第81話:自律神経失調症
【花崎カホル視点】
祈るように、私は病院の待合室で待っていた。アクヤ様が心配だった。深刻な病気なのか。それとも他に理由があるのか。考えるだに不安がよぎるけど、私にできることはそう無くて。彼が九王アクヤ様だということは既に話している。医療班は口元を引きつらせていた。九王グループの御曹司にもしものことがあったら。そう考えたんだろう。
まだコヲリとホムラとマキノには話していない。三人とも忙しいだろうし、アクヤ様を心配することを、私は心のどこかで誰にも渡したくなかった。そうして処置が終わって、アクヤ様はベッドに寝かせられていた。点滴を打っているのは、必要なブドウ糖を補給するためだろう。
「付添人はあなたですか」
お医者様が私に尋ねる。
「はい。そうですけど」
「失礼ながら九王さんとはどういう関係で?」
性奴隷です、とは流石に言い辛く。
「知人です」
「ご家族に連絡は……」
「しておりません。知りませんし」
「…………」
そこでお医者様は思案した。
「あの。九王さんは何か深刻な病気なのでしょうか?」
倒れて意識朦朧。その上過呼吸。心配するのも当然だ。
「ご家族以外に話すのは躊躇われるのですが……」
「大切な人なんです……どうか」
もしも重い病気だったら。私は耐えられるだろうか。
「映画の最中に倒れた、という話ですよね?」
「はい」
「ということは空調を利いていた。季節柄まだ熱中症という段階でもない」
「それは……そうですね」
空調の利いた部屋で熱中症はない。風邪を引いたなら朝から症状が出ているだろう。
「一応、自律神経失調症と診断しました」
「自律神経失調症……ですか?」
「生活習慣の乱れなどで発症する症状です。ふらつき。気分の悪さ。過呼吸など。いわゆる神経失調としての症状が出ます」
生活習慣の乱れ。でもアクヤ様は誰より健康的な生活を送っている。三食しっかり食べているし、運動だってしている。
「生活習慣の乱れはありませんでしたか?」
「私が把握する限りは……」
「あとは過剰なストレスに晒されると、やはり発症するのですが……」
過剰なストレス。アクヤ様にストレス。私たちが邪魔だったとか? そういうことでしょうか。でもそれこそありえない話で。
「たしかに映画の最中に過剰なストレスは想像が難しいですが」
あの時アクヤ様は何をしていた。映画を見て。それから手を繋いで。私の胸を触らせて。スカートの中まで手を入れて。それがストレスだった? いや、有り得ないでしょう。男の子なら嬉しいはず。むしろ興奮して然るべき。でもアクヤ様は言っていた。
「俺、性欲強くないんだよね」
だから私はアクヤ様の性欲を刺激するためにあんな恥ずかしいことを……。
恥ずか……しい……こと……を……。
待て。花崎カホル。あの性的接触がアクヤ様のストレスだとして、それが性的接触が嫌じゃなかったら? むしろ私を犯したいと思っていたら? その上で、アクヤ様が今まで我慢していたとしたら?
アクヤ様は徹底的に私たちを抱かない。だからアクヤ様は性欲が強くない。そう思い込んでいた。けれど、ここで盤面をひっくり返してみましょう。もしもアクヤ様の性欲がバリバリ強くて、でも私たちを抱くわけにはいかないと自重して、誘惑している私たちに断りながら我慢に我慢を重ねていたとしたら?
一撃で全てがひっくり返る。アクヤ様は、そのお優しい感情で、私たちから処女を守っていた。
「とにかく三日ほど入院して、調子が戻ったら復帰ということで。お薬も出しますし。あなたが九王さんに近い人物だというのなら、彼のストレスの原因を取り除いてあげてください」
「はい。わかりました」
そして私はアクヤ様の病室に顔を出す。
「カホルか。心配かけたな」
「いえ。それはいいのですけど……」
「せっかく一緒に映画見てたのに……」
申し訳なさそうに、アクヤ様はそういう。
「いえ、それよりすみませんでした。アクヤ様に負担をかけていたなんて。奴隷失格です」
「負担なんて何も……」
「アクヤ様。アクヤ様の症状は自律神経失調症の可能性が高いです」
「あー、アレ」
ご存知の様です。
「その上で聞きます。何か我慢をしていませんか?」
「いや、別に」
「本当ですか」
「スパゲッティモンスターに誓って」
あんまり信用できませんね。
「例えば……実は性欲が強くて私たちを犯したいと思っていますけど、鋼の意志で我慢しているとか……」
「いや、そんなことは」
「ない、と絶対言えますか?」
「…………」
その沈黙が何より雄弁でした。
「なんで自律神経失調症を発症してまで……私たちを拒むのですか?」
「面白くない話になるぞ」
「アクヤ様の心に触れたいのです」
真摯に見つめる。はぁ、とアクヤ様はため息をついた。
「この世界はエロゲーなんだ」
「エロゲーって……あのエッチなゲームですか?」
「そ、そのエッチなゲーム」
「は……ぁ? それが……なにか?」
「そこで俺はお前らを犯して性奴隷にする悪い竿役だ。主人公は人公アルシで、人公は俺の性奴隷であるヒロインから心を救って相思相愛になる存在なんだ」
「それとアクヤ様の自重に何の関係が?」
「だから俺は決めたんだ。俺が九王アクヤでも、人公にヒロインを引き渡す時は処女のままにしようって」
…………それは。
「だから私たちを抱かないと……」
「そういうことになるな」
バカじゃないですか。あんな人公のために私たちの貞操を。それでアクヤ様が倒れたら何にもならないというのに。
「お前らはもうちょっとしたら人公に惚れることになる。その時に処女じゃなかったら……きっと後悔する」
「それでアクヤ様がストレスを感じる理由には……」
「俺はヒロインには幸せになって欲しいんだ。こんな女を金で買うドブカスじゃない男と幸せになってほしいんだ」
だからアクヤ様は女子を抱かない。私たちを抱かない。まず私たちを優先して、自分の中の荒れ狂う性欲をいつまでも押さえつける。そんなことが可能なのか。ちょっと私には男の人の性欲については知らないけど、アクヤ様が自律神経失調症になったのは事実で。




