第127話:暴行事件
「んー。ん?」
ヒロインたちとイチャつきながら昇降口へ。そうして外履きに履き替えようとすると、中に入っているレターが見えた。この時代に紙媒体とは。正月の年賀状でもあるまいし。慎ましやかな封筒の中には、オリーブ文字で可愛らしく文章が書かれており。
「屋内プールの裏……ね」
指定された場所に呼び出しを告げる連絡文書が入っていた。
「ふむ」
単純に考えるならラブなレターなのだが。ここまで俺がヒロインたちとイチャイチャしておいて、紙媒体で玉砕をする女子がいると考える方がどうかしているんだが。
「アクヤくん。何ソレ?」
同じクラスなので、同じ列に靴箱があるホムラが尋ねてきた。何と言われても。
「呼び出し勧告」
ヒラヒラとレターを振る。
「あー、ラブなアレ」
だったらいいなとは思っているが、思ったより警戒網に引っかかってんだよなー。今時SNSアカウントでもクラッキングして直接スマホに送れよという話。まぁ俺はヒロインたち以外にはSNSアカウントを晒していないので、取得のしようがないのだが。
「さて、どうしたものか」
屋内プールの裏手と言うのも気にかかる。水泳部はセクハラ防止のために部活動中は窓に遮光カーテンを敷いている。つまり屋内から裏手を確認する術がない。元々覗き防止の処置だったが、おかげで教師の目の届かない無法地帯であることは生徒間の暗黙の了解。それこそタバコの残骸とか見つかれば教師も目を光らせるだろうが、男女の関係程度では警戒にも値しない。それが指導側の総意だった。と、すると。
「行くしかないか」
仮にこれが真摯な女子の要望であれば、あまりに残酷な結果になってしまう。オリーブコマンダーが女子だと決定したわけじゃないが仮にだ……仮に。とすると安全策は……。
「カホル。コヲリ。ホムラ」
今日はマキノは来ていない。仕事だ。芸能関係の仕事は学校側にも理解させているので遠慮するなとは言ってある。
「お願いがあるんだが……」
ちょうど女子もいることだし。ここは存分に利用させてもらおう。そうして屋内プールの裏手に行くと。
「へ」
声が漏れた。分かっていた。ヒロインたちにも匹敵する超美少女が俺のことをドキドキしながら待っていたという展開を望んでいなかったかと言われると嘘で。ただ、金属バットを持った男子が三人ほどニヤニヤしながら待ち構えていると、俺の淡い期待が泡沫のように消えて、何かこう無常を覚えてしまう。辞世の句でも読むか。
「ヒャハハハ! 本当に来たぜ」
「残念だったな。女子じゃなくて」
「期待しちゃったかな~?」
「期待するに決まってるだろ。お前らみたいなムサい連中に呼び出されるとテンションダダ下がりだわ」
ため息交じりに言う。
「ちょーっと教育しようと思ってさ」
「調子のってるみたいだし?」
「指導代行だ」
代行ねぇ。それあの独身教師の許可取ってんのか?
