第66話:マキノの憂鬱
「…………」
ハイテンションなやつが黙りこくっていると、それはそれで怖いということがちょっとだけわかる。何かといえば、マキノのことだ。コイツの席は窓側の最後方。一番怒られにくい特等席だが、何の不満があるのか。ホケーッと窓の外を見ていた。
「小比類巻さん?」
そのホケーッとしているマキノに声をかける授業中の教師は、まさにスルーを決めているマキノにどう接したものか悩んでいるらしい。
「…………ヒソヒソ(マキノ。マキノ)」
ツンツンとシャーペンで彼女の手の甲を刺して、覚醒を促す。
「何?」
「教師がお呼びだ」
俺は教壇に立っている教師を指差す。さすがに何とも言えない感覚で困ったようにこっちを見る教師には同情を禁じ得ない。
「なんですか?」
「そのー。この数式を解いて欲しいんですけど」
「わかりません」
だろうよ。俺もそこで案の定だとツッコんだ。あくまで心中でな。
「何かあったか?」
授業終わり。午前が終わっただけだが、昼休みになれば話も出来るだろうということで聞いてみた。特に心配しているとかそんな殊勝な気分では全然ないが一応コイツにも事情はあって。
「ほら、あーしグラドルやってるっしょ?」
「そーだな」
ここで否定するのもバカらしい。というかマキノにグラドル紹介したのが俺だし。
「で、それが?」
「給料も振り込まれて、ちょっと稼いだつもりだったんだけど」
たしか給与明細は(※自主規制)万円。高校生が受け取るにはバカデカすぎる案件だが、今グラビアアイドルのアズキちゃんは乗りに乗っていて、出版社やファッション関係から引っ張りだこ。俺もたまに同行するが、既に彼女は表情の選び方も慣れきっていて、俺から助言することもそんなにない。立派に成長して……と涙を拭くのもいいかもしれないが、まぁそれはそれとして。聞くにファッションモデルの方の契約料が(※自主規制)万円で、プレプロとしても大型案件になってしまっているらしい。まぁ実際に可愛いし、おっぱい大きいし、空気も読めるし。そのマキノが憂鬱だと仕事にも差し支える。
「金はお前のモノだぞ?」
俺も未だにセフレ代は払っているが、それはそれとして高校生なら云万円も貰えば好き勝手出来るだろ。
「でさぁ。お母さんにその事を話したわけよ」
「で、怒られた、と?」
「いや? 喜んでくれたよ? あーしのグラビア写真は微妙な顔で見ていたけど、大成してくれるのは嬉しいって」
おっぱい大きいもんな。
「じゃあ何も問題なくね?」
「そう思うでしょ?」
むしろ他に何の解が?
「だからお母さんも無理しなくていいからね。これからもあーしが稼ぐから、って言ったのよ」
言ったんかい。子どもを養っている親にしてみれば痛烈な皮肉だ。養うべき子供に金を出させているというのは毒親ならわかるが常識的な家庭では責任能力を問われる。そこら辺の空気は読めると思っていたが、俺の過大評価……ではないな。たしかマキノの家は貧乏で、金欲しさに俺とセフレ契約しているくらいだ。しかもデートの時も、服を買ってやったらお母さんが返金にくるって言っていたし、立派な母親であることは間違いない。そんなしっかりしたお母さんが、娘からお金の心配をしなくていいとか言われたらプライドというか責任が重圧になるだろう。
「お前……」
「わかってるよ。空気読めてないことくらい。でもお母さん、あーし育てるために苦労してきたんだから。恩返ししたいっての間違ってる?」
「間違ってる」
だから容赦なく俺は言った。
「うー。アクヤ酷いっしょ」
「酷いのはお前だ」
子供に金を出してもらって喜ぶ健全な親がいるか。どこかにはいるかもしれないけど、それはもう健全な親ではない。
「せめて引っ越そうって言ったら、一人暮らしもいいかもねってニッコリ。あーしはお母さんと一緒に暮らしたいのに……」
うーん。双方の気持ちがわかるだけに何と言っていいものか。ここで空気を読めと説教するのは容易いが、マキノとしてもまとまった金があるなら親孝行に使いたいのだろう。もちろん母親が超絶気まずいということも理解した上で。母親側の気持ちもわかる。貧乏な暮らしをしている娘が自分より稼いで「これからは苦労しなくていいからね」とか言われると親としての矜持が傷つく。プライドの問題は無益ではあるが、自己肯定は生きる上で必須とも言える。難しい問題だった。
「とは言っても娘の金をなぁ……」
どっちかってーと俺が肩を持ちたいのは母親の方。俺は親に甘やかされているので、親の稼いだ金を幾らでも使いたい放題で、そういう危機感とは縁がない。転生前は一般家庭だったが、それでも不幸だと思ったこともそんなにないしな。自分にはいくらでも不満があったが。
「どうにかして受け取ってもらいたいの」
「無理だと思うぞ」
「アクヤー……現実突きつけないでぇ」
親のプライドも五行山くらい高い。
「プレゼントするとか」
「既に牽制されてるっしょ」
そこは抜かりなしか。たしかに札束を渡すのが生臭いので、物品だったらとも思ったが、親からしたら五十歩百歩。
「お前が豪遊すればいいんじゃねーの?」
「お母さん放っておいて楽しめるわけないじゃん」
パパ活していたギャルの処女がまぁよくほざけたものだな。
「何か方法ない?」
「課題にしてくれ。考えとく」
「お願い。お母さんを幸せにして」
その言い草だと俺がお前の母親と結婚するが如き…………。
「ところでお母さんって美人か?」
「ヤバいよ。四十手前で肌超人だから。おっぱいも大きいし」
うーむ。それはたまらんなぁ。
「エッチなこと考えてる?」
「お前の考えてる二十倍はエッチなこと考えてる」
「まぁアクヤがお父さんになるのは……いいけど……お母さんにも孫は見せたいし」
「そうかそうか」
「でも妹も欲しいよね」
だから待てって。マキノに妹が出来て、母親に孫が出来たら、つまりそれってアレだろ? 鶏肉と卵で作る丼。
「母娘丼だね!」
大丈夫だ。今は昼休み。きっと食べたい学食メニューの話だと思われているはず。だが、マキノがお母さんを思っているのも俺は否定したくないんだよな。
「……わかった。真面目に考えておく。だからソレまでは母親に金の話はするなよ」
「うー」
「相手も押し付けられると意固地になるだけだぞ」
それだけは断言できる。小比類巻マキノの母親、ね。




