巫女の世界
すぅ、と櫛が私の黒髪を梳かしていく。にこにこと笑う巫女に、無表情な私が。
愛想よく笑う巫女が、私にこう問いかける。
「貴方は、神さまっていると思う?」
「思いません。いたとしたら、憎いです。だって、」
「私を助けてくれませんでしたから」
宇宙人なら、信じますが。
すぅ、すぅ。ニコニコと、愛想のいい笑顔を見せながら、私の戯言を聞いている巫女。
「貴方は人間そっくりですね。でも、人間じゃないんでしょう?」
「ええ、そうね、私は人間じゃない」
巫女は話す。
「人間の劣等種よ」
「……私はそうは思いません」
映画だってそう。コピーされたものが大抵強い。
きっとそうだ。上辺だけの笑顔を見せる巫女を見ながら、私は思う。
人間クローンの非人間を、見ながら。
***
大雨に降られ、私たちは急遽雨宿り。大きな神社があったので、赤い鳥居を潜りそこへ入っていった。
随分古いのか、雨漏りしているようだった。乾いた木ところどころに水玉ができていたので、そこを避けて私たちは座る。
「イマドキ、こんな古びたものを好むっていうのも珍しいわね」
「古いのか」
水滴の滴るシーヴァの無機質な体を見ながら言う。寒くて、思わず唇を噛み締めそうになるのを堪えながら。
「日本の文化は古臭いよ」
鳥居に止まる一匹の烏を見る。雨が当たるにも関わらず、じっと上を向いていた。曇天の中にある何かを探しているように。しかし、ぶるっと一度震えると、どこかへ飛んでいってしまった。
「さっきのは」
「烏よ。ゴミ袋漁る迷惑なヤツ」
「殺すか」
「いいよ、殺さなくて」
随分と物騒なことを話している二人組だ。そのうちの一人がそう思っていると、
複数の音。何かが地面を激しく打つ音と、隣のガタイがいいのが戦闘態勢になる音。
物騒なのは好きじゃない。好きじゃないのに。
私は思わず真横にいたシーヴァの方を振り向いた。そして、暫くして、転んでしまったと思われる人間の方を見た。
「い……いたた……」
歳は二十代、長髪を一つ結びで纏め、巫女服を着ているその姿は麗しかった。大人の女性。誰もが惹きつけられる、妖艶な香りを纏う、大人の女性。
紛れも無い、人間であった。
***
中に入れてもらって、寝室へ案内してもらった。一応ってことでシーヴァとは別の部屋を用意してもらったんだけれど、その時、巫女がくすくすと笑いながら、私にこう言ってきた。
「彼は凄いわね。私と貴方の見分けがつくなんて」
「はぁ?」
凄いっていうより、偉い。機械的な動きをするシーヴァを、人間扱いしたことはない。いや、大切な存在であるのは確かなんだけれど、かなり凶暴な犬、といったような感じでしか見たことがなかった。
それに、この巫女の発言にはおかしな部分があった。“私と貴方の見分けがつくなんて”?
当然じゃない? 貴方は背が高いし胸がふくよか、それに対し私はドチビで貧相な体。見分けがつかないほうが可笑しいじゃない。
わけがわからないという私の心情が読み取れたのか、巫女はくすっと笑うとこう口にした。
「私、人間じゃないのよ」
「はぁ?」
何が面白いのか、巫女はくすくすと笑う。私はむすっとして問う。
「ふざけてるんですか? どう見たって正真正銘の……」
「純粋な人間に出会ったのは初めてよ。こんなにおもしろいだなんて! 純粋を壊しちゃうようで悪いけどね、この世界、貴方が思ってるよりもずぅっと狭いの」
「……ずぅっと」
「ええ、微粒子のように存在する星々の三割くらいに、人間のクローンたちが暮らしているわ。“地球”の街並みを真似たような世界でね」
鳩が豆鉄砲を食ったような。いや、地球が隕石に追突されたような、の方がインパクトもあるし良い子も分かりやすいだろう。
そんな素っ頓狂な顔で硬直していても、巫女は気にも留めない様子で話を続ける。
「貴方が羨ましい。だって、地球という、母なる存在から生まれた魂なのよ。真似事の魂である私なんかよりも、ずっと、ずっと、価値がある、素晴らしいわ」
ねぇ、地球のこと、教えてくれる? 髪を貸してご覧なさい、その間にお話してちょうだい、ねぇ? そう無邪気に問う巫女の表情が、なぜか物悲しく見えた。
***
「シーヴァ」
「梔子」
鳥居の下で立っている宇宙人の名を呼ぶ。形も、声も、不自然だ。やはり、彼は不自然だ。
「私、貴方と一緒に行く」
「……」
「いや、私は世界を見てみたい。たくさんの世界を。ねぇ、貴方も一緒に来てくれる?」
「――ああ」
微粒子のように存在する惑星のうち一つの星があった。しかもそこは地球の真似事のような場所で、箱庭と呼ぶに相応しい“世界”だった。
そしてそこで、私は攫われた。
澄んだ空の下、笑顔を絶やさない巫女に手を振られながら、二人は旅立つ。
「素敵な素敵な人間さんと宇宙人さん! どうか、素敵な素敵な旅をしてください!」
そこには、巫女のような生物と、箱庭と、烏だけが残った。