第61話:エモグロビン
『こんふどー! 無明のみなさーん! 今日も入滅してるー? 不動ミヨだぞー』
俺はスマホでユーキューブを起動して、不動ミヨことホムラの生配信を見ていた。さすがに声とかが入るわけにはいかないので生配信の時はホムラの部屋には誰もお邪魔しないことが原則のルール。母親乱入の事故とかたまに聞くけど、なのでそれも警戒して俺たちも生配信中は何もしない一択。
『待ってた』
『こんふどー』
『入滅しに来た』
『入滅とは』
活動を始めて一ヶ月経たないくらいか。まだまだ知名度は低いが着実におっさん連中には浸透しており、アズキことマキノの導線もあってスーチャを投げてくれる経済的な世代のウケはとっている。
『とりあえず今日は二曲ほどスタンバイしてるから。楽しみにしててねー』
『ミヨミヨの歌声は神』
『選曲も神』
『声そのものが神』
『ありがとありがとー。でもそんなに声いい? 自分じゃ自覚できないけど。一番聞いてる声だし』
『可愛いよペロペロ』
『↑BANされてしまえ』
『声優とか向いてるかも』
まぁそもそも人気のエロゲー声優の声だから、声優には向いているだろう。実際に声優業もやらせてもいいかもしれない。生配信とはいえほとんどは雑談タイムだ。投稿されるコメントに応答して、質問に応えたりお褒めの言葉にお礼を言ったり。ゲーム配信とかアニメ視聴配信とかも考えているが、今のところ俺が自重を促している。まずは歌い手系のVキューバーとして大成するのが大事かもとか。
『っていうか宇宙刑事って面白いの? 曲は神だけど』
『俺たちの青春』
『メタヒは俺らの希望』
『変身ポーズ真似したなー』
『そうなんだー。でもそういうのがあって今の特撮があるんだもんねー』
『仮免ライダーも面白いよ』
『岩ノ林先生は神と言える』
『惜しい人を亡くした』
『ちなみに特撮だったら他に何歌ってほしい? 年代は気にしなくていいよー。あたしも最初困惑したけど、名曲多いよねー』
『さすがミヨミヨは分かってる』
『ミヨちゃん本当にJK?』
『俺らは助かってるけど』
おっさん受けをする選曲は俺の指示だ。だがそれでも不動ミヨが懐メロや特撮ソングを歌っていて楽しんでいるのも事実で。
『この前の蒼いスイートピーも懐かしかった』
『耳コピ音源であれはすごい』
『あー、あれねー。いい曲だよねー。切なくて胸がキュンキュンしたよー』
『歌ってくれてありがとう』
『もっと懐メロ歌ってください』
『助けると思って』
『もっち。歌に貴賎は無いからね。というか最近は最近のトレンドとか歌ってないなー。そういうのもやっぱり需要ある?』
『あるといえばある』
『ミヨミヨの声なら何でも名曲』
『萌えボイス過ぎて辛い』
わかる。わかるぞ。ホムラの声はあまりに萌える。マジで声を聴くだけで辛い。
『じゃあそろそろ喉も温まってきたし。一曲目行こっか。小屋とTシャツとあたし。あたしも気に入ってんだー。これ歌えるようになったのは自分でもちょっとした感激があって』
『名曲キター!』
『マジでJKかこの歌姫』
『おっさん特攻攻撃は止めてほしい』
スーチャも結構飛んでいる。数える気はないがこれで稼いでいけるだろう。
『――――♪ ――――♪ ――――♪』
そうしてアカペラで懐メロを歌い、そのままコメントは大盛り上がり。歌っている最中のコメントは流れ続け、最高だの神だの絶賛する声が上がっていた。
『ふう。というわけで一曲目は小屋とTシャツとあたしでした。切ない曲だよねー。ヤンデレって表現がない時代なのに、ヤンデレを連想させる歌詞。昔からヤンデレって需要あったんだね』
『マジでソレ』
『ヤンデレは文化』
『いつの時代もヤンデレしか勝たん』
おっさん連中の声は大きく。とくにアカペラでも透き通った歌声が好評を博したのか。おそろしい上限赤スチャが送られてきた。
『綾女テイル:不動ミヨちゃんの声エモエモのエモだよー! エモグロビン過多で過呼吸に陥るよー!』
そのコメントが流れた時、俺はブッと吹き出した。それはこの生配信を見ている視聴者もそうだろう。
『綾女テイルちゃん見てるの!?』
『おいおい! 事件だぞこれ!』
『エモグロビンって何www』
