Act:4
「今日は何処までいくかなー」
別段ノルマも何もない俺には、その日の気分と勢いで何処までクエストを消化するか決めている。
疲れれば帰るし、気分がよければとことん続ける。
何かに追われているわけでもない俺は、どちらかというと『クエストの消化し残し』が無いようにだけ気をつけて生活していた。
だがこれが意外と大変な訳で。
このゲームのサービスが開始されてから十数年。
その間数えきれない程のアップデートが繰り返され、その度にクエストやマップが増えて行った。
当然高レベル、新マップへのクエスト追加が主ではあるが、低レベル帯への追加が皆無という訳ではない。
この低レベル帯への『救済処置』というものが無ければ、新人は永遠に古参と呼ばれる初期からプレイし続けて来た人間に追いつく事が出来ないからだ。
オンラインゲームとは、結局の所は限られたリソースの奪い合いでしかない。
サーバーに数本しかない武器や防具。
それを手に入れるためには、誰よりも早くそこに辿り着き手に入れるか、膨大な額のゲーム内通貨によって買うしかない。
そしてその両方ともが、より長くプレイし続けている人間に有利に働く原因となる。
通貨の入手量はレベルが上がるに連れて加速度的に増えていくし、装備を手に入れるために同じダンジョンに潜り続けられる相対的な時間の長さも比べるまでもない。
単純に5年前から最上位にいた人間と、1年前にそこにたどり着いた人間とでは、持っている装備の質や所持金に、天と地程の差が出てくるのだ。
だがそれが悪い訳でもない。
それはプレイヤーの努力した結果なのだから。
だが、その差が絶対に縮まらないとわかってしまうと、人は努力が出来なくなる。
絶対に追いつく事が出来ない存在。
それがゲームへの新規プレイヤーを招く上での絶対的な枷になってしまう。
だからこそ、その上位に少しでも早く追いつくために新たなクエストやマップを、新人向けにも増やしていく必要があった。
そして十数年の間に増え続けたクエストたちの量は膨大な数になり……。
こうしてどの順番でどうクリアするか迷う羽目になっていたりする。
「とりあえず昨日終わらせた討伐クエの報告からしとくか」
メニューを開き、中からクエスト一覧を選んだ俺は、昨日討伐数を満たした【リザード討伐令】のクエストを選び、報告NPC名を指でタッチ。
すると自動的に俺の視界に黄色い矢印が現れた。
その矢印はクエスト報告対象のキャラの地点まで表示され、自身の移動をサポートしてくれる。
この矢印のおかげで、NPCの所在がすぐわかるし、討伐対象が群生する場所まで案内してくれたりして、プレイ中の負担を軽減してくれる。
おそらくこれが無ければ、何人もの人間がNPCまで辿り着けず迷子になり、クエストクリアを断念していた事だろう。
俺は体を目覚めさせるついでにと、軽いジョギングペースで矢印の指し示す方向へ走り出した。
************
「んーーーー……」
無事報告を終えた俺は、新しく出たクエストの存在に頭を悩ませていた。
大抵は一つのクエストが終了すると、
関連づけられた次のクエストが、同じキャラを支点につながっていく。
報告をすれば新たなクエストが出て、そのキャラのクエストが終われば新たなキャラへ報告。
そのキャラから貰った新たなクエを消化すれば更に新たなキャラへ……という様な具合だ。
だから俺は当然このクエストにも続きが出るはずだとわかっていたし、だからこそ最初に報告に来たのだが……。
「キングリザード討伐……か」
内容が問題だった。
内容は同じく討伐。
だが、相手が『ネームドモンスター』と呼ばれる存在だったからだ。
大抵の魔物には固有名詞が無い。
【グリーンリザード】
とか、
【ビッグワーム】
とかだ。
強くなれば名前も見た目も変わるし、同じモンスターでも多少のレベルの上下はある。
だが、それと一線を画す存在。
それが『ネームドモンスター』だ。
それぞれに独自の名を持ち、恰好とした一キャラクターの存在を当あてがわれたその存在は、同レベル帯の他モンスターよりも遥かに高い能力を持つ。
それはステータスだけではなく、その行動パターン(アルゴリズム)にも影響を及ぼす。
簡単にいえば、強く、戦いにくいのだ。
こちらの攻撃を読み、防御や回避をしながら的確に隙をついてくる。
これまでにも何度かネームドモンスターの討伐依頼はあったし、全て単独で片付けて来たが……確かここから先は一筋縄ではいかなくなっていたはずだ。
どうするもんか……。
他に助けてくれるプレイヤーが存在しない為に絶対にソロ攻略をしなければならなくなった現場で、果たして攻略はできるのか。
暫く悩んでいた俺だったが、考えてもしたが無い……と、とりあえず他にクエストが無いか探し、全て尽きたらこれの攻略に取り掛かろう……。
************
ドゴォンッ!
