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2、二人はバカップル!?


 冬の朝は寒い。いまだに灯油を購入していない俺にとって北国の朝は本当に過酷なものである。だが、そんな弱音が許されるほど世間の荒波は甘くない。

 ……ふと目覚めれば、時計の針は6時半を指している。

 寒い上にまだ眠い。休みの時くらいもう少し毛布にくるまっていたい……という衝動に駆られた俺は、睡魔の誘惑にされるがままになって再び眠りにつこうと目を閉じる。だが、己の任務に忠実な奴―目覚まし時計―は善良な一市民である俺に対して容赦のないアラーム攻撃を仕掛けてきた。

 ジリリリリッッ!!

 ジリリリリッッ!!

 「――うがぁぁぁっっっ!!」

 その大音量の無差別攻撃に、俺は違った意味でノックアウト寸前になる。俺は急いで手を伸ばすと奴の弱点である頭のボタンを叩く。

 無差別攻撃の後遺症か、ちょっと耳鳴りがする。今朝の攻撃はいつもより強力だったのだ。まぁ、そういう風にセットしたのは俺なんだが……。

 目覚まし時計との壮絶な戦いを終えた俺は、ベッドから飛び降りると冷気漂う洗面所へ向かう。これから長旅をするので、気合いを入れて冷水で寝ぼけた脳みそを叩き起こすのだ!

 気合い注入だ!

 燃えよ、闘魂!

 ……冷たい水が心身ともにピシッと引き締める。これで気分はすっきり爽快、若干だがテンションも上がってきた。どうやら気合いがうまく注入された様だ。

 いい感じに目覚めた俺は気分良く昨夜のうちに用意した荷物を再度チェックする。スポーツバッグに入る量なんてたかが知れている上に準備するものは着替えと入浴セットのみ。 パッと見て終了。

 あとは出発するだけなので時間までテレビを見て暇潰しする。


 ……今回の旅は遠く離れた街で働く友人に会いに行くのが目的である。その友人とはもう二年ぐらい会っていなかったが久しぶりに電話した際に話の流れで遊ぶ約束をしてしまい、しかも休みが偶然重なったので滅多に来ないであろうこの機会は逃せないなぁ、と思い旅立つ事にしたのだった。


 ……外に出ると、あまりの寒さに引き返そうかと思わず本気で考えてしまった。何故なら“冷たい”じゃなくて“痛い”んですわ……恐るべし、北国。改めて冬である事を痛感させられながらも厳しい寒さに耐えつつ駅に向かう。

 田舎の駅と舐めていたが、朝はさすがに混んでいた。いわゆる通勤ラッシュというやつだ。それにしても凄い人混み……サラリーマンは毎日こんな戦場の様な修羅場をくぐり抜けているのか?

 サラリーマンなど経験した事のない俺には、こんな思いしてまで働きにいく者達の気が知れない。まぁ、それが社会の仕組みなんだと独断と偏見をもって決めつける事にして目的の駅までの10分間、短くも長い過酷な電車の旅を満喫する。なに、これからの旅に比べれば通勤ラッシュなどたいした事はないだろう。


 ……甘かった。田舎でも、いや、田舎だからこそヤバい事を知った俺は、修羅場と化した通勤ラッシュにやられそうになりながら、荷物と身の安全を確保しなんとか目的地に到着。乗車時間が10分だけで助かった。舐めてかかってごめんなさい。通勤ラッシュ、恐るべし!


 今回は日本のメトロポリス、花の都・大東京まで旅するので交通手段は高速バスで行く事にした。無論、新幹線の方が速いのだが景気の悪い昨今の経済不安もあり経費削減しなければならなかったのだ。

 ちなみに乗車するバスは9時発車である。バス乗り場は駅裏にある大手電化製品販売店付近のバスチケット売り場の目の前。

 俺はバス停付近でウロウロする。

来たのはいいが時間はまだかなりある。まだ8時だ。9時発車の新宿行きは無論来ていない。それでも早め早めが信条の俺は『全席禁煙』という喫煙者に対する弾圧に備え、今のうちにニコチンを大量摂取する事で禁煙地獄を乗り切ろうと煙草とライターを取り出し、適当に座れる場所で丸まって一息つける事にした。

 ……寒い中、煙草を吸いながら気長に時間を潰す俺。周りには誰もいない。体が冷えてくる。早くバス来いよ、と思わず口にしたのは言うまでもない。

 「――ヒ〜ロ〜ちゃ〜ん!!」

 寒さを凌ごうと缶コーヒーを片手に雌伏の時を過ごしていた俺に突如として羞恥心ゼロの叫び声が……。

 「ヒ〜ロ〜ちゃ〜ん!!」

 ああ、幻聴じゃない。上の方から俺を呼ぶ声が確かに聞こえる。声の出所を見上げると、そこには手を振って俺の名前を大声で連呼する一人の女がいた。

 それにしてもよくデッキの上から俺を発見できたものだ。普通、下なんか見て歩かないぞ?

 とりあえず手を振って何かリアクションを取らなければいかん。じゃないと彼女はスネてしまうから。どうせやるならカウンターでいこう。

 「み〜つ〜き〜、今仕事終わったのか〜!!」

 彼女―みつき―と同じく大声で叫びながら手を大きく振る。今日が日曜日で、しかも朝早くなかったら恥ずかくて出来んぞ、こんなコト。

 海月みつきはデッキの階段をダッシュで駆け降りると俺に向かって猛然と突っ込んで来た!

