第55話:少しだけ傾く
「あん?」
今時ありえないような紙による呼び出しを受けて、さすがに自意識を疑った。SNSで呼び出されることはあったし、教師なら放送で呼びつけるだろう。そのどちらでもないということは……。
「果たし状?」
「んなわけあるかー」
現実を認識したくなくてすっ呆けてみたが、軽やかなツッコミが入った。隣にいるのは小比類巻マキノで。最近は俺とよく一緒にいる。学校でもプレプロ所属のグラビアアイドルということで注目が集まっているが、それはそれとしてSNSのフォロワーが八万を超えているあたり、一種のインフルエンサーでもある。彼女の一言でネットは炎上したり性欲にまみれたり。実際にアズキのアカウントでは挟まれたいだの揉みたいだの地獄のようなコメントが来ている。ネットリテラシーの問題はこの際考えないとして。
「どう見てもラブレターっしょ」
「それはラブをレターにしたためたアレ?」
「サバの味噌煮がサバを味噌で煮込んだものみたいな説明止めて?」
「…………俺にか?」
正気か。その女子は。こんな将来性ゼロの男に何を期待している。言っとくが妾の子に九王グループを預けるほどウチの父親は甘くないぞ。
「なんか懐疑的に怪しんでいるようだけど、むしろ今までこういうイベントが無かった方があーしには不思議だけど」
「俺だぞ?」
「そうだね。九王アクヤっしょ」
うーん。世界は不思議に満ちている。教室まで歩いて、そのまま着席。それからゆっくりラブなレターを読んでみると、昼休みに屋上で待っていますというリアクションに困ることが書かれていて。これってすっぽかしたら呼び出した女子が一人悲しい思いをする羽目にならないか? やはりコミュニケーションはネットで完結した方が便利だよなーとか、そんなことを思う令和の高校生。
「受けるの?」
「受けてどうする」
「そりゃ付き合うとかデートするとかキスするとか」
「…………」
なんというか。そういうことを考えると、胸が苦しくなる。今の俺はカホルとコヲリとホムラが傍にいてくれて、マキノもセフレとして隣にいてくれる。例え寝取られる運命だとしても四人以外の女の子に今更お熱になれるのか。
「困っている顔だね」
「実際に困ってる」
「ま、別に可愛い女の子と決まったわけでないし。可愛ければ買えば?」
そういうのはお前だけで十分だ。
「もしかしたらラブレターを装った男子の襲撃かもねー」
どっちかってーとそっちの可能性の方が心をも休まるってもんだが。
「アクヤくん。それって……」
マキノとは逆の隣の席に座ったホムラが聞いてくる。
「ラブをつづったレター」
「絞殺死体って言われたの?」
多分「交際したい」って言われているんだろうけども。
「とりあえず昼飯は遅れるから先に食っていていいぞ」
「それはいいんだけど。絆されたりしないでよ?」
さて、どうかとは思うが。でもカホルもコヲリもホムラもいずれ俺の傍を離れるとなるとな。まぁ中間テストも終わったし。適当に授業を受けながら、レターの主に想いを馳せる俺と。そんな俺を見ているマキノとホムラ。
「その……好きですッ。付き合ってください!」
そうして時間の速さが矢の如くというか。昼休みに屋上まで出向くと女子がいて、予定通りに告白までされちゃって。困った。
というのも、この世界のがラブハートのソレに準拠しているということを忘れていた。ヒロインであるカホルもコヲリもホムラもマキノも神の付く美少女過ぎて、すっかり目が肥えてしまっていた。
さすがエロゲーのヒロイン、と思ったのだが、それはそれとしてギロチンの紐を切らないと話は終わらない様子で。
「……ごめんなさい」
悪感情を全く持たないことができるほど鉄の心臓を持っているわけもなく。童貞丸出しに狼狽えて断る俺。
「ダメ……ですか?」
九王アクヤが目の前の女の子に欠片も期待を寄せていない。俺としては批評する立場ですらないが、表層意識も深層意識も彼女に心が動かされていない。
「謹んでごめんなさい」
「やっぱり花崎さんが好きなんですか?」
「なんでそこで花崎さん?」
カホルが何かしたか?
「みんな噂していますよ。入学からトップだった花崎さんを押さえて一位をとった九王くんのこと」
それとこれが何の関係が?
「お似合いの二人だって、噂されているんです。九王くんカッコいいし。スポーツできるし。成績も学年一位だし」
冷静に人から聞くと悪寒を覚えるな。
「然程の存在でも……っていうと皮肉になるのか? これ……」
「失礼しますッ」
涙を見せながら去っていく女子生徒を見て、嘆息。九王アクヤが女子にモテるのはまぁしょうがないのだが、それが俺に適応するかと言われるとそれも違って。
「カホルとお似合い……ね」
まさかと言う気があまりに先行しすぎて笑ってしまう。この世界の主人公は俺じゃない。その意味で彼女を幸せに出来るのが人公アルシしかいない以上、ここでの結論は既に出ている。
「飯にするか」
学食の席が空いているかが問題だな。
「憂鬱だ……」
女子をフったということに対してなのか。あるいはいずれ手放すべきドピンクの髪の美少女を想っていることを儚んでいるのか。屋上から階段を降りて学棟へ。そのまま学食まで歩いていると。
「マジで言ってるの? ソレ……」
「しょうがないだろ。分かんないんだから」
考えていたドピンクの髪の美少女が、人公アルシと一緒に歩いていた。二人は想い合っている幼馴染。俺が介入する余地がない、と一人悟っていると。
「あ、九王くん」
その本人が俺を見つけて駆け寄ってきた。性奴隷としての立場を忘れているのか。主人を見つけた子犬のようだ。
「すみません。手伝ってくれない?」
「何を……と聞いていいか?」
「このバカの」
と人公アルシを指差す。
「勉強を見てあげて欲しいんだよ。九王くん学年一位だし」
「お前でよくね?」
一応恋敵なんだがな俺って。まぁ処女のまま人公アルシに寄り添わせるためにそういうことはしていないのだが。
「もうバカも大概にしろってくらいバカだから。私とコヲリだけじゃどうにもこうにも」
「…………放課後でよければ」
「言質取った! 決まり! アルシも覚悟しなさいよ?」
「なんでこんな奴なんかに……」
ブツブツと文句を言っている人公の気持ちも俺にはわかる。成績のほどは知らないが、追試があるなら確かに勉強は必須で。どうせならカホルとコヲリを独占したいんだろう。




