傷つく覚悟
中央エリアの家から、御堂霧乃は苛立ち交じりに電話の受話器を握る。
台に載せている手はじれったく、人差し指で台を叩く。
「発表会!?レポートでまだ余裕が出来ない?」
宿泊付きの校外学習。
もちろん学生にとって楽しいものだが、必ず授業では体験したことをまとめなければいけない。
特に班行動となると、大きな画用紙にマジックペンで大きくまとめ、発表をすることになる。
しかしタイミングがあまりにも悪すぎる、と御堂霧乃は怒鳴りたい心を必死に抑え込む。
電話の向こうからは気楽そうな声が聞こえてきて、それがさらに神経を逆なでする。
御堂霧乃にとって大好きな少女によく似た、大嫌いな少年の声。
からかおうにもマジレス、いわゆる大ボケで真面目な返答をしてくる厄介な相手。
「と・に・か・く!!その発表会終わったらすぐに連絡寄越せ!!」
叩きつけるように受話器を置く。
肩で息をし、髪が荒れるのも気にせずにかきまわす。
その様子を見てリスのアンドールであるリスリズが注意するが聞こえない振りをする。
「あんのぉおおおおおおおばかやろうぅうううがぁああああああ!!!!」
一切遊園地から帰ってこない籠鳥那岐に対して、御堂霧乃は誰かを送り込むことしかできない。
そして最後に残った二人はまだ動けないことに、意味もなく聞こえないであろう八つ当たりの言葉を吐き出した。
図書館と博物館を交互に尋ね、玄武明良は頭の中に考えをまとめていく。
後ろからついてくる黒い狼のアンドールであるガトは、その背中を見上げる。
子供と言ってもいいほどの、まだ小さな背中。これから成長していく可能性を持った体の一部。
「…そうか。そういうことか」
<何か分かったのか?>
「ああ。後は答え合わせだけだが…その前にさらに調べたい」
そう言って博物館のガラス戸の向こうにある、展示物を眺める。
展示物、と言ってもなにかが飾られていた跡があるだけで、布と台しかない。
しかし説明プレートにはこう書かれている。
消えた文明の遺産、システムエッグ、と。
絵心太夫は時永悠真と共に園内を歩いている。
しかしその足取りが軽く、絵心太夫自身が首を傾げる。
いきなり体重が軽くなったような錯覚に、その場で飛び跳ねて確かめる。
「ううむ。おかしい…」
「飛び跳ね方が?」
「いいや…本来重力は地球の中心に近付くほど大きくなる」
引力というものにより、林檎は木から落ちる。
当たり前のことだが、それ一つ知るだけで宇宙にまで手が届く。
地球の核へ引っ張る力が引力であり、重力は引力と深い関係がある。
そのため引力が強い核に近づくほど、物体は重みを増す。
地底遊園地がどれ程の深さにあるかは明確ではないが、地上よりは地球の核に近い。
だから体が重くなることはあっても、軽くなることはない。
しかし絵心太夫はいつもより体が軽くなるのを感じている。
「…まさか!?主人公である俺の中に眠る第二の能力が今ここで目覚めを!!?」
「ああうん、ヨカッタネー」
律儀にツッコミを入れるのも疲れた時永悠真は流す。
絵心太夫は気にせずに嬉しそうに飛び跳ねている。
本当に重力を感じさせない軽やかな動きである。
「というか僕達も普通に行動できてるんだから、反重力装置とかあるんじゃないかな…とは言わない方がいい予感」
はしゃいでいる絵心太夫を見て、時永悠真は言葉を口の中で小さく呟くだけにした。
二人は今玄武明良の指示により、なぜかアトラクション全てを体験している。
どこにヒントがあるか分からない、という玄武明良の無茶ぶりによる指示だ。
ジェットコースターから観覧車、ミラーハウスにアスレチックなど。
様々な遊びが散らばっている。それらを体験しながら、時永悠真は疲れ気味に呟く。
「二人で行動せずに、別行動してもいいんじゃない?」
