34、駅前の木のベンチ
取り留めのない話題。いたって普通のトークを楽しみつつ歩く二人。
再会の時は短い。だが、別離の時を迎える割には哀愁を感じない。
次の再会などアテにならないのに……。
駅前に到着した俺達は、飾り気のない小さな花壇の正面にポツリと佇む木のベンチに腰掛けた。
駅から横に逸れれば商店街。あまり賑わいを見せてはいないが、何気に品揃いは良いという。
これから俺は、次なる再会のため小一時間かけてバスの旅をする。しかし、閑静な街であるこの駅は地方並の交通量しかないため、これまた小一時間待たなければならなかった。
まぁ、幸いにしてこのベンチには灰皿が設置されている。喫煙所の役割も担っているのだ。
そのおかげで禁断症状に悩まされる心配はない。さすがに知加子の部屋にお邪魔してから禁煙状態が続いていたので、これは大変有り難かった。
ベンチに腰掛けた俺は、さっそく煙草に火をつける。
紫煙を少しずつ肺に入れて、ゆっくりと吐き出す。
(……ああ、至福だぁ……)
何時間ぶりの喫煙だろう。体に染み渡るニコチンが頭をスッキリさせてくれる。
至福の一服を嗜む俺の隣で知加子は目を細くしてその様子を眺める。
俺はいつもの様に紫煙くゆらせ至福に浸る。そんな俺がおかしいのか、知加子は小さく笑う。
「チカ、どうした?」
その反応がいまいち理解できなかった俺は、吸いかけの煙草を灰皿に置いて聞いてみる。
「……うふふ。なんだかさぁ、変わらないなぁ、って思ったの。ヒロっていつも美味しそうに煙草吸ってるなぁ、って……」
知加子はそう言うと身を寄せて腕を絡めてきた。
「あの頃はさぁ、公園のベンチでこうしてのんびりと景色を眺めてたなぁ、って……ちょっと思い出しちゃった」
腕に絡めた手に力が入る。
返す言葉が見つからない。俺は目の前の花壇に目をやり、その風景を心に刻んだ。
これもまた、ひとつの思い出にしよう。
肌を重ねるよりも、今のこの時間の方が俺にとって大事なモノの様に思えたから。もしかしたら、知加子も同じ事を思っているかもしれない。
「……チカ、そう言えば俺達ってさ、いつも公園とかのベンチでまったりしてたよな? 今みたいに……」
なんだか切なくも懐かしい気分。一緒にいるだけで楽しかった日々が鮮明に頭の中に浮かんでくる。
おそらく知加子も思い出しているだろう。だから、二人の間に言葉はいらないと思う。
俺は灰皿に置いた煙草をくわえると煙を肺に入れ、この短い再会に思いを馳せた。
……辺りは薄暗くなり、商店街の店先に明かりが灯っていく。寂れた街だけあって、あまり派手なネオンなど無く煩わしさを感じさせない。
冬の夕暮れは冷える。それにバスもそろそろ来る頃だ。
このまま離れたくない気持ちは強いが、いつまでも一緒にいるわけにもいかない。
何本目かの煙草をもみ消すと俺は、バッグを手に立ち上がった。
「……そろそろ時間だから、俺行くわ」
素っ気ないセリフに胸が少し痛む。
気の利いたセリフのひとつでも吐ければ格好もつくのだろうが、あいにく俺は『セリフ×』なのでうまい言葉が浮かばなかった。
「うん、わかった。私も買い物しなくちゃいけないから……ここでお別れだね」
その目は、少しだけ寂しさを滲ませていた。だが、表情はにこやかで後腐れなく送り出そうという想いで満ちている。
俺の不器用さを理解し、未練を残さない様に調子を合わせてくれているのだ。
俺はその気遣いに胸が詰まりそうになる。
「……ねぇ、ひとつだけお願いがあるんだけどさぁ、聞いてくれる?」
いつもの明るい口調で知加子は俺の横に並んで来た。
「ああ、なんでも言ってくれ」
この状況で断れるはずもないし、また断る気もない。俺は即答すると知加子の方に顔を向け、次の言葉を待った。
知加子は満足した様に頷くと手招きしてきた。
「ん?」
意味がよくわからなかったが、知加子の手招き通りに近寄る俺。
知加子は不意に辺りを見渡すと俺に軽く微笑み、おもむろに首に手をまわすと唇を合わせてきた。
「――んんっ!?」
突然のキス。まわした腕は力強く、俺は抱きしめられたまま動けなかった。
触れるだけの長いキス。
俺はそのキスの意味をなんとなく悟り、その想いに応えようと知加子をきつく抱きしめると最後の感触に酔いしれた……。




