第63話:卒業資格
「…………」
似合ってないわけではないが九王アクヤの雰囲気には合わないクラシックのスーツを着て、俺はホテルに出向いていた。ちょっと話がある、と親父にオネダリしたのだが、その結果「話はホテルで聴く」と言われて、さすがに断るわけにもいかず。日曜日の夜。今日の夕飯はヒロインたちには勝手に食ってくれと金を渡してある。そうして俺はクラシックスーツを着てホテルに顔を出したわけだが。
「九王様ですね。承っております。個室をご用意しておりますので、ご案内を……」
そこまでホテルマンに恐縮されると俺としてもなんだかなぁ。
「来たか。アクヤ」
「応とも。オヤジ」
果たして俺に父親をオヤジと呼んでいいのかはともあれ。
「まずは飯だ。このホテルのは美味いから、お前にも食べさせようと思ってな」
ホテルの高層階。夜景の見えるそこでコース料理を食えば女ならすぐに靡くだろう。そうしてオヤジは食前酒。俺はフレッシュジュースを飲んで。そのままコース料理に移った。前菜はサラダ。それからスープ。
「何か……言いたいことがありそうだな」
「その分だとオヤジの側でもわかってそうだな」
「いや、想像はしているが想定はしていない。何か言いたことがあるなら聞くぞ」
前菜の次はカルパッチョ。タイの刺身が上手い一品。
「コヲリとホムラの卒業資格を学校から買い上げてほしい」
「あの二人を……か?」
「動きは知っているんだろう?」
「中々有益な投資対象だとは思っている」
「なわけで、もしこれ以上仕事が増えたら学業に差し障りが出る。だが今ここで仕事を止めろというのも酷だろう。場合によっては二條家の借金を返せるかもしれない可能性だ」
「だからコヲリとホムラに入れ込んでいるわけだ。まぁ難しい話でもないが」
九王グループの権力を持てば難しくはない……はずだ。
「問題は俺がそれを聞き入れる理由がないだけでな」
だよなー。俺の御願いは使ったし。中間テストで学年一位程度でオヤジが動くとも思えない。さて、どう説き伏せたものか。
「そう困った顔をするな」
フォアグラのステーキが出て、それが思ったより美味しくて俺が驚いていると、オヤジは苦笑した。
「わかったよ。卒業資格は買い取ってやる。お前を不満にさせるのも俺としては不本意だしな」
「いや。不本意って……」
「偏差値八十だ。その能力を買っているんだよ」
「勉強ができるだけだ。プロレタリアートの人種だぞ?」
「その勉強が出来ない人間もいるのだ。もっともコヲリとホムラは普通にお買い得だがな」
「じゃあ」
「さっきも言った。買ってはやる。ただその分お前も励めよ」
「そりゃ勉強くらいはするが……」
「であれば十分だ。東京国立の医学部か。入ってくれるなら俺としても鼻が高い」
「医者になっても九王グループには還元できないがな」
「歴史ある開業医一族とも九王グループは懇意にしている。お前が医者として大成するなら環境を整備するのも親の仕事だろう」
最後にステーキが出てきて、米と一緒に食べる。口に入れただけで蕩ける牛肉ってなんなんだ。とか思っているとデザートが出て来て終わった。
「じゃ、書類関係は任せろ。学校への説明も俺からするか?」
「いや、そっちは俺がするよ。オヤジは金だけ出してくれればいい」
「そうだな。じゃあそうするか」
すべて終わったあと布巾で口元を拭いて「美味かった」とホテルマンに謝辞を贈るオヤジ。俺も「ごちそうさまでした」と頭を下げる。ホテルマンは穏やかな笑顔で「またのご利用をお待ち申しあげております」と言ってくれた。
それから月曜日。俺は先に校長にアポイントメントを取っていて、心苦しいながら教育者としての矜持を踏みにじるようなことを提案する。とは言ってもコヲリとホムラに卒業資格を出してくれという懇願だ。コヲリは既にイラストレーターとして商業の仕事を受けている。ホムラもVキューバーとして人気を博している。既に綾女テイルの導線からおっさん世代を中心にホムラの歌声は認められてきており、綾女テイルのコメントした「エモグロビン」はSNSのトレンドになっているくらいだ。元々歌の上手いエロゲー声優の声を持っているのだから結果としては当然だが。
「ううむ」
無論のこと「はい。そうですか」と頷くわけにもいかないのだろう。ことがバレたら学校の運営にも差し障る。だがここで引くわけにもいかないのが俺としての心境で。コヲリは既に商業の仕事を抱えているし、ホムラはストリーマーとしてバズっている。今活動自粛がうまくないのは学校側も承知しているはず。仮にコヲリとホムラが大成したら、その出身校として私立アルケイデス学園が名前を売るきっかけにもなる。メリットとデメリットを提示して、その上で頭を下げてお願いするのだ。
「了解しました」
嘆息一つ。校長は折れてくれた。学業としての生徒も大切だが、学生ながらにプロになるのも一つの人生。実際にマキノのグラビアアイドルは学校も認めているしな。
「しかしこの声は……」
「可愛いですよね?」
「ん。まぁ」
不動ミヨの声が二條ホムラだと知って、試しに聞いてみた校長は、それでちょっと惹かれたらしい。まぁホムラの声が可愛いのは当たり前なんだが。
「よーし。これで問題は解決……」
したわけでもないが。一応テストは受けて、必要最低限の点数はとることを提起された。勉強については俺が教えればいいだろう。別段今更教えられないとか言える立場でもないし。
「アクヤ。どこ行ってたっしょ?」
で、校内の一番人気。小比類巻マキノが俺に声をかけてくる。
「校長室」
「お説教?」
だったら生徒指導室だろう。とはいえ、ひけらかすのも違って。
「ちょっとした相談だよ。ほら、コヲリもホムラも忙しいだろ? 何とか理解を得られませんかって提案」
「あーそれで。アクヤってそういうことやり手だもんね」
「お前の目には俺がどう映ってるんだ?」
「あーしを大人気グラビアアイドルにしたマネージャー」
「プレプロはどうだ? 良くしてくれているか?」
「さすがプロの仕事だなーって驚いてるよ。まぁ信濃シイナ先輩の指導もあるし。ちょっとは慣れて来たけどさ」
「ああいう先輩は貴重だからな。逃すんじゃないぞ」
「でも……」
「どうした?」
「ちょっと将来のことで悩んでるみたいで」
信濃シイナさんについては俺もネットでは見ている。ベテランのグラドルだが人気……というか話題性がイマイチ。可愛くて写真写りもいいのだが、運が悪いのか星の巡りが悪いのか。イマイチバズリまではいかない模様。まして新人のグラビアアイドルであるマキノが大成功していれば思うところの二、三はあるだろう。
「あーしの存在って皮肉?」
「考えすぎだ。思うところが無いとは断言できないが、それを表に出す子供でもないだろ。信濃シイナさんは」
ちなみに次のグラビア掲載も学校中の話題になっていて。マキノのエチエチなグラビア写真は男子どもの性欲の餌食にされていた。俺? もちろん抜いたさ。あんなエチエチの写真見せつけられて右手が躊躇する理由がない。九王アクヤならなおさらだ。




