第71話:飯屋
「メーシヤッ!」
月曜日。今日の人公アルシ担当はカホルで。朝からいなかった。わだかまりが解けたのは嬉しいことだが、それはそれとして。
「メシヤー!」
教室に入ると、飛びついてきた女子一人。その名も小比類巻マキノ。何故かニコニコ笑顔で俺に「うへへへぇ」と抱き着いてくる。
「飯屋って何?」
「飯屋なのか?」
「飯屋なんだろう」
たしかにフードチェーンの出資も九王グループはしてるけど。
「メシヤー!」
そのニコニコ笑顔で俺に抱き着いているマキノは何なんだ?
「メシヤってなんだ?」
「あーしの今のトレンド!」
ますます意味が分からん。
「なんでも救世主って意味なんだって! つまりアクヤのことだよ!」
ああ、メシアね。
「何もしとらんだろうが」
「またまたー。あーしをからかってー」
何コイツ。ムカつくから殴っていい?
「メシヤ。今日はずっと一緒にいようね?」
「いるのはいいんだが」
俺が男子に刺されたらお前のせいな。
ところで俺はマジで何もしてないんだから。何を以て救世主扱い? おいおい。席をくっつけるな。隣に座るな。俺に寄り添うな。
「メシヤ♡」
「すまん。名前で呼んでくれ」
「じゃあアクヤ。好き♡」
ブバッ! と教室の男子が吹いた。俺が吹かなかったのは偏に耐性がついていたから。マキノが俺を好きなのは知っていた。正確には俺じゃない俺だが。いやでも俺は九王アクヤで。マキノが真に愛するのは人公アルシというこの矛盾よ。
「九王……か」
「九王だな」
「次の新月いつだっけ?」
ほらー。男子どもが包丁を研いでいるものー。
「好きってのはライク? それともライク?」
「ラブの方!」
「そーですかー」
「憎恨怒」
「忌呪滅」
「殺怨」
ありとあらゆる負の怨念が俺の周りに押し寄せていた。
「アクヤが好き! 付き合って?」
「謹んでお断り申し上げます♪」
「なんでよー」
「お前アイドルだろうが」
「オナペットの方が近くない?」
あのですねマキノさん。言論の自由は思想の自由ほど広くないのよ? 自由惑星同盟の自由はどっちに依存しているのか。
「とにかくあーしはアクヤが好き! アクヤは?」
「好きだけど付き合わない」
「キープ!?」
「いや、お断りの文言ですが」
「ダメ!」
「ナゼェ……」
「あーしが許可しないし! アクヤはあーしと付き合うの!」
「謹んでごめんなさい」
「だからダメだって! あーしはもうアクヤを恋人認定しているの!」
「妄言ならよそでやれ。ほら。最近はAIとチャットで会話できる恋愛アプリが……」
「やーだー! アクヤが好きなのー」
「さあ。どう殺す?」
「やはりここは古典マンガに則って」
「溺死と笑い死にのコンボか」
そのネタを今知っている高校生に恐怖を覚えるのだが。ツッコんでいる俺が何なんだって話ではあるが。
「とにかくアクヤはあーしと付き合うの!」
「財産目当てなら止めといたほうがいいぞ。俺は九王グループでも弾かれ者だから。金が欲しいなら異母兄弟紹介するからそっちで……」
「アクヤがいいのー!」
もはやここまでくると駄々っ子じゃないか。
「俺が何かしたか?」
「あーしの妹とお母さんの孫が見たいでしょ?」
母娘丼。ああ、ここで飯屋がフラグ回収か。
「アクヤは小比類巻家を救ったの。メシヤなの。だからあーしはアクヤの恋人になるって決めたの」
「まーきーのーさーん?」
で、こっちはこっちで口の端を引きつらせている二條ホムラ。ネットでは不動ミヨとかエモグロビンとかトレンドになっているVキューバーだが、今のところ特定はされていない。こんな萌えボイス現実で聞けばダメゼッタイ音感を持ってれば分かりそうなもんだが。
「アクヤさm……アクヤくんが困っているでしょ!?」
おーらい。いいよーいいよー。危うくアクヤ様って言いかけたよな。ホムラ。
「困ってないもん! 照れてるだけだもん!」
「そうだぞアクヤくん!?」
「困っています」
「ほらー」
「アクヤはツンデレだから!」
男のツンデレとか誰が得するんだレベル。ただし乙女系を除く。
「アクヤだってあーしのおっぱい揉みたいっしょ?」
すげー揉みたい。揉んで揉んで寝るまで揉んで男は夢を見ていたい。
「九王が小比類巻さんのおっぱいを!?」
おいテメー。言論統制するぞ。
「小比類巻さんのおっぱいは公共文化だろう!?」
「いや! 世界遺産だ!」
「なにをう。ノーベル平和賞だろ! そもそも世界遺産とか金絡みの拍付けじゃないか!」
いや、だからね。クラスメイト諸氏。この世には言ってはいけない言葉があると。
だがそれはそれとして、今学校で一番のトレンド。グラビアアイドル小比類巻マキノが九王アクヤにお熱という情報が激震で走り回った。俺としてはどうしてこうなった感。だが既に学年クラスを問わず男子の人気者になっているマキノの片想い宣言は、男子に十万トンの羽毛を振りかけるようなもので。軽そうでシャレになっていないという重さ。
「極楽も地獄も先は有明の月の心に懸かる雲なし」
「身はたとひ武蔵の野辺に朽ちぬとも留め置まし大和魂」
「けっぱれけっぱれエスパルスの大榎」
一部では辞世の句を呼んで自殺を図ろうとするかまってちゃんムーブ。
「九王を殺すもっとも最適な武器は!」
「ABC兵器!」
「いや、ここはスターウォーズ計画を軌道に乗せるべき……」
どっちも俺以外にも被害が出るぞ。と、まぁとにかくマキノの俺が好き好きムーブは学校中の噂になり、沈静化を図った生徒指導に呼ばれたのはマキノと、それから俺。なんでやねん。俺は原因じゃねーぞ。
「とにかく風紀を気に賭けるものとしては小比類巻さんには自重を覚えてもらいたく」
と理念と理想で生徒を導こうとする先生の意図は嬉しいのだが。
「えへへへぇ。アクヤ~♡」
もちろん恋にお熱な思春期の女子に通用する理屈もなく。
「愛してるよ。アクヤ♡」
だから生徒指導の教諭。俺を睨まれても解決しないと思うんだがどうよ?




