40、仕切り直し
テンションはうなぎ登りだ、鮭の川上りだ、鯉のぼりだ、狼煙を上げろ〜。
……よくわからんな。
とにかく、自分でもわからなくなるほどテンションが上がっている。酔っぱらいの完成である事に間違いない。
酔ってグダグダになるよりは、悪酔いしてる方がまだマシだろう。いい年した大人がグチグチしてるのは見てて情けなくなるから。
自制心を無くした俺達は勢いのままに注文を繰り返し、ある意味歯止めの利かない状態になっていた……。
紫煙という名の煙幕を張り、誰一人近づけない装いを呈する。嫌煙者のヒンシュクを買いまくる俺達のテリトリーにはいまだに客が寄りつかないでいる。
気分は上々、ぶっちゃける環境も整っている……すべてのお膳立ては揃っていた。
「――じゃあ、いい感じになってきたところで、ぶっちゃけタイムと行かれますか〜」
もう何杯目かもわからないチューハイを片手に俺は、煙草に火を点ける緒方の方に体を向けて一声上げた。
緒方は雷神の絵柄が入った愛用のジッポを弄びながら紫煙くゆらせ俺の方を一瞥する。
他にも話題があるだろうに。そう言いたげな視線を浴びせつつも何も言わず酒を口にして耳を傾けた。
「やっぱ話しとかないといけないと思うんだわ。なんつうの、このモヤモヤした状態で語り合ってもテンションが上がり切らないっていうの? 久しぶりの再会だからさ、腹割って話したいわけよ」
俺は敢えてこの過ちを話す事で今の自分を伝えようと思った。平々凡々、在り来たりな話をしたところで盛り上がるわけじゃないし、かといって海月とのノロケ話をしようものならせっかく盛り上がりそうなこの場が壊れかねない。
それに他人の失敗談ほど学ぶべきところもあるし、また今回の浮気は実に俺らしい展開になってしまったから笑いのネタにもなる。まぁ、あまり笑わないでほしいがね。
「――んでは、本題に入ろう」
俺は手にしたチューハイを一気に空け、煙草に火を点けると漂う煙とともに深呼吸をひとつして話を切り出した。
「まぁ、なんだ。久々に女に会ったんだわ。懐かしさも手伝ったのだろうなぁ、自然と昔の雰囲気になって……後はベタな展開に一直線ってわけよ――あっ、レモンチューハイひとつお願いね!」
店員の姿を捉えた俺は空のグラスを上げて酒の追加を頼む。
「……わりわりぃ。んでもって話の続きなんだが、その後はベタベタな展開で女の部屋にお邪魔して待ち合わせまでグダグダ絡んでたってやつよ……いったい何しに来たんだって自分に突っ込みたくなる様な再会になっちゃってな、それがちょっと胸に引っかかってるってトコなんだわ」
これまでの経緯を簡単に伝え緒方の反応を見る。
黙って聞いていた緒方は、話し終えた俺に向かって何度か頷いてみせると煙草を揉み消す。
「――そりゃ、浮気とまでは言わないんじゃねぇか? 懇ろになったのは事実だろうがただの成り行きだろ? そんなに深刻に悩むほどのもんじゃないな。まぁ、確かに彼女に言える話じゃないけどよ、男と女が会えば大抵はそんな風になっちゃうって」
そう言うと緒方は半ば呆れ気味な表情で肩を竦めた。
「……それでいいのか?」
適当とも取れる言葉に俺は思わず問い返す。
「いいんだよ、男女の関係なんて所詮そんなもんだ。綺麗に事が運ぶわけないだろう……夢見がちなガキじゃあるまいし」
投げやりな口調で言い切った緒方は煙草を取り出し火を点ける。
そう言われてみると納得できるところがある。男女が二人でオールすれば、トラウマでも持ってない限り同じ展開になるだろう。しかも互いに悪い気がしないとしたら尚更だ。
もしそういう関係が嫌なら、はじめからオールしなければ良いのだ。
そう思うと緒方の言葉に説得力を感じる。
「……ごもっとも。仰る通りだな。なっちまったものは仕方無いしな……悪かったな、下らん事言っちまって」
いちいち言うほどのものでもなかった。確かに言った事で気が楽になったが、こういった席でわざわざ議題に上げる事でもない。
「ああ、別に気にするな。これで大樹の気分も晴れた事だろうし、夜はこれからなんだ。気を取り直して乾杯しようぜ」
緒方はそう言うと空になったグラスを上げて店員を呼んだ。そして、再び乾杯の音頭を取り醒めかけたテンションを盛り返す。
今思えば、いつもの様に割り切る事ができないのも、懐かしさや旅の新鮮さのせいで少し考え過ぎてたのかもしれない。
いつもの俺に戻ろう。
俺は狂いかけた調子を取り戻そうとグラスを傾け酒を流し込んだ――。




