第109話:信用と失墜
「くあ……」
そうして目を覚まして、気付けば俺の頭部は爆乳に包み込まれていた。
「カホルか」
「おはようございます。アクヤ様。私のおっぱいアイマスクはどうですか?」
「最の高」
「昨夜は激しく乱れましたから」
「っていうか、四回とも付き合わんでも」
「私はもうアクヤ様専用です。アクヤ様の形を覚えてしまっているんですから♡」
「あーはいはい」
あまり調子に乗らせるのもよくはない。
「朝飯は誰が?」
「コヲリですよ。今日はホットサンドだそうで」
俺も好きだったりする。そりゃおばあちゃん料理が一番好きだが、それ以外を否定するほど狭量でもない。
「……あ、……アクヤ様。……おはようございます」
「ああ、はよ。コーヒーくれるか?」
「私が用意しますね。アクヤ様」
カホルが率先してくれた。
「あ、アクヤ様。今日はあたしは学校行かないから」
「21プロか?」
二天一次元プロダクション。今、不動ミヨが所属している事務所だ。
「オリ曲の話が来てさ。歌うのもいいかなーって」
「まぁ妥当なラインだな。レッドアーカイブの収録はどうだ?」
「一応OKは貰ったけど。企画次第ではもう少し撮るかもって。声優を進められたりしたんだけど」
まぁ俺の推しのエロゲ声優の声だしな。演技もそこそこ出来るだろうし。ホムラの喘ぎ声はたまらんのよ。本当に。エッチな話だと分かってはいても。
「じゃあカホルとコヲリと登校か」
「一緒に登校してくれますか?」
「俺が刺されるから嫌だ」
カホルとコヲリとの関係は秘匿だ。ホムラとマキノは今更だけど。
「マキノとばっかりイチャイチャしちゃダメだぞ?」
「……ホムラちゃん。……ブーメランです」
「でもさぁ。土下座しようとした私を抱きしめてくれたアクヤ様に惚れるのはしょうがなくない?」
そこら辺の事情はコヲリとも共有している。結果得られたのは人公への嫌悪。俺もさすがにアレはどうかと思う。大好きなヒロインに土下座を強要するとか主人公失格だろ。少なくともホムラを人公に託す気はもうない。とはいえ、あとのカホルとコヲリとマキノはなぁ。どうすんべ? そんなことを思いつつ、マンションから車で駅まで、それから電車に乗って。駅につくと。
「アークヤッ!」
駅で待っていたマキノが俺に抱き着いた。ボインと揺れる爆乳。数値上、カホルに競り勝っているそれが、俺の胸板に押し付けられる。
「今日はホムラは?」
「お仕事」
「あー。不動ミヨ凄い人気だよねー。既にチャンネル登録者四十万人超えてるんでしょ?」
「これから糸推シイナとかともコラボするからさらに数字は伸びるだろうな」
「シイナちゃんと!? マジで21プロのトップオブトップじゃん!」
「まぁそういう話もあるってことだ」
あんまり部外者に言っていい話ではないのだが、まぁマキノは無害だし。そもそもコイツ自身も超人気グラドル。既に写真集は出版まで秒読みだ。既に利益は得ているし、増刷されれば更に金は積まれる。一番働いている俺が一番儲かっていないのはどう言う理屈。まぁヒロインが躍進してくれるなら俺としては文句ないんだが。
「よう。コヲリ。この前の話だけどさー」
一応俺が警戒して、カホルとコヲリのすぐ後ろを、関係ないですよオーラを出して、マキノと歩いている。その俺の目の前でコヲリを発見した人公がすり寄っている。
「ホムラには話してくれたか?」
「……ええ。……話しましたよ」
「じゃあ反省するように説得してくれたんだよな。助かったよ。ホムラの奴、頑固でさぁ」
「……ええ、……ホムラちゃんが謝るのを待っていてくださいね?」
心中穏やかならぬ。だろう。自分の妹が貧乳だから土下座しろと言われて、人公に嫌悪を覚えないのは、まぁ嘘で。ニッコリと微笑んでいるコヲリが俺には怖い。マジで人公を嫌悪していて、だがそれを言ってしまえばここでこじれる。だから笑顔で感情を隠して、穏やかに第三者を心掛ける。その苦心に、人公は気付かない。
「まったくホムラにも困ったもんだよな。一言謝れば許してやるのに」
ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ! 勘弁してくれ! それ以上コヲリの神経を逆なでるな! ついでに隣のカホルも怖い笑顔してるから! その二人をそれ以上怒らせるな! 後で対応する俺が怖いんだよ!
「……では失礼します」
「じゃね。アルシ」
他人事と言えれば良かったが、中々そう言うわけにもいかず。後ろから事態を眺めていた俺が、一番神経を削られていた。もっと人公を罵倒するかとも思ったが、思ったより二人は冷静だった。バカらしかったのか。あるいは学内でのイメージを崩したくなかったのか。どちらにせよ俺の心臓に悪い。
「最低だね。アイツ」
濁った眼で、俺の腕に抱き着いているマキノが言う。
「気持ちはわかるが公言するなよ」
「なんで?」
「思うのは自由だが言うのは必ずしも自由じゃないのさ」
「なるほど。言論の自由は思想の自由よりテリトリーが狭いというわけですか。自由学生同盟の自由とはどちらに由来するのですかな」
あ、このネタ通じるのね。思ったより本とか読むのか。あるいはアニメを見たのか。
「な、わけで好きにさせておけ。どちらにせよホムラを引き渡す気はないし」
「あーしだって嫉妬くらいするんだけど」
「残念だったな」
「アクヤって本当にそう言うところ」
「図太い……か」
「うん、まぁ、そういう露悪的なところは好きだけど」
「生憎と生粋の悪役でな」
「にしてはあーしたちプロデュースしてるけど」
「趣味の一環だ」
一銭にもなってないし。そうして昇降口で上履きに履き替え、クラスへ。
「「「「「…………」」」」」
俺とマキノが教室に入ると、ザワリとクラスメイトがざわついた。
「ん?」
その違和感に気付いたのは俺で。マキノは俺に抱き着いて萌え萌えしていた。
「…………」
全体的に平均すれば、俺への扱いに戸惑っている感じ。まぁ今更俺への評価がこれ以上低くもならないし、と思って席に座ると、前の席の女子生徒がビクリと震えた。明らかに俺を怖がっている。それでマキノも気付いたらしい。
「ちょ――」
「待てマキノ。早まるな」
俺に不条理に怯えている女子生徒を糾弾したいのだろう。気持ちはわかるが生産的かと言われるとそれも中々。
「でも……」
「何かあったなら、アクションがあるはずだ。ソレを待て」
そう言って宥めると生徒指導の教師から呼び出しがあった。それも校内放送で。一緒に行こうかと打診するマキノにニッコリ笑って辞退し俺は生徒指導室まで歩いた。さてさて。




