく生み出したデータ。
破壊や洗脳を得意とするウィルス、Aliceはタイミング悪く少年のデータを飲み込んだ。
そしてそのまま増殖を繰り返して、遊園地中に広まろうとしていた。




