第69話:社内コンビニ
【小比類巻マキノ視点】
あーしの名前は小比類巻マキノ。どこにでもいる女子高生。っていうと語弊があるんだけど、あーしが女子高生なのは事実。グラビアアイドルとかやってるけど。
「お母さん。まだー?」
「ちょっと待って。三年前に着たスーツが入らなくて……」
ウェストの数値が、とか言っている。ちょっと天然なところがあるお母さんだけど、そういうところも加点対象。そうしてあーしとお母さんは駅まで歩いた。スーツはギリギリ着れたらしく、ちょっと苦しそうだけど問題はなさそうだ。というかお母さんはあーしと同じくらい胸が大きいので、スーツもちょっと特注だったりする。お金持ってないくせに。
「マキノは大丈夫なの? その。グラビアアイドルとか……」
「ちゃんとやってるよ。最近は慣れて来たから平気平気」
「まぁあんなエチエチな写真を掲載されるとは思ってもいなかったけど」
「全国の男子が大興奮だね」
「痴漢とかには注意しないとダメよ? マキノは若いんだから」
「お母さんならアリってこと?」
「ダメに決まってるでしょ」
だよねー、とかいいながら電車を降りる。駅から出て徒歩で十五分。都内の中央部に大きな敷地があった。ビルが何棟か立っていて、そのまま威容があーしとお母さんを威圧する。さすがに住所を間違えたのでは、とあーしが思っていると。
「住所間違えたかしら?」
お母さんも同じことを思ったらしい。
「失礼。我が社に何か御用ですか?」
さてどうしたものか、と悩んでいるあーしとお母さんに、声をかけてくる警備員さん。
「っていうか会社に警備員がいるのってすごくない? 」
とあーしが後で聞くと
「お前は社会を知らんなぁ」
とアクヤに返された。どうせ世間知らずですよ。
「えと、その、会社の見学を……」
そもそもパートをしていたお母さんが企業常識を知るはずもなく。あーしも知らないけど。アクヤが渡してくれた名刺を見せてお母さんがオズオズと尋ねると。
「あーはいはい。小比類巻さんですね。話は通っております。どうぞどうぞ」
そうして警備員さんはニコニコしながらあーしたちを会社の中へ入れてくれた。
「突然の来訪で申し訳ありません」
「いえいえ、別に我々も何かと戦っているわけではないので。小比類巻さんの会社見学くらいなら苦でもありません」
「まずは何処を見学しますか? ご希望に沿えと御曹司から申し付かっておりますので、社長室でも社内食堂でも。美味しいですよ? ウチの食堂」
「えーと、その、社内にコンビニがあるとか」
「ありますよ。では案内しますね」
そうして警備員さんに案内される。そもそもなんで社内にコンビニ? 外にあるコンビニを利用すればいいのでは?
「はは、社内にあった方が何かと便利ですしね。時間も距離も短縮できますし。コンビニとしても社員が積極的に利用してくれれば御の字と言った感じでしょうか」
そんなものかな?
「あの、そのコンビニって人手は足りているんじゃあ?」
「さあ? そこまでは。私も利用はしていますが。あくまで社内の話ですしね」
警備員さんが知っていることではないと。
「おいーす。近藤さん。小比類巻さんが来てくれたよ」
「おお、こちらが小比類巻さん。ようこそイレブンセブンへ。私が雇われ店長の近藤です」
「本日はよろしくお願いいたします。小比類巻ミキノと申します」
「こ、小比類巻マキノです」
あーしも慌てて頭を下げる。
「話は聞いておりますぞ。なんでも店に推薦したいほどの人材を見つけたと。御曹司が」
「御曹司……と仰いますと?」
「九王アクヤさんですな。九王グループの取締役の息子さんです」
「それはすごいこと……なんですよね?」
「羨ましいかと言われるとその通りですな」
はっはっは、と近藤さんが笑う。
「それで何でも小比類巻さんはクレームがゼロ件の超優秀なレジ打ちだとか。是非ともウチに入っていただきたく。逃がす気はありませんぞ?」
「いえ、そんなことは……でも確かにクレームは……そうですね。でも何故そのことを?」
「御曹司がミキノさんの職場で聞いて来たそうです。本人はちょっとストーカーみたいで申し訳ないと言っておりましたが。しかし下手な人材を九王グループに取り込むわけにもいきませんし。その意味で小比類巻さんを調べておられたのでしょう」
「九王さんが……私を……」
「ほら、言ったじゃん。お母さん。アクヤはお母さんをちゃんと評価して仕事を紹介してくれるって」
「娘さんも聡明ですな。その通りです。小比類巻さん。あなたはウチに来てほしい人だ」
あーしらが社内には入れるだけで、アクヤの言葉に嘘が無いと分かる。お母さんは縁故採用に積極的ではなかったが、まずアクヤはお母さんの誠実さを評価していた。だからこれは縁故採用ではない。お母さんを真っ当に評価して、その上で人材として欲しているのだ。
「しかし私なんてレジ打ちと品出しくらいしか出来ることがなくて」
「何を仰る。それが出来ない人材なんて地球上に幾らでもおりますぞ。要するに得手不得手の問題です。小比類巻さんはレジ打ちと品出しが出来るので、当店でも採用したい人材というわけですな」
はっはっは、とまた近藤さんは笑った。
「うちは稼いでいるので給料もいいですぞ。福利厚生もバッチリ。さらに社宅まで用意しておりますので」
「社宅……ですか?」
「失礼な言い様ですが母子家庭と聞いております。娘さんと暮らすなら、相応に広い空間も必要では? うちの社宅は2LDKが最低ラインですぞ」
「は、はぁ」
そこで困惑するようにお母さんは戸惑った。
「何か聞きたいことは? 年俸のお話も出来ないではないですぞ?」
ゴクリ、とお母さんが唾を呑んだ。
「おや、ご興味が御有りで?」
「それは、その。申し訳ないながら」
あーしも聞きたかったけど、ここで公言するわけにはいかないのだろう。近藤さんはお母さんに耳打ちしていた。そしてお母さんがブッと吹き出す。
「そんなに頂戴できるんですか!?」
「それでも稼げる程度には繁盛していますので。小比類巻さんの技量を考えればこれくらいで妥当です」
「し、しかし……その年俸は……」
「ご不満ですかな?」
「いえ、その、有難いお話過ぎて信じられない気持ちと言いますか……」
「大丈夫ですぞ。小比類巻さんを雇えるならこれくらい経費経費!」
お母さんにそう言って、また豪快に近藤さんは笑う。
「では、その、面接とか。日を改めて……」
「面接ならもうここでしておりますぞ。信頼できるお人なのは聞いておりますし、人柄も良好。謙虚さも見せてくださいましたしな。あとは履歴書とハンコさえ持ってきていれば事務手続きは終わらせます」
「あの……それでは……」
「採用、ということです。よければ今の職場の退職手続きを進めておいてください。私も社宅を用意しますし。出来るだけ早く小比類巻さんには所属してほしいので」
「その……よろしくお願いします」
そうしてお母さんは九王グループ本社の社内コンビニの正社員になるのでした。帰りに年俸をポツリと呟いていたけどマジで大金だった。今までパートで働いていたのがバカらしくなるほど。しかも福利厚生もしっかりとして。社宅まで。