「…それだ!!それだぞ悠真!!そうかそうか分かったぞ!!」
「え!?なに急に?」
「遊園地とは本来誰かとくるものだろう?なのにこの遊園地…一人で遊べる物しかない!!」
言われて時永悠真も気付く。
ジェットコースターも観覧車も、コーヒーカップにメリーゴーラウンド。
アルファベットルームにミラーハウス、ドッキリハウスにアスレチック。
誰かと遊べることは遊べるが、それ以上に一人で楽しめる物ばかりだ。
二人乗りとあっても、一人で十分な物も多い。
「…本当に地底人は一人ぼっちなんだ…」
楽しい物だけを集めたような遊園地。
最後の地底人であるキッキが作り上げた遊園地。
そこはどんなに光が溢れていても、子供がたくさんいても。
埋められない孤独が存在するように、影を落とした。
「ここは主人公である俺がキッキを説得し、パーティー参加出来るイベントアトラクションを企画…」
「でも地底人って僕らの文化を吸収しつつ、違う文化を形成してるよね」
説得に応じないだろう、という意味で呟いた言葉。
時永悠真は玄武明良と共に集めた情報を顧みて痛感している。
まず物の価値が違う。金銀はまだしも、宝石は飾りにしかならない屑石扱い。
墓場に名前は刻まない。生者が全てを覚えていく。
太陽は悪魔、地底人の肌を焼く忌まわしき存在。
地底人は鼻歌で心を伝える、最愛も嫌悪も全て。
植物も地底に生える物しか育てない。太陽がないから必要ない。
人間と地底人以外の動物は全て食物。遊園地にいる生き物に似せた物は全てロボット。
視力は弱いが耳が並外れに強く、反響する音で立体的に物事を把握する。
もっとも好意を持たれるのは声が大きく、鮮明な発音を持つ者。
人工知能が日常生活にて行動できるほどの技術力。
似ているようでやはり違う。
その差異が時永悠真には埋められそうにない、と感じさせる。
しかし絵心太夫は気にせずにあっけらかんと言う。
「だが友達になれない理由にはならない、だろう?」
「…そうだけど…」
「まぁ、そこら辺は俺の次に主人公に相応しい奴に任せるとして…悠真」
「なに?」
「お前はどこから来たんだ?」
不意を突かれた質問に、時永悠真は声が出なかった。
すぐに茶化さないでよ、と言おうとした。
しかし絵心太夫はその暇を与えず、首にかけているゴーグルを触りつつ告げる。
「悪いが主人公である俺の目は誤魔化せないぞ?フラグ回収はお手の物だからな」
「…ははは。訳が分からないよ」
「今は言う気はないか。まぁ俺はそれでもいいが…何かあったら遠慮せず相談しろよ」
それ以上は追及せずに絵心太夫は背を向け、前を歩く。
時永悠真は目線を地面に向けつつ、その後ろをついていく。
追及されなかった安堵と、気付かれている不安が混沌と渦巻く。
かつて扇動美鈴には、二度と帰れない場所と言った。
それは本当のことであり、時永悠真の最大の秘密である。
だがこの地底遊園地には関係ないこと。なのになぜ絵心太夫はこのタイミングで聞いたのか。
絵心太夫は深く考えていないが、この地底遊園地にいる間に聞かなければいけないと思った。
フラグ、ではなく嫌な予感がしたからだ。絵心太夫特有の第六感であり、確証はない。
しかし絵心太夫は自分を主人公と思い、その予感を馬鹿にすることはない。
なぜなら主人公という物語の重要人物の予感は当たる物だからだ。
「悠真、忘れるなよ。北エリアは何があってもお前の味方だ」
「…それもフラグ?」
「予防線だ、な。一人で無茶するなよ、という警告でもあるな」
そう言ってすぐに新しいアトラクションを見つけ、走り出す絵心太夫。
いつもと変わらぬ態度に、時永悠真は戸惑いつつもついていく。
しかし時永悠真にはいつもの余裕が戻ることはなかった。
扇動美鈴は猪山早紀と一緒に、瀬戸海里を連れて売店のジュースを買う。
