第80話:拒絶される人公アルシ
【人公アルシ視点】
「ん……んー?」
ボクこと人公アルシが目を覚ますともういい時間だった。
「くあ……よく寝た」
快眠のちに起床。そうして目が覚めて、時間を見れば昼の十二時。そうと知った後、一気に血の気が引く。集合時間はシネマで十一時。映画の上映は十二時から。すでに映画は始まっている。
「やっべーッッッ!!!!」
まだ着ていく服も選んでいない。夏だから軽装でいいだろ。歯磨きして、髪を整えて、そのまま家を飛び出す。施錠だけはしっかりと。
『すまん! カホル! 寝過ごした!』
既読は付かなかった。駅まで最速。自転車だ。その後電車に乗ろうとして、だが庵宿区への駅はぎゅうぎゅう詰め。
『カホル! すぐ行くから!』
やはり既読はつかない。相当怒っている証拠だ。仮にボクでも許してくれない可能性が微レ存。とにかくシネマに行くしかない。映画が終わるのが二時半だから、それまでシネマで待って、本気で謝る。それしかない。
「はぁっ! はぁっ! はぁっ!」
シネマまでたどり着いたが、もちろんカホルはいない。既にシアターに入ったのだろう。今頃一人で映画を見ているはずだ。劇場のチケットはカホルのスマホに入っているので、ボクが途中で入ることはできない。
「くそ! なんでボクは遅刻なんか……ッ」
理由は分かっている。昨夜のゲームが原因だ。期末までゲーム禁止令を出されたが、それでもゲームできないのはボクには苦痛で、今までもチョイチョイしていた。それが祟って今日は寝過ごした。怒ってるよなー。カホル。怒っていないはずがない。映画が終わったら平謝りして許してもらおう。スタブでペチーノくらい奢ってさ。
「マジヤベー。最近はちょっと信頼回復してたのに」
自分の迂闊さに少しだけ自虐する。
『なぁ、シネマの外で待ってるから。お詫びさせてくれ』
やはり既読は付かない。そうしてボクがシネマの外で待っていると、映画が終わるより早くカホルは出て来た。途中で抜け出したのか? ボクのために? そう思っていると、次にシネマのスタッフが現れて。
「ッッッ!!!」
そのスタッフに担がれている九王が目に入った。
「――――」
カホルが何か言っていたが、ボクはそこで感情が振り切れた。
「カホル!」
今ボクは憤怒で燃えている。なんでカホルが九王なんかと。そもそもその九王はなんでスタッフに担がれているのか。
「救急車を呼びました。それまではここでお待ちください」
映画スタッフが何かを言っていた。
「カホル!」
「アルシ……」
「なんでそんな奴と一緒にいるんだよ!」
「九王くんと映画を見ていたからだよ」
「だからそれが何でだって聞いてんだよ!」
「ちょうど同じ映画を見ることになって。アルシがいないから一緒の見ないかー、みたいな?」
「そいつがどういう奴かお前も知ってるだろ!」
今の九王は顔が青ざめている。気分が悪いのか。だがそれはボクの知ったこっちゃない。
「テメェ! 九王! ボクのカホルに何をした!」
シネマのソファで眠らされて、息を荒くしている九王の胸ぐらを掴む。
「ちょ! お客様!?」
懸念があったのだろう。スタッフがボクを取り押さえる。
「九王! お前! お前なんか!」
パァンッッ! とビンタされた。したのはカホル。こっちを責めるように睨みつける。
「最ッ低ッッ!」
なんでだよ。最低なのは九王の方だろ。九王なんかがカホルの隣にいていいわけないんだ。そこはボクの席だ。他の誰にも譲らない。
「九王! クソが! テメェ!」
シネマの職員に取り押さえられ、ボクは九王の罵倒だけする。
「……あ? ……その声。……人公か?」
「他の誰に聞こえんだよ!」
「すまん。頭が回ってない。ほかのだれにきこえんだよ、って言っているのはわかるが、それがどういう意味か理解できない」
「はっ! 頭が悪いんだな! テメェみたいなクソ野郎がカホルに手を出すな!」
「あー……なんか悪いな。怒らせたか」
クソクソクソ! そもそも何で九王がこの場にいるんだよ。カホルと一緒に映画を見ていただ!? そんなことが許されるわけないだろ!
さらに暴れようとするボクを取り押さえる職員。そして遠くから救急車の音。医療班がここまで来て、九王を運んでいく。
「付添人は……」
「私です」
ためらいなくカホルはそういった。
「カホル!」
悲鳴のようにボクは叫ぶ。
「そんな奴についていくな! 放っておけばいいだろ! そんな奴!」
「…………」
けれど汚物でも見るようにカホルはボクを一瞥して、そのまま医療班についていく。ボクもそれを追いかけた。
「カホル……ッ」
「ついてこないで」
救急車に九王が運ばれ、その付添人にカホルが志願して。そうして救急車は去っていった。茫然とするボクを差し置いて。ふつふつと怒りが湧いてくる。
「……なんだよ。……なんでだよ。……カホルは僕の幼馴染で」
九王なんかを心配する義理なんてないだろ。なんでボクより九王を心配するんだよ。
「ありえないだろ。そういうこと」
ありえないんだ。そういうことは。許されるべきことじゃない。
『カホル。遅刻したのは謝る。だから許してくれ』
『今日はちょっと調子が悪いかったんだ。今度お詫びさせてくれ』
『怒ってるよな。でもカホルも悪いぞ。何で九王なんかと』
立て続けにコメントを送る。だが既読は一つも付かなかった。
「九王。アイツか。アイツがカホルを……」
そうじゃないと理屈に合わない。アイツが全部悪いんだ!
『コヲリ。聞いてくれ。カホルを救ってほしいんだ』
『今仕事中です。話は後で聞きます』
『ホムラ。今いいか?』
こっちは既読も付かない。
「カホルを助けないといけないのに……幼馴染ならボクを最優先にするべきだろ!」
どいつもこいつも役立たずだ。ボクはこんなにも三人を愛しているというのに。
「とにかく九王を排除する。これは決定事項だ」
ボクのカホルに手を出して、タダで済むとは思っていないよな? 九王?
「そうすると準備が必要だな。九王に正義の鉄槌をくらわすための」
今時はネットで幾らでも出来る。アイツを引きずり落すなんて簡単だ。っていうかそれだけのことを九王はしたのだ。正義はこっちにある。あとは九王を地獄に落とすだけで事足りる。カホルは騙されているんだ。じゃあお姫様を悪役から救うのは王子様の役目だろ? ボクこそがカホルを救う王子様なんだから……な。




