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誰もが役目を放棄した世界で  作者: ソニエッタ


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第5話 町の光と影

陽射しに照らされたケールの町並みは、白い石畳がまぶしく輝き、あちこちに散りばめられた金の装飾が光を反射していた。歩くだけで胸が浮き立つような華やかさがある。


なかでも街の中心にそびえる噴水は圧巻だった。細やかな意匠が施された彫像から水が勢いよく吹き出し、陽光を浴びた飛沫はまるで金の粒が宙を舞っているかのように見える。


「わぁ……!この噴水、どれくらいのお金をかけて作ったんだろ……水がほんとに金に見える!」


アイラは思わず駆け寄り、舞い散る水しぶきに子供のように目を輝かせた。


「……ただの水だろう」


アルゴは立ち止まらず、肩をすくめて通り過ぎる。




「アルゴってほんと情緒ないよね……」


呆れ顔の少女は、噴水の縁に腰を下ろし、そっと水に触れた。ひんやりとした感触が、指先から腕へとすべり落ちていく。


行き交うケールの人々は、眩しいほどに色鮮やかな衣服に身を包み、金や宝石を惜しげもなく飾っていた。通りを歩く姿は堂々としていて、どこか誇らしげだ。


けれど、その横顔に浮かぶ笑みは、どこか表面的で、冷たく感じられる。




思い返すのは、ミリア町の人々の姿だった。


服装は質素で、季節が変わっても同じ服を着続けている人も多い。


でも――彼らはいつも笑顔で声をかけてくれた。肩を叩いてくれたり、野菜をおまけしてくれたり。まるで家族のように温かく迎えてくれた。


「煌びやかなのに冷たい町」と「無頓着なのに温かい町」。


二つの町の違いが、胸の奥で鮮やかに対比され、アイラは水に触れる手を止めた。


(……あの人たち—ミリア町の人たちは、聖剣案内人だから私に優しくしてくれたのかな。

もし、ただの……なにも役目のない私だったら……?)



不意に胸が締め付けられる。


知らない人々の笑みと、知っているはずの人々の笑みが、頭の中で混ざり合い、答えの出ない問いが渦を巻いた。




「……顔が曇ってるぞ」


隣に腰を下ろしたアルゴが、無骨な声音で覗き込む。


アイラは少しだけ迷い、けれど小さく首を振って笑みを作った。


「ううん、大丈夫。ただ……考えごとしてただけ」



アルゴは深く追及せず、ただ短く頷いてすぐに立ちあがった。




その背を見つめながら、アイラは自分の中で芽生えた問いが、これからの旅の中で答えに変わってくるのだろうかと、ふと考えていた。






アルゴと共に、行くあても決めず、町を歩く。

行き交う人々は、誰もが迷いなく足を運んでいた。


商人は声を張り上げ、職人は金槌を鳴らし、子どもたちは手伝いに走っていく。


そこには、それぞれの“役目”があった。




――私は、自分の役目を放棄した。

今は何もない。




アイラはふと立ち止まる。


目の前の景色が、急に遠く霞んでいくような気がした。


かつての自分は、聖剣の案内人として生きることだけがすべてだった。


迷いも不安もなかった。


けれど今は、朝目覚めても“やるべきこと”が浮かばない。


この先、何を目指して歩けばいいのかもわからない。




(……怖い)




まるで、先の見えない暗い洞窟に一人で迷い込んだような感覚。


その恐怖が胸を締めつけたとき、隣を歩くアルゴがぽつりと呟いた。




「なあ、アイラ」




「……なに?」




アルゴは空を見上げたまま言った。




「お前今、先のことを考えてただろ」




「え?」


驚いて見上げると、アルゴは空を見上げたまま続けた。


「俺もずっと考えていた。勇者の剣になるために育てられて、鍛えられて……でも今は、それがなくなって、何をすればいいのか分からん」



アイラは息をのむ。


彼の声は淡々としていたが、そこにはどこかあたたかさがあった。


「でもな。何もないってことは、何をしてもいいってことでもある。

誰かに決められた道を歩くんじゃなくて、自分で選べる。……それって案外、悪くない」



彼の言葉は静かだった。


けれどその一言が、暗闇の中に差し込む灯のようにアイラの胸を照らした。




彼女は足元を見つめる。


石畳の隙間から、小さな白い花がひっそりと咲いていた。


誰に命じられるわけでもなく、ただ自分の意思で咲く花。




「……そうだね。悪くない、かも」




アイラの唇がゆっくりと笑みを形づくる。


その笑顔を横目に、アルゴは何も言わず前を向き、歩みを進めた。

陽の光が二人の影を伸ばし、道の先には淡い金色の輝きが揺れていた。




町の通りを進むと、鉱山で働く人々が帰路についているのが目に入る。


煌びやかな町の人々とは対照的に、黒ずんだ服に埃をまとい、体中に疲労が滲む姿だ。


酒の匂いと、中から聞こえる笑い声を目印に、鉱夫たちは足早に酒場の扉を開けて中へ消えていった。



アイラは立ち止まり、じっとその酒場を見つめる。


「……あの酒場、入ってみたいな」




アルゴが軽く肩をすくめ、二人は互いに小さく頷き合う。


そして、暗く沈んだ酒場の扉をそっと押し開けた。





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