第7話 出発と出会い
次の日、アイラとアルゴは、まだ町が眠りの底にある早朝に宿を後にした。
昨日から降り続く雨はまだ止まず、
陽の気配もないまま、冷たい朝の空気が肌を撫で、淡い痺れを残していく。
「どこへ向かう?」
アイラは問うが、自分でもその先を想像できない。
生まれてから数日前まで、ミリア町の外へ出たことなど一度もなかった。
地図を見ても、どこへ行けばいいのか見当もつかない。
「いろいろ考えたんだが……隣国に身を隠した方がいいだろう。」
アルゴは手にした地図を広げ、ケール町の位置を指差してから、ゆっくりと指を滑らせて国境近くで止めた。
「この辺りだ。森を抜ければ国境の検問がある。あとは運次第だな。」
「隣国かぁ……」
アイラはつぶやき、まだ見ぬ場所に思いを馳せた。
名前も知らない土地。生まれてからミリア町を一歩も出ずに死んでいくと思っていた自分が、いまは“国を越える”という選択肢を握っている。
その自由は、甘い解放感と同時に、底の見えない不安をも連れてきた。
きっとしばらくは、この恐怖と歩き続けることになる。
隣を歩くアルゴの背は変わらず前を見ている。
その頼もしさが少しだけ、足を前に進ませてくれる。
「この領は広いからな、抜けるまで数日はかかる。
……ミリア町の情報がここまで届かないことを祈るしかない。」
アルゴがそう呟いたとき、
近くの山から黒い煙が立ち上っていくのが見えた。
「……鉱山」
アイラは昨日の酒場で見かけた鉱夫たちを思い出す。
あの疲れ切った顔と、『働くのは誇りだ』と繰り返した声。彼らが今日も坑道に向かっているのだと思うと、胸の奥に小さな痛みが走る。
「今日こそ、金が取れるといいね……」
小さくつぶやいたその声は、雨音に紛れて消えた。
少し歩くと、道端に止まった馬車が目に入った。
車輪の片方がぬかるみに沈み、身動きが取れなくなっているようだ。
その傍らでは、旅装の赤髪の男がひとり、雨に打たれることも厭わず、額に滲む汗を拭うこともなく、黙々と馬車の背を押していた。
前方では、馬が手伝う気も見せず、のんびりと道端の草を噛んでいる。
「もー、せっかく朝早く出発したっていうのに! これじゃ間に合わないってばー!」
男の情けない声が道に響く。
アイラとアルゴは目を合わせ、無言で頷くと、馬車の後ろに回り込んだ。
「せーの!」
両手を添え、二人は男と一緒に力いっぱい押すと、
ガタンッ。
馬車は大きな音を立てて前に動き出し、車輪はゆっくりと泥を押し分けながら、なんとか平坦な道に戻った。
「うおおお、助かったーー!!!」
男は勢いよく振り返り、満面の笑みを浮かべて手を叩いた。
「いやほんとにありがとう! 見ず知らずの僕を助けてくれるなんて……まるで神! いや、神様本人!? え?違う?それなら天使かな!」
息継ぎもせずにまくしたてる男に、アイラはぽかんと口を開ける。
アルゴはというと、あきれたように鼻を鳴らした。
「おい、息を吸え」
「はっ、確かに!」
男は大げさに深呼吸すると、アイラとアルゴの手を握ってぶんぶんと振り、嬉しそうに二人をまとめて抱きしめた。




