二度食べたい味なんですが、何か。
からん。
まだ日も高いその日。
ブラックキャットの錆びた鈴が鳴った。
「・・・・・・」
ごほんとお客らしい、人間が咳をするのを店主は黙って聞いていた。
ちっちっちっ。
鳴るのはアンティークな時計が時を刻む音だけだ。まだその閉じられた扉から小人が顔を出すまで、三十分はある。
時計からの手助けは期待できないようだ。
ちっちっちっちっ。
何も言わない店主に痺れを切らしてか、お客は目深に被った帽子の下の口を開いた。
「すまない、この店は菓子を扱っていると聞いた、のだが」
お客はもごもごと言葉を発する。
幾分がらがらしているような気がしなくもない。
その身に着けるマントはとてつもなくぼろく、かぶる帽子は一体いつのものか。
みていて、痛々しい。
しかし、除く靴と、特徴的なその眼鏡は一目で高級品とわかるもの。ファルナールは若干ーいやかなり呆れを含ませて、口を開いた。
「・・・前も言ったと思うけど、昼間は開店していないのぉ」
「何のことだ?以前とはいつだ」
「・・・変な小芝居止めてくれますぅ?」
ファルナールは、その美麗な眉を寄せた。
「ドルトナンド伯爵家執事、トゥーランドさん?」
「なぜ、分かったんですか」
勧められた椅子に腰を落とした彼は肩を落としていたが、直ぐに憎々しげにファルナールを睨みつけた。
彼女は呆れたように溜息をついて視線を逸らすと、肩を竦めて見せた。
「あれで気付かなかったら、私は自分を疑うわよぉ」
「・・・そんなにへたでしたか、私の変装」
「ルディと比べたら月とすっぽん。提灯に釣り鐘よぉ」
変装というのもおこがましい、と彼女は言うので、トゥーランドは更に肩を落とす羽目となった。
「っていうか、お菓子食べに来たのよねぇ?」
立ったまま机に手をついて、ずいっと彼女はトゥーランドの方に身を乗り出した。たわわな胸が揺れ、ぱっくりと開いた服から谷間が覗いた。
普通なら、ここで顔を赤くするなどするのが男性であろうがー
彼はむっとしたように立ち上がると、素早く自分のベストを脱いだーあの旅人のつもりか、だいぶん草臥れたマントの下に、これだけきっちりした服と靴を身に付けているところから抜けているーそして彼女の体にさっと回すと、素早くボタンを前で留めた。
これぞ熟練の技。早業である。
「女性がそのように肌を晒してはなりません!」
きょとん、としたファルナールに、トゥーランドは腰に手を当てて声高に言い放つ。
「「・・・・・・」」
しばしの無言。
「ふっふふふふふふ、あっはははは!!」
彼女が急に笑い出したのでぎょっとしたのはトゥーランドだ。
「本当に・・・あなた、笑わせてくれるわ!」
「なっ、どこに笑う要素があったというんです!」
むすっとしたトゥーランドは本気でそう思っているようだが、ファルナールにしてみれば彼の行動こそ笑いの種。自分が全く想像もしない行動をしてくれるというものだ。
「・・・ふふっ。こんな真面目さんが、甘いもの好きなんてねぇ。その眼鏡といい、顔といい・・・」
とても甘いもの好きには見えないわ、と笑う彼女に、さすがに自分でも自覚しているのかトゥーランドは気まずそうに身じろぎした。
むすっとした顔にまたファルナールが笑いのつぼを刺激され、お腹を押さえた。
「いつまで笑っているんですか・・・っ!」
「ふふふ、ごめんなさい」
「もういいですっ!」
彼はその顔に皺をよせて、勢いよく立ちあがった。その顔が羞恥に染まっているのは決して気のせいではないだろう。
そのままマントと帽子を引っ掴み、出口に向かおうとする彼に、ファルナールは何とか笑いをおさめて声をかけた。
「ちょっと、待ちなさい」
「なんですかっ!私は忙しいんですっ」
「忙しい中、わざわざうちのお菓子、買いに来たんでしょう?」
ぐっと言葉に詰まったトゥーランドにまた笑いが出そうになったのか、ファルナールが口元を押さえて奥に引っ込んだ。
なんとなく引っ込みがつかなくなったトゥーランドは、落ち着か無げにその場に立ち尽くす。
暫くして帰ってきた彼女の手には、前トゥーランドが自身の主人から受け取った箱と同じものが。
無言でそれを受取ろうとする彼に、ファルナールは一歩引いた。
途端に嫌そうな顔をする彼。眼鏡の奥のアイアンブルーの瞳が、責めるように揺らぐ。
「いるの?いらないの?」
「・・・・・・」
「どっち」
「・・・いただきます」
素直でよろしい、と彼女は笑った。
「貴女のことは気に食わない!」
「奇遇ね、私もよ」
威嚇するようなトゥーランドの言葉に、彼女はさらに笑ったのだった。
ファナにはだれも勝てません。
が、しかしトゥーランドの行動はすべてにおいて彼女にはツボのようです。