4、思い出は思い出だよ
バスは順調に進む。日曜日の朝だから、当たり前といえば当たり前なんだが。
これがもし、二時間くらい遅いバスだったら……高速道路に乗るまでかなりの時間を要する事になっていたはず。それを知っていた俺は、寒いのと眠いのを我慢して朝一のバスにしたのである。
まだ出発したばかりだからか、さほど苦痛を感じる事なく変わらぬ景色を少しノスタルジックな気持ちで眺める。俺は旅情めいたムードに浸りながらこれから会う友を思い、記憶を掘り起こそうと目を閉じた……。
――たしか、五年ほど前の事だ。当時スーパーでバイトとして働いていた俺は、この不景気な経済状況を打破しようと仕事の掛け持ちをしていた。
一応大卒である俺は週二日・短時間でも出来る家庭教師のバイトや登録制の日払いバイトで家計を切り盛りしており、遊ぶ余裕などまったく無いほどギリギリの状態。
ちなみに海月とはこの頃に家庭教師のバイトで出会った。当時、彼女は中学生……俺にそのテの趣味はないので海月の事は一生徒としてしか見ていない。というよりもマセたガキだなぁ、と最初の印象はあまり良くなかったりするのが本音だったする。海月には口が裂けても言えないな……。
そんなギリギリの生活に追われる俺は、登録制の日払いバイトであいつと出会ったんだ。
あいつ、近江知加子は俺の四つ下の専門学生。バイト先でよく一緒になる事が多かったため、自然と仲良くなってつるむ様になった。
彼女はお世辞にも綺麗とは言えなかったが、愛嬌のある娘で俺のお気に入りリストの上位にランクインする。そんな彼女には看護師になる夢があって、飲みに行くと必ずといっていいほど看護に対する熱意をぶちまけていたっけ。
俺と知加子は、近すぎず遠からずの奇妙な友人関係を構築していた。いわゆる“恋人関係”というやつではない。
会っていたのはバイトで一緒の時だけだったし、専門学校を卒業したら上京するのが決まっていたから、どうせ別れてしまうのなら初めから付き合わない方がいいと互いに割り切っていたのだ。無論、お互いに若かったのでちゃっかり男女関係は持っていたけど。
そんな関係が一年ほど続いた後、彼女は都内の病院に就職を決め卒業と同時に上京して行く。その後、何度か会って遊んだりしたが、互いに恋人ができたり仕事が忙しかったりと連絡も途絶え気味になり、ついには二年前に会ったの最後に彼女からの連絡は完全に無くなった。
そんな彼女から久しぶりに電話が来た時、驚きと同時に懐かしさがこみ上げてきた。
元気にしてるだろうか?
俺は知加子との奇妙な関係を思い起こす。今となってはいい思い出である。
……このまま目を閉じていると眠ってしまうので、俺は変わらぬ景色を静かに眺める事にした――。




