石の記憶 番外編 海と空 恋は紺碧の色
第4章 オハナ――歴史の向こう側
レイナおばあちゃんは、静かに海を見つめていた。
ハワイで生きていく。
そう決めたあの日から、もう長い年月が過ぎている。
ルーツを辿れば、日本にたどり着く。 けれど、レイナおばあちゃん自身は、このハワイで生き、この国の人々と家族をつくり、アメリカ人として人生を歩いてきた。
その歩みの中には、決して目を背けることのできない歴史もあった。
「……私たちは、英雄になりたかったんじゃないのよ」
レイナおばあちゃんが、ぽつりと言った。
「ただ、家族を抱きしめたかったの」
誰も口を挟まなかった。
「相手を恨んでも……最高司令長官を恨んでも……散ってしまった人たちは、帰ってこないもの」
その声には、悲しみだけではない。 長い年月を生きてきた人だけが持つ、静かな強さがあった。
トムは、しばらく黙っていた。
そして、レイナおばあちゃんを見る。
「……クプナ」
敬愛を込めて、そう呼んだ。
クプナ。
ハワイで、先人や年長者を敬う言葉。
「俺、歴史を研究してますから……クプナの気持ちは、分かるつもりです」
レイナおばあちゃんは、黙ってトムを見つめた。
「でも……」
トムは海へ視線を向けた。
「どうして、もっともっと話し合わなかったんでしょうね」
その言葉に、ブライアンが顔を上げた。
「国と国が違っても、人間同士なら……絶対にどこかに接点はあったはずなんです」
トムの声は、いつもの明るさとは違っていた。
「歴史を調べてると、ありますよ。敵同士だった人間が、話し合って、手を取り合って、争いを終わらせた例が」
「……そうね」
レイナおばあちゃんが小さく頷く。
「だから俺は思うんです」
トムは拳を握った。
「歴史は、過去を覚えるためだけにあるんじゃない。次に同じことをしないためにあるんだって」
イーサンも静かに頷いた。
「俺もそう思うよ」
海洋研究を学ぶ彼の目には、真剣な光が宿っていた。
「海だって、境界線なんてない。国と国の間に海があっても、魚も潮もつながっている。人間だって、本当は同じなんじゃないかな」
「うん」
ブライアンも続けた。
「俺たちは、過去の人たちを責めるために歴史を学ぶんじゃない。どうしてそうなったのかを知って、次を変えるために学ぶんだと思う」
クリスティンも胸の前で手を組んだ。
「憎しみを受け継ぐんじゃなくて、愛することを受け継ぎたい」
マリアは、その言葉を聞きながら、レイナおばあちゃんを見つめていた。
レイナおばあちゃんは、目を細める。
「みんな……ありがとう」
その時だった。
少し離れたところで話を聞いていたザックパパが、ゆっくりと口を開いた。
「パパはね……ずっと思っていることがあるんだ」
みんながザックパパを見る。
ザックパパは、海を眺めながら言った。
「世界中のみんなは、オハナなんだ」
誰も言葉を挟まなかった。
「どの国の人にも、愛する家族がいる。父親がいて、母親がいて、子どもがいて、兄弟がいて……大切な人がいる」
ザックパパは、自分の胸に手を当てた。
「だったら、国の立場からだけじゃなくて……家族の目線から話し合えばいい」
そして、穏やかに微笑んだ。
「もし相手の国にも、自分と同じように大切な家族を抱えている人がいるって思えたら……戦争なんて、無くせるんじゃないかな」
風が吹いた。
ヤシの葉が静かに揺れる。
「パパは、そう信じてる」
レイナおばあちゃんは、黙ってザックパパを見ていた。
やがて、その顔に優しい笑みが浮かんだ。
「……そうね」
そして、みんなを見渡した。
「それが、私たちが歴史から受け取るべきものなのかもしれないわね」
トムは、もう一度レイナおばあちゃんを見た。
「クプナ……俺たちは、繰り返しません」
レイナおばあちゃんは頷いた。
「ええ」
その一言は、海風の中へ静かに溶けていった。
過去に散った人々は、戻らない。
けれど――
その人たちが残した歴史を、憎しみではなく未来へつなぐことはできる。
そして今ここには、日本にルーツを持つ人も、ハワイで生まれ育った人も、さまざまな背景を持つ若者たちがいる。
違う国。 違う文化。 違う歴史。
それでも、家族を愛する気持ちは同じだった。
ザックパパが、みんなの肩をぽんと叩いた。
「さあ、オハナ。難しい話はここまでだ」
一瞬の沈黙。
そしてトムが笑った。
「えっ、まさか……バーベキューですか?」
「もちろん!」
みんなから笑い声が起こった。
重かった空気が、少しずつほどけていく。
海は何も語らない。
ただ、昔も今も変わらず、ハワイの人々の前に広がっていた。




