第51話:二心
「はい、そこまでー」
時間が来て、そう言われて、俺はペンを置いた。言葉を発したのは教師。
「ふう」
とりあえずは大丈夫だったというべきか。五月末の中間テスト。その五科目が終わったわけであって。疲労のざわめきが聞こえてくる。おそらくだが成績最底辺の六組のクラスメイトにとっては、ほぼ悪夢のような行事なのだろう。俺は別にって感じだけど。後は適当に打ち上げでも。
「二條さん! 小比類巻さん! 打ち上げ行かね?」
ようやく地獄のテストから解放された。であれば打ち上げという表現も間違ってはいないのだが。
「すみませんが用事がありまして」
「あーしもちょっと外せない用事がね」
「えー。打ち上げ行こうぜ~? 二條さんと小比類巻さん来ないと盛り上がらないよー」
「残念ながら」
「ごめんち」
手刀で空気を切って二人は帰路につく。俺もタイミングをずらして帰宅しようとして。
「九王は来るよな? 今回の愚痴くらいは聞くぜ?」
「ああ、大丈夫。愚痴はない」
後、予定があるので打ち上げは勘弁。
「ちぇー。盛り上がらねえ」
「ウチのクラスの赤点王がか?」
「まぁそっとしておこう」
散々な言われようだが、今までの九王アクヤのことを考えれば間違っているとも言い難く。成績が低いのはしょうがないというか。そう舐められるのがしょうがないというか。
そのまま駅まで歩いて、電車は帰路のソレではなく庵宿区。学生服で歩く街ではないが、いちいち帰ってから着替えるのも面倒だ。駅からタクシーに乗って、そのまま目的先を告げる。
「二心まで」
それだけで通じたのはタクシーの運ちゃんが地理に詳しいからだろう。一軒のウナギ屋で止まった。
「アクヤ様。こっちです」
「……お疲れ様でした」
「っていうかマジでここですか?」
「あーしはもう慣れたけどねー」
そういやマキノは寿司屋にも連れて行ったことがあったっけ。
「今日は俺の奢り。ということで中間テストの打ち上げをします」
かんぱーい! ウェイターさんから受け取った湯呑で乾杯した。注文はどうせこいつらに任せると遠慮するだろうから俺が頼む。うな重の一尾丸ごと。あとひつまぶしのオマケセットで。まぁ一人一万ちょっとだが経費経費。
「いや、あの、アクヤ様……」
「……さすがにそれは……心苦しく」
「おう。せいぜい心苦しく思いながらウナギを堪能してくれ」
笑顔の引きつってるカホルにコヲリに、俺はからからと笑う。
「わーい。ウナギだー」
「もうもう! だからアクヤ大好きっしょ!」
ホムラとマキノは普通に喜んでいた。そうして五人分のうな重セットを頼んで、時間を持て余す。本格的なウナギ屋は注文を受けてからウナギをさばいて焼きを入れる。つまり時間がかかるのだ。
ピロン、とカホルとコヲリとホムラのスマホが鳴った。
「?」
「あー」
「……えー」
「うー」
何その嫌そうな顔?
「アルシからです」
ああ。それで。嫌われたものだ。でも人公アルシにしてみればここにいる四人はヒロインで。
「打ち上げしないかって」
「……というか大丈夫だったんでしょうか?」
「もうしてるしねー」
「人公ってアレだよね? 女子を見る目がちょっとアレな産業廃棄生物」
ホムラが皮肉ったことを憶えていたらしい。ピコピコと言うほど電子音はならないが、SNSで会話しつつあしらわれている人公アルシには哀悼の意を表明したく。
「じゃ、いただきまーす」
人公アルシの悪口で盛り上がるヒロインたちの会話には少しだけ思うところもあったが、擁護する言葉は持ち合わせていなかったので、そのまま放置。そしてウナギを食う。
「うわ」
「……へぇ」
「はー」
「いと美味し」
オヤジのオススメのウナギ屋だ。外れようもなく。こじゃれた味付けこそしていないが、その肉々しい歯ごたえがウナギを食っている、と感じられる一品。
「勉強を頑張った甲斐があったなー」
「……ですねー」
「ありがとうございます。アクヤ様」
「さすがあーしの金づる」
いくらでも言ってくれ。中間テストを乗り切ったヒロインたちを労いたいのも嘘じゃないんだから。そうしてモシャモシャウナギを食って。
「ごち」
「……そう」
「さま」
「でしたっしょー」
五人とも臓腑にウナギを堪能していた。
「で、これからのことだが」
「というと?」
「コヲリとホムラにはVキューバーの仕事をしてもらう。マキノはグラビア撮影があるし。カホルはそれらのサポートってことで」
「なんか私だけ置いていかれていませんか?」
「カホルは勉強を頑張るだけで偉いのです」
「あ、そうですか? えへへ」
俺が詭弁を弄すと、照れ笑いをするカホルだった。
「中間テストの勉強だって四六時中じゃないし、ホムラも俺のオススメの曲聞いたか?」
「うん。全部気に入りましたぞ。時代がかってるけど、どれもいい曲です。パチスロの曲も最初は舐めていたけど聞いてみると名曲が多くてさ」
だろう。賭博がどうのというつもりはないが、パチスロでしか生まれない文化というのも存在するのだ。
「宇宙刑事とかも聞いたけどさ。ああいうのを歌うと人気取れるの?」
「基本スーチャするのが経済的に余裕のあるおっさん世代だからさ。そもそも歌い手系の動画は利権の問題があって、そんなにロイヤリティは入ってこんのよ」
「へー」
「コヲリはイメージイラストは描いたか?」
「……あ……はい。……とりあえずテスト期間中にホムラちゃんが歌った二十曲は」
よしよし。
「ところで私とコヲリとホムラのASMRってどうするの?」
とは花崎カホルさん。
「外注先に納品する」
セクハラかもしれないが、そこは涙を呑んで欲しい。
「なわけで、お前らの自撮りASMRだけで外注が動画編集してくれるので、これはむしろ経済的にプラス」
「でも歌い手系の動画はロイヤリティが……とアクヤ様が」
「歌ってみた動画は釣り針だ。これに食いついたおっさん連中を引き寄せるためのな」
「何するの?」
「もち。生配信」
「あー。あれ」
さすがにスマホは支給しているのでユーキューブへの理解はあるだろう。スーチャも知っているはずだ。それでホムラこと不動ミヨの生配信をして、スーチャで稼ぐ。大丈夫だ。現役JKが宇宙刑事とか歌ったらおっさん連中は目の色変えて飛びつく。
さらに言えばホムラの声は転生前の世界でもエロゲー界の歌姫と呼ばれた存在なのだから。