 「――おわっ!!」

 俺の体に飛び込む様に抱きつく。は、恥ずかしい奴……。

 海月は衝撃によろめく俺から離れ、足元にあるバッグに視線を向ける。そして思い出したかの様に手をポンッと叩くと一人納得した様に頷いた。

 「ヒロちゃん、これから旅行だったっけ。東京観光、楽しんで来てね。あ、おみやげ忘れちゃダメよ?」

 海月はそう言うと口を押さえて欠伸を堪える。どうやら、夜勤明けで眠いようだ。



 彼女の名前は九条海月くじょうみつき。れっきとした俺の彼女である。

 名前が美月でなく海月くらげと書くのは父親が海好きだからだそうだ。くらげと書くだけに友達からは“ゼリーちゃん”と呼ばれている(らしい)。

 ちなみに職業はタレント。といってもあまり売れてなくてバイトに明け暮れているのが現実で、今もバイトの夜勤明けだったりする。

 だが、一応タレントだけあって彼女はなかなかの美人である。長くて艶のある髪に大きな瞳、肌は白くてスベスベしてて触るとクセになる。さらにはまだ二十歳にもなっていないのにエロい体をしている。

 性格はとにかくノリが良くてテンションが高い。

その割には一般常識もちゃんと持っており、しっかりした一面も見せるデキた女だ。人の世話は得意なのに何故か自分の事にはかなりズボラ、という訳のわからないトコロもあったりするがね。そんな彼女は俺と波長がピッタリ合う。いわゆる『相性』が抜群なのだ。年が10も離れているのにも関わらず、俺をあっさり落としたのだからたいしたものだ……。



 そんな可愛い子猫ちゃん・海月は腕時計をチラッと見る。時間は8時半前、まだバスは来ない。

 「……今日は仕事もバイトも休みだから、時間まで私もいるよ」

 そう言って海月は眠そうな顔を無理矢理笑顔に変えて俺の横に座った。俺は残り少ない冷めた缶コーヒーを飲み干して煙草に火をつける。

 「……おい、フラフラだぞ? あんま無理すんな。体壊すぞ?」

 さすがに眠そうな海月に付き合ってもらうのは気が引ける。

 海月はタレント活動(主に売り込み営業)の合間に複数のバイト(しかも昼夜問わず)を入れており、昨日なんかは確か昼間も働いているので今の時間は疲れがピークに達しているはず。夢を追うのは結構なんだが、もっと自分の体を労ってほしいものだ。

 「大丈夫、ヒロちゃんがバスに乗ったらソッコーで帰って寝るから。それにまだ若いから多少の無理はヘーキよ、ヘーキ!」

 そう言いながらも眠いオーラが漂う海月。見てる方が疲れそうだ。だが言い出すと結構頑固なので話題を変えよう。

 「わかった、わかった。ところで、みやげは何がご希望ですかな? いつも頑張り屋さんの海月ちゃんになら、このダイヤモンド並の硬さを誇る財布のヒモを弛めちゃって多少の贅沢は許しちゃうかもよ〜」

 俺は海月の体を突っつきながらみやげ話に話題をすり替える。実を言えば、海月に何を買おうか決まっていなかったので一石二鳥だ。

 海月は俺の指に突っつかれながら少し考える仕草をする。その表情はさっきよりは元気そうだ。

 「……う〜ん、テキトーなモノでいいよ。久しぶりに友達と会うんでしょ? だったらそっちにお金使いなよ。私のおみやげは残ったお金で買えるモノでいいから」

 俺の体を突っつき返して答える海月。二人してお互いの体を突きあってる光景は、端から見ればバカップルそのものだろうな……。

 それにしても海月はいい子だ。普通ならとんでもないモノを要求してもおかしくないのに、俺の財政状況を理解して控えめに言ってくれている。欲しいモノがあるだろうに……。

 俺は海月の気配りに感動を覚えた。ほんの些細なコトだろうが、海月のちょっとした気遣いっていうか優しさに愛を感じたから。

 (……よし、びっくりする様なモノを買って海月を喜ばせよう!)

 俺は誓った。海月が飛び跳ねて喜ぶ様なモノを買う事を。俺と付き合ってよかった、と言える様なインパクトのある素敵なモノを買う事を心に誓った。


 寒い中、ラブラブモード全開でバスを待つ二人。時計を見れば8時40分。そろそろバスが来る頃だ。

 「――あ、あのバスかな?」

 腕を絡ませてピタッとくっつく海月が信号待ちで止まっている高速バスを発見した。

 信号が変わり、こっちに向かってくるバス。時間的にもこれだろうな。

 ゆっくり徐行しながらバスは乗車所で停車した。それと同時にバスチケット売り場の待機所から乗客と思われる人達が出て来てバスに向かう。運転手はバスのドアを開き、外に出て乗客名簿片手にチケットの確認をし始めた。

 「どれ、んじゃ行ってくるよ。いつまでもこうしてたら、行きたくなくなるからな」

 少し時間に余裕はあったが、本気で帰りたくなるので俺はバッグを持って立ち上がった。海月もそれに併せて立つ。

 「そうだね。私も離れたくなくなるからおとなしく帰って寝るわ……」

 少し寂しそうな表情に変わる。

 「……ヒロちゃん、気をつけてね」

 そう言って頬に軽くキスをすると海月はダッシュで階段の方へ走って行った。

 「じゃあねぇ〜!! 旅行、楽しんで来てねぇ〜!!」

 海月はそう大声で叫ぶと階段を駆け上がり俺の視界から消えて行った……。

 残された俺が周囲の冷たい眼差しに晒され、恥ずかしさに耐えながらバスに乗り込み指定された席でおとなしくしてたのは言うまでもない……。

 恥ずかしいからやめてくれ〜。


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