『アヤメルが認めた歌姫誕生の瞬間www』
『わお。こんふどー』
さすがにホムラも綾女テイルのことは知っているらしい。大手Vキューバー事務所、二天一次元プロダクションの大人気タレントだ。歌姫として知られていてフォロワーも百万越え。オリジナル曲とかも歌っているし、少なくともVキューバーとしては大御所も大御所。こんなフォロワー二万人の歌い手系Vキューバーの視聴者をしていていいものか。
『綾女テイル:エモグロビンはエモグロビンだよー。エモいよねー。エモすぎるよねー。ぶっちゃけ私より歌上手くない?』
上限赤スチャを投げたことで噂は噂に波及し、そうして生配信の同接が膨れ上がっていく。コメント系のSNSで綾女テイルが不動ミヨの生配信を視聴中だと噂が出回り、そうして綾女テイルファンが不動ミヨとは何者なるやと見極める動きを見せていた。
『綾女テイル:本当に声が透き通っていて癒される~。エモグロビン中毒だよ! 私の嫁に来て~』
『アヤメルの嫁。ゴクリ』
『でもミヨミヨもアヤメルに負けてない』
『共演ありか?』
『お言葉は嬉しいんだけどさすがに綾女テイルさんより上は無いって。頂点じゃん』
謙遜しつつ嬉しいですという感情を表に出すホムラ。不動ミヨとしては綾女テイルのスーチャは流石に無視できないらしく、出来るだけ波風立てないように躱す方向らしい。
『いや。俺らおっさん世代はミヨミヨを推すね』
『JKなのに懐メロ歌ってくれて助かってる』
『アヤメルも見習え』
『やめてー。炎上するー!』
さすがに放言は許しがたいのか。どこまでBANすればいいのかもホムラは分かっていないだろう。
『綾女テイル:わかる。わかるよ。JKでおっさん特攻の歌を歌っているミヨミヨが多分一番世界平和に近い……エモグロビン過多だねー』
そうして綾女テイルが視聴者として参入。アヤメルのファンが導線に引かれて不動ミヨを認知。フォロワー数が爆増し、一夜でチャンネル登録者が十万人を超えた。こうなるともう一端のインフルエンサーといえ、ついでに二曲目のアカペラを歌うとべた褒めの綾女テイルが二回目の上限赤スチャを投げる。つられて投げ銭をする視聴者が増え続け、生配信だけで数十万を稼ぐという事態に。一番唖然としているのはホムラだろう。不動ミヨとして活動して、ここまで稼げるとは思っていなかったらしい。
『じゃあ今日はここまで。お疲れさまー。無明の皆さんに大日如来の加護があらんことをー。じゃね。あ、高評価とチャンネル登録を忘れるなよー』
そうして生配信は終わった。俺もユーキューブを閉じて、ちょっとだけ考える。ふと思いついてSNSを見ると、既に綾女テイルが不動ミヨを認知しているのはネットに出回っていて『歌姫が認めた歌姫』『エモグロビン』という単語がトレンドを支配し、一時的にではあるがSNSは不動ミヨに騒然としていた。
「これは……」
元々二天一次元プロダクションにステマを頼むつもりではいたが、そんなことをしなくても二天一次元プロダクションの綾女テイルが不動ミヨをバズらせてくれた。彼女のアカウントでは「ミヨちゃんとコラボしたいなー」とか冗談じゃなく呟かれて、エモグロビンという単語だけで何千件もコメントが乱立。不動ミヨは一躍時の人になった。俺がやったことと言えば不動ミヨのイラストをホムラに合わせて動かすようにしただけだ。歌を歌っているのはホムラだし、イラストはコヲリ。動画の編集は外注という。
「とはいえ。さすがだな。俺の大好きなエロゲー声優は」
そうしてニコリと笑っていると、配信を終えたホムラが俺と添い寝をするために現れた。
「アクヤ様。投げ銭が……投げ銭が凄いことに……」
「全部お前のモノだからな? 好きに使ってくれ」
一回の生配信で数十万。借金地獄の二條家の人間には信じられない感覚だろう。とはいえ俺はホムラの声を聴いているからこうなることは察していたが。
「ほれ。お前のアカウントもフォロワーバリバリだ」
「大丈夫ですかコレ? 天罰が下るんじゃ……」
「エモグロビンって単語が流行っているからな。これからも攻勢を緩めず行くぞ」
「が、頑張ります」
このまま人気Vキューバーになればホムラにも未来が見えるだろう。




