5、禁煙よりも苦痛なもの
約一時間ほど走ったバスは、一度目の喫煙休憩のためパーキングに入る。さすがにまだ俺の体はニコチンを欲していない。しかし、ヘビーの習性とでもいうか『吸える』と思うと喫煙所までダッシュしていた。
喫煙所には人が多い。その大半は高速バスの乗客がほとんど。この状況に俺はふと思った。
(……まさに禁煙護送車、ってか?)
喫煙者に対する過酷な規制で喫煙の自由を拘束して現地まで輸送する禁煙護送車……う〜ん、いまいちネーミングがしっくりこないなぁ。
現実問題として喫煙の自由よりも嫌煙権の方が強いから、どっちにしろ太刀打ちできないか。タバコが世に知られた当初は『万能薬』として珍重されてたのに……そんなウンチク出したところで規則は変わらない。下らない事考えて貴重な一服タイムを無駄にするわけにはいかん!
俺は煙草に火をつけるとゆっくりと吸い込む。肺に煙が充満するのを感じながら、体内にニコチンが補充されていく様を想像した。
……あんまし、いいもんじゃないなぁ。
もちろん理屈では煙草が体に悪い事なんて百も承知だ。しかし、一旦体が覚えるとなかなかやめられないんだなぁ。完璧な中毒ってやつだ……。
他の人達よりも早めに一服タイムを終えた俺は、バスに乗り込みシートに寄りかかると目を閉じて爆睡モードに切り換えた。
吸えない状態が続いたらイライラしそうだし、寝てしまえばこっちのもの。起きたら到着、降りて一服……というナイスアイデアをひらめいた俺は寝に入る事にしたのだ。
瞳を閉じて、海月の事を思い描きながら夢の世界へ旅立とうとする。だが、なかなか寝付けない。昨夜、熟睡したせいか?
う〜ん、困った。寝たい時に寝れないなんて……東京までの道のりはまだまだ長いっていうのに。
長距離バスは寝れんぞ。ふと旅好きの友人のセリフが浮かんでくる。
(……長距離バスは疲れて眠れない、って言ってたっけ……)
まだ疲れてないんだが。やはり昨夜の快眠のせいだな、こりゃ。
俺は仕方なく寝る事を諦め、まったりモードで乗客がバスに乗り終えるのを待った。
休憩から戻ってくる乗客達。次々と自分の席へと戻っていく。俺はまったりモードで彼等を眺めてると、出発の際俺の事を面白く無さそうに見ていた奴が楽しくないぞオーラを滲ませながら最後に入ってきた。
奴は入ってくるなり俺に気に入らねぇ光線を浴びせる。しかも前の方の席に座る俺の横を通り過ぎる時、あからさまに舌打ちもしてきた。
ずいぶんと挑発的な奴だ。よっぽど海月とのラブラブっぷりが面白くなかったのか、奴は不機嫌な表情のまま自分の席にドカッと座った。
(……なんなんだ、あいつは?)
精神衛生上、非常によろしくない。だが、長旅においてこの精神状態は旅情を損なう恐れがある。俺は不愉快な気持ちを懸命に鎮めようと他の事を考えた。
……最悪だ。時間とともに苛立ちは募っていく。
最悪な精神状態は、禁煙長距離輸送の苦痛を最大限に引き出してくれる。もはや旅情を楽しむ余裕など無い。
俺は奴の理不尽な行為に腹立たしい気分になり、無性にニコチンを欲する様になっていた。
(……イライラするなぁ。早く一服タイムにならんのか?)
別にニコチンを摂取したからといって苛立ちが消えるわけじゃない。そもそも喫煙すると気分が落ち着く、というのは禁断症状が解消されるだけで煙草自体にリラックス効果があるわけじゃないのだ。
それでも俺の体はニコチンを欲している。苛立ちによりニコチンの消費が激しくなったのか?
とにかくこの劣悪な精神状態から早く脱出せねば……このままでは苛立ちと禁断症状により到着してからもメンタルダメージを引きずってしまいそうだ。
せっかくの再会に水を差すわけにはいかない!
禁煙よりも厳しい状況に立たされた俺は、頭をフル稼働させて気持ちを切り換える術を懸命に模索した――。