落ち込んだままの瀬戸海里はいいと言ったが、水分がいかに人体に大事が扇動美鈴が説明する。
すると少し驚きつつ渋々といった様子でコップを受け取る。
扇動美鈴は押しも大事だな、とホッとしつつ学んだ。
「美鈴くん、明良くんが将来について考えているか気になってたみたいだけど?」
「え?あ、ぼ、僕はその…明良さんやお父さんみたいな科学者になって…」
少し緊張し、顔を真っ赤にさせつつ扇動美鈴は言うかどうか迷う。
なにせ突飛な夢で現実味がなく、それこそ人間の寿命じゃ叶わないような果てしない夢。
でも折角だから言ってしまおうかと、手に力を込めて一気に吐き出してみる。
「ぼ、僕!!タイムマシン作りたいんですっ!!!!」
猪山早紀と瀬戸海里は目を丸くする。
飲もうと口つけようとしたところで、コップの位置が止まっている。
やっぱり馬鹿な話と思われたのか、と扇動美鈴は改めて顔を真っ赤にする。
すると後ろから声をかけられる。とてもよく知っている、扇動美鈴が尊敬する人物の声。
「いい夢じゃねぇか。ちょうどヒッグス粒子の研究が世界的にも認知されているしな」
「あ、明良さん!!?い、今の話…」
「聞いてた。ならお前の進路についてあのおっさんとも話がしやすくなるな」
冷静に言葉を続ける玄武明良に対し、扇動美鈴は顔から下まで真っ赤にし始める。
自分で言っていても馬鹿な夢なのに、真っ向から肯定されてどうしていいか分からないのだ。
まだ聞かせる予定ではなかった、しかしこんな形で聞かせてしまうことに戸惑いもあった。
だがなにより恥ずかしかった。子供がヒーローになるといった夢を大人になってから引き出されるような心境だ。
しかし玄武明良は実現可能な夢だと考えている。もちろん簡単な夢ではないことも理解している。
「美鈴、その夢を叶える努力しろ。誰かがお前を指差して笑っても、気にしない根性をつけろ」
「あ、明良さん?」
「無理だということを現実にする、科学者はそんな大馬鹿野郎だ。だからカッコイイ、だろう?」
意地悪く笑う玄武明良に、扇動美鈴は憧れを抱く。
数年しか年は違わない、それでも確実にその数年に経験や心の差がある。
生まれ持った要因もあるかもしれないが、生きるという時間を感じた。
傍らで猪山早紀が大人になったねぇ、とまるで息子を見守ってきた母親のような言葉を呟く。
そこへ絵心太夫と時永悠真もやってくる。
玄武明良は簡単に報告を聞き、頷いて深呼吸する。
「よし。俺はこれからルールを破る。まとめた資料はデータとして全員のデバイスに送信する」
そう言ってデバイスを操作し、添付メールを瀬戸海里達のデバイスに送る。
瀬戸海里がルールを破るという言葉に反応し、手を震わせる。
猪山早紀も本当にやるの、と不安そうな顔で玄武明良を見る。
「だ、駄目だよ!!お仕置きがあるんだよ!?死なない保証だってない…駄目だ!!!」
「海里くん…」
「黙れ、分からず屋。思考を止めて、怯えて、震えるしかないお前に止める権利はない」
「権利はなくても義務がある!!君のためなんだ!!だからっ…!?」
玄武明良が振りかぶった拳が、瀬戸海里の右頬に減り込む。
超人ではないため遠くまでは吹き飛ぶことはない。
それでも周りで遊んでいた子供を驚かせ、注目を浴びることは出来る。
殴られた頬を手の平で押さえながら、瀬戸海里は呆然とした目で起き上がる。
服の襟首を掴み無理矢理に立ち上がらせ、玄武明良はもう一発殴る。
異変に気付いたロボットが近寄ってくる。
「俺のためじゃねぇだろうがっ!!!全部お前のためだろう!?全部お前が傷つかないためだろうっ!!」
すぐに玄武明良は近づいた人型ロボットのピエロに抑えられる。
両脇の下から腕を挟まれ、体を浮き上がらせる。
しかし脇目もふらずに瀬戸海里に向けて、強い視線を向ける。
