第58話 開かれた扉
「まあさ、そんな感じで“真実は神のみぞ知る”だよ。僕たちはとりあえず目の前のことを一つずつやっていこう!」
ルードは先ほどとはまるで別人かのように表情を変え、薄暗く締め切った通路の中とは似つかわしくない笑みを浮かべ、アイラとアルゴに目の前の階段を指差した。
彼の言う通り、わからないことが多すぎるこの《《世界》》。どれほど時間をかけて考えても、答えは出ないだろう。
「そうだね……今日は神殿に入って、神の涙にされようとしている人たちの糸を切る」
アイラの言葉に、アルゴもルードも無言で頷く。三人は目の前に続く階段に足をかけた。
階段を進むほど、魂をこの世に縛る祈りの声が強く耳に届く。役目を負った者たちは、この旋律を命が尽きるまで口ずさみ続けるのだろう。
その祈りが何のためなのか、彼らは真実を知らない。
アイラの両親も、その死が課せられた役目の本当の意味が何なのかを知らずに、この世を去った。
この国で、そんな風に生活している人や命を失った人は、どれほどいるのだろうか。
アイラは旋律を聞き流しながらも、頭の片隅でその思いを抱え、ゆっくりと一歩一歩進んでいく。
薄暗い階段を数段上がっていくと、次第に周囲が明るさを取り戻し、段差の輪郭がはっきりとしてくる。神殿内部へ通じていると思われる扉が、漏れ出す光によって長方形に浮かび上がっていた。
「ここが扉だな」
アルゴはその光の縁をなぞるように手を伸ばすが、指先に触れたのは冷たく平たい壁の感触だけだった。
「……押してみる?」
アイラの提案に、三人は揃って両手を壁に当て、力いっぱい押してみる。
だが、壁はびくともしなかった。
「……もし僕がこの隠れ場所を作るなら、神殿の連中には扉を開けられないようにすると思うんだよね」
「例えば?」
「この場所を作ったのが、かなり腕の立つ魔術師だとしたら……——魔力、とかかな」
「魔力? 神官も使えるだろ。それじゃすぐ開けられちまわねーか?」
ルードは含みのある笑みを浮かべると、壁に手を当て、魔力を通した。
その瞬間、壁一面に大きな魔法陣が浮かび上がる。
だが、陣はルードの魔力に一瞬反応しただけで、すぐに光を失い、元の壁へと溶け込むように消えていった。
「ほらね。魔力には反応するけど、僕の魔力じゃ扉は開かない」
元神子であり、元神官でもあるルード。
この魔法陣は、魔力の“質”を見分けているのだろう——それが、ルードの見解だった。
「神官たちの魔力と、それ以外の人の魔力って、違うの?」
「違うよ。神官になる者は、他の人々と違って神から直接力を与えられてるって神殿はよく言っててさ、妄想だと思ってたけど……本当だったみたいだね」
呑気そうにそう言いながら、ルードはちらりとアルゴを見る。
次はお前だ、と言わんばかりに軽く顎を上げた。
「ルードの考えが合ってりゃ、俺の魔力でここは開く。気を引き締めろよ」
「扉が開いた瞬間、神官と鉢合わせ——とかないよね?」
「それは避けたいねぇ」
アルゴは二人を見やり、呆れたように小さくため息を吐くと、そっと扉に手を添えた。
その瞬間、先ほどと同じように魔法陣がじわじわと浮かび上がり、数回淡く点滅する。
そして今度は、壁にその姿を刻むように残った。
「……それで、どうするんだ?」
「わからないけど……押してみる?」
先ほどと同じように、三人は壁に手をつき、力を込める。
すると、さっきまでびくともしなかった壁が、まるで最初から抵抗など存在しなかったかのように、左右対称に空気を押す感覚でゆっくりと動き始めた。
「——ちょっと待て。神官がいるかもしれない」
アルゴはルードとアイラにだけ聞こえるよう、小声で囁く。
そして、押し開けられてできたわずかな隙間に顔を近づけ、慎重に周囲を見渡した。
「……誰もいないようだか、ここはどこなんだ?」
ルードはアルゴを押しのけるようにして、その隙間から外を覗き込む。
だが、特に思い当たるものはなかったのか、首をかしげた。
「わかんないし、とりあえず出てみる?」
「おまえなぁ……」
慎重に周囲を窺いながら、三人は人ひとりがようやくすり抜けられるほどの隙間をさらに広げていく。
そして息を潜め、その先へと身を滑り込ませた。
こうして三人は、ついに神殿の内部へと足を踏み入れたのだった。