「てなわけでぇ。残念ながらお前はここでボコられんだよ」
なんとハートフルボッコな展開。誰得ってこういう時に使うのか。俺もケガをするし、相手も退学になるし。誰一人として得をしない。
「ちなみに顔覚えたから。暴力振るったら言い訳できんぞ」
「あれー。生きて帰れるつもりですか?」
「記憶飛ぶまで殴ってやるよ」
「だなー。マジざまぁ」
マジかコイツ等。気に食わない相手を殺すだけで人生棒に振る気か。
「じゃあなぁ!」
そうして金属バットを振りかぶって、男子生徒が襲い掛かってきた。安直に面打ち。そのまま受ければ脳挫傷だろうが、さすがにそこまでお人よしでもなく。半歩横にずれて、俺の残影をバットは殴った。本気の一撃だった。マジで俺が脳挫傷を起こしても問題ないような一撃。その男子生徒の首に手刀を差し込む。まぁ一つの地獄突き。
「げはぁ!」
そして息を逆流させている男子生徒の金属バットを奪って、さらに襲い掛かってきた二人の男子の金属バットを受け止める。大きな音がした。そりゃ金属同士が打ち合えばな。あまりに鈍い音がして、それから俺が二人の金属バットを受け流し、そのまま反撃しようとバットを振りかぶる。二人の顔が引きつった。やるのはいいがやられるのは御免だ。そんな感情が顔に出ている。
「ふう」
仕方ないのでフルスイングは止めておいた。ここで反撃したら俺まで過剰防衛で連れていかれる。証人もいることだし、金属バットで人を殴ったら終わりだろう。
「このクソがぁ!」
地獄突きを受けた男子生徒が俺に殴りかかる。そのモモをローキックして筋肉に刺激を与える。足がつったような動作で苦しむ男子生徒に、今度は取り巻きの二人が嘲笑った。
「ひは! 暴力事件だぞ! 言い訳の余地はねぇ!」
「だな。俺らが証言してやるよ!」
勝ち誇ったように男子どもは俺を非難した。まぁわかり切った反応というか。もうちょっとオリジナリティを追及してほしかったが、王道ではあるのだろう。魔王が世界征服を狙う。宇宙人が地球を侵略してくる。放射線で新しい脅威が生まれる。不良生徒が金属バットで殴りかかってくる。風魔忍者が現代で暗躍している。そう言う題材は何時の時代も人の心を捉えて離さない。
「…………」
俺はチョイチョイと屋内プールの側面。つまり覗き防止のために張られた遮光カーテンを指し示す。
「何が……」
「何を……」
取り巻きの男子二人が、そう訝しんでそっちを見て。
「ッッ!?」
「ちょ!?」
二人そろって絶句した。さもありなん。カーテンの隙間からこっちを撮影しているスマホのカメラ。だいたい水泳部員プラス二人。まざまざとこっちの暴行事件を動画として撮っていた。要するに俺はカホルたちを通して水泳部に協力を申し出ていたのだ。プール裏で問題があるかもしれないから、警戒してくれませんか、と。あくまで遮光カーテンは外からの覗き防止のためにかけられているのであって、屋内からは幾らでも解除可能。今回は暴行事件を最後まで見届けるためにちょっとだけ隙間を開けて水泳部の生徒等が動画撮影をしていたのだが、ここまでの人数に動画を撮られていれば、もはや言い訳の余地もなく。さて、ここから逆転するにはカプ〇ンの裁判ゲームより難しいぞ。で、端のカーテンがシャッと開けられて、スポーティな競泳水着を着た体系麗しい女子水泳部顧問が三人の哀れな男子を見る。
「そこの四人?」
ニコリと微笑む聖職者。四人って。俺もか?
「生徒指導室まで来なさい」
え? 俺も?
「ええ、九王くんも」
ドナドナ~。で、言われた通りに生徒指導室へ。事情を水泳部顧問から説明されて、断頭台のアウ……断首刑を受ける心地の三人の男子生徒が小さくまとまっており。俺は気苦労の絶えない生徒指導の先生が手ずから淹れてくれたインスタントコーヒーを飲んでいた。もちろん水泳部の女子部員がほぼ全員動画撮影していたので証拠についてはバッチリだし。俺としても今更議論するほど徒労に向かい合いたくなかったので相槌だけ打つ始末。
「これは事実か?」
「ええ」
「襲われたんだな」
「ええ」
「原因については認知してないと?」
「ええ」
みたいな。馬鹿正直に告白すれば、金属バットで殺されかけたことをドラマチックに演出することも出来たが、MI6のスーパーエージェントでもなく。そこまでハリウッドを意識した演出をする必要もない。そもそもMI6って諜報機関だから単独で問題を処理するボンドさんはもはやスパイじゃなくて国民的英雄だろうというツッコミは俺が生まれる前からされている。よく辞職しないよな。毎回無茶ブリを押し付けられて。
「さて、では三人の男子諸氏に聞くのだが」
証拠動画を嫌と言うほど見せられて、あくまで公平に物事を進めたい生徒指導教諭の気持ちもわかるが、どう考えても弁解不可だろ。ここから無罪にされたら逆に俺が驚くわ。