「いやいやいやいややっぱ無理だって無理……ってちょっとま……」
ドガッドゴンッ‼
進められるだけのクエストを全てクリアしてレベルを32まで上げた俺は、こうしてキングリザードの住む川辺の洞窟へ来た訳なんだが……。
「うおおぉぉぉぉぉぉ」
そこで待っていたのは巨大なバトルアックスをブンブンと物凄い勢いで振りまわす、身の丈3mの巨大なトカゲだった。
「あああああクッソクッソクッソ‼
やっぱ1人で攻略なんて無理だっつーの‼」
右に左に垂直にと振り回される刃を必死に避けながら、それでも攻略……もとい生き残る事を考えてしまうのはプレイヤーの性なのかただの生存本能か。
ただ死んでやるつもりだけは毛頭無い俺が、なんとかかいくぐって一撃を叩き込もうと隙を伺い……続けてかれこれ20分程になる。
その間当てられたクリーンヒットは1発のみ。
初撃の不意打ちのみというから笑えない。
足元に潜ればなんとかならないかと試してみたものの、今度はキックを連発してきて危うくサッカーボールの様に蹴飛ばされそうになってしまった。
「なんか弱点とかないのかよおおおぉぉぉぉ」
「グオオオオオォォォォ‼」
必死に避け続ける俺に業を煮やしたか、段々と苛烈になってくるトカゲの斧。
なんとか……なんとかタイミングを見極めて反撃に出ないと……。
強力な一撃を紙一重でかわしつつ、己の勝利へと続く細い道を手探りで探す様に、一つ一つの行動パターンを脳みそフル回転で検索をかけていく。
そんな顔には自然と獰猛な笑みが浮かんでいて……。
そこに居たのは、生死の遣り取りを心の底から楽しんでいる、救いようのない馬鹿者の姿だった。
************
「ぐそう"……づがれだぁ……」
戦いを終えてやっと街に辿り着いた時には、もうすっかりと日がくれていた。
結局一発づつヒット&アウェイを繰り返し、少しづつ少しづつHPを削っていき、なんとかかんとか倒し切った時にはもう、バックの中に入れていた回復薬等は全て使い切り、中はほぼすっからかんの状態になっていた。
最終的になんとか倒せたからよかったものの、これで負けていたら大赤字もいい所だ。
幸い今回手に入れる事ができた、拾得物の中にそれなりに強力な武器やら防具が入っていたからいい物の、これでドロップさえ悪ければもう泣くに泣けない。
「とは言えどうするかなぁ。そこそこいい物も手に入ったけど、俺じゃ使えないし、同レベル帯の人間なんてほとんどいないしな……」
売ろうにも適性価格で買い取ってくれるプレイヤーはほぼ皆無。
しかしNPC商店に『店売り』してしまうと、ガラクタを売るのとたいして変わらない値段になってしまう。
ゲーマーの性として、自分の所持品を適当に流してしまう事にはどうにも抵抗がある。
それが苦労して手に入れたものでは尚更。
「ああ"ー、考えるのもしんどい……」
ぐるぐると思考の迷路にハマっていきそうになり、慌てて逃げ出す様に、俺は自室から夢の世界へと旅立った。