15、甘い果実に触れる俺
体も暖まったし海月へのプレゼントも買った。もうここに用は無い。だが、時間的に夕食にはまだまだ早いよなぁ。さて、どうしたものか……。
違った意味で暑い店内に留まるのは、ある意味危険である。
その雰囲気に飲まれてしまう恐れが十二分にあるからだ。ただでさえ半ば本気、いや、かなり本気で誘いをかける知加子に揺れまくっている俺にとって、この場所はまさに禁断の果実が豊富に実るエデンの園ってやつだから。
「ヒロ、歩き疲れたぁ〜。ちょっと休もうよ」
不意に立ち止まると知加子が愚痴をこぼした。
少し拗ねている。まぁ、別の女のプレゼントを探すために店内を散々歩き回ったのだから当たり前かもしれない。
やはり浮かれている部分があるのか。気配りの足りなさを痛感する。
「あ、そうだな。んじゃ、少し休むか」
素っ気ない返事で返す俺。
頭ではマズい、とわかっていても簡単に振り切れるほど俺はデキた人間じゃない。かといってバレなきゃいいや、と割り切れるほどダメ人間でもない。
海月を想う気持ちも知加子としたい気持ちも俺の本心だから、なかなかはっきりとした意志表示ができない。まぁ、同じ状況に置かれたら、男だったら誰もが揺れるだろうが……。
「じゃあ、軽くお茶しますか」
時間的にも余裕もあるし、上の階にいくつか店があったのでそこでひと休みする事にした。
……やはりというか、周りの空気はホットだった。
店の内装は赤と緑が基調になったクリスマスバージョンになっている。雪を見立てた飾りが至る所にあり、また店員は皆サンタさんと化していた。いやが上にも気分は盛り上がる。
「……ヒロ〜、もうすぐクリスマスなんだね〜」
相方の知加子はすっかりクリスマスムードに触発され、ため息混じりにいいなぁ、と言ったくらいにして頬に手を付き熱い空気に浸っている。
「そうだな、クリスマスまでまだまだ先なのになぁ」
違った意味でため息を付く俺。
俺にとってクリスマスはあまり嬉しいイベントにならない。クリスマスはウチのお店の年末年始・大売り出しの初日で、そこから早出・残業・休憩無しの三拍子揃った地獄の日々が始まるから。それを思うと素直に喜べない。
それにイベント盛り沢山のこの時期は普段あまり、いや、全然売れてない海月の数少ない繁盛期でもある。地元タレント自体少ないので、広告モデルやミニイベントなどの仕事が一気に増えて人手が足りなくなるため、顔とスタイルの他はキャラが薄い海月でも重要視されるというのだ。そのため二人にとってもクリスマスは世間のカップルの様になれないのである。むなしい時期だ。
「ヒロのお店って年末忙しいんだっけ? 大変だね〜」
俺の負のオーラを感じ取った知加子が苦笑する。過去、電話で何度も年末年始の辛さを伝えていたのでそれを思い出したのだろう。
「……せっかくの連休だからさ、今のうちに楽しんじゃおうね」
知加子は静かな口調でそう言うと微笑んだ。その笑顔に懐かしさと新たな一面を垣間見た。
……ヤバい。
その笑顔が俺の心にクリーンヒットする。
今、俺の心の天秤が大きく揺れ動き、知加子がどうしようもなく可愛く見える。俺の男センサーがフィーバーしそうになる。今猛烈に、知加子の誘いに乗りたい自分がいた。
貴重な連休だから目一杯楽しまないと。意味合いに若干の違いはあるけど、知加子の言う通り今のうちに楽しんでおこうと自分を納得させた。
「ひと休みしたら、今度は別のトコを見て回ろう。せっかくここまで来たんだ、都会の空気を満喫しようかな」
二人が楽しめる様、軽いデート気分で見て回ってもバチは当たらんだろう。
大丈夫、過ちは起こさないぞ。
俺は自分にそう言い聞かせ、知加子の誘いにほんの少しだけ乗ってみようと思った。