「そうやって立ち止まって、傷つかないでいれば消えた奴らは帰ってくんのか!?帰ってくるわけねぇだろう!!」
<お、お客様あまり暴れられては…>
「お前は託されたんだ、進むことを!!それすら分からない馬鹿が俺を止めるなっ!!」
「明良くん…でも…でもっ!!」
「残ったんじゃねぇ!残したんだ、お前を!!あいつらは瀬戸海里という仲間を、残したんだ!!」
言い争う声を止めるような柏手の音が響く。
ピエロの傍らにいつの間にか現れたキッキがいた。
ドリルを肩に担いで、すぐに笑顔で言う。
「お客様。あまり騒がれないように…よろしかったらこちらへ」
玄武明良は抵抗もせず、大人しくついていく。
そして何故かその後ろを猪山早紀と扇動美鈴がついていこうとする。
「おい!?」
「じ、自分は…ほら、許嫁って一蓮托生みたいな?」
「実は僕も確かめたいことがあるので…えへへ?」
冷や汗を流しつつ、目線を逸らす二人。
玄武明良はどう怒鳴ろうか考えて、止めてしまう。
足元にいる狼のアンドールであるガトが、少し楽しそうに笑っている。
<一人は…寂しいからのぅ>
<そうですねぇ。おじいさんが行くなら私もついていきますしねぇ>
<ぼ、ぼ、僕も…うぅうう…怖いけど、寂しいよりは怖くないですぅううう>
これからお仕置きを受けるようには見えない様子で、三人と三体は連れていかれる。
花の妖精を模したロボットであるフローゼが、瀬戸海里に濡れタオルを差し出す。
瀬戸海里はそれを素直に受け取り、お礼を言う。
フローゼは嬉しそうに返事し、この後も遊園地をお楽しみくださいと言う。
「…うむ。さすがボス、やること全て終わらせていったな」
「まぁ、こうなる予感してたからね。で、どうするの海里くん?」
瀬戸海里は濡れタオルを殴られた頬に当てながら、少しの間沈黙した。
もちろん拳で殴られた場所は痛かった、しかしそれ以上に図星を突かれた心が痛かった。
怯えていたのも、行動しなかったのも確かに全部自分のためだった。
弱い自分を守るために決めた逃げる策。それをあっさり玄武明良は見破った。
もしこれが瀬戸海里だけの問題なら、殴られることはなかっただろう。
しかし問題は誰か個人で終わるような問題ではなくなった。
だからこそ玄武明良は行動で伝えた。お仕置きを受けてもいいと言わんばかりに。
終わりはここじゃないだろう、と発破をかけた。
瀬戸海里は握り拳を作り、顔を上げる。
その目は恐怖を見据えながらも、立ち止まるような弱さは消えていた。
立ち上がり、ズボンについた埃などを払い、服の乱れを直す。
「やりたい放題だね。うちのボスとは大違い」
「はっはははは!そこが北の良ささ、だから俺達も自由に行動する」
「そうそう。東みたいな仲良しとはいかないけど、いいものでしょう?」
「…いや、僕は遠慮したいね。だから…さっさと蓮実達を取り戻して、また東の皆で大騒ぎするよ」
強かな微笑みを浮かべ、瀬戸海里は理想の未来を口に出す。
その未来は暗い地下ではなく、本物の太陽や月が見える地上の話。
エリア大会やユーザー探しをした、平和な日常の話。
決してルールに縛られた遊園地の話ではない。
「さて…気になる所はボスが調べるだろう…あとに残った俺達は探し残しがないか調べよう」
「でも大分調べたんじゃ…」
「うーん、予感的にちょっと足りないところがある気がするんだ…それを彼が来るまでに」
「…そうだね。全部調べたと安心して、止まったら意味がないんだ」
瀬戸海里は近くにいたスタッフロボットに、濡れタオルを返す。
そして絵心太夫と時永悠真、三人で行動し始める。
二十人近くいた子供達、半分以上が消えた今でも残る物がある。
それを証明するかのように、三人はルールに縛られた中で出来る限りのことをする。
そして消える前に抗おうと、ルールを破った者は地底人に立ち向かう。




