第57話 ルードの役目
「……前から思ってたけど、神官たちには特別な何かがあるよね?」
アイラは恐る恐る、ルードを見つめながら口を開いた。神殿に関わることで、彼が話したくないことが多くあるのはわかっている。
それでも――神殿と向き合うなら、少しでも知っておく必要があった。
「そうだね……」
何かを飲み込むように、少し間を置いてルードは静かに続ける。
「神官は、ある意味この国でいちばん神の力の影響を受けている存在なんだ。神から管理者として選ばれた者たちだからね」
「神、か……」
アルゴは鼻で笑いながら、吐き捨てるように言った。
「そんなものが、この国に肩入れしてる意味がわからん」
神という巨大な存在は、この国に何を求めているのか。
規律を定め、糸で人を縛り、
自由を奪ってまで――何を見たいのか。
理想郷を作って、暇つぶしでもしているつもりなのだろうか。
「……僕にも、そこまではわからないよ」
ルードは小さく息を吐き、言葉を継ぐ。
「いつ、何がきっかけで、この国が……そして僕たちが、糸に繋がれるようになったのかも」
彼はいつになく真剣な様子で一瞬無言になると、アイラをまっすぐみつめる。
「でも今、何かが起きているのは確かだ。僕たちがこの国のルールから外れて、そして――アイラちゃん、君がいる」
「もしかして、この国はもう神に見放された……とかか?」
アルゴの言葉に、ルードは首を横に振る。
「……それはないと思う、けどね」
考えるように少しだけ声を落として、続ける。
「前までは聞こえていた神の声が、数年前から聞こえなくなったのは事実だよ」
その瞬間、アイラとアルゴは言葉を失った。ただ目を見開いたまま、ルードを見つめることしかできない。
「……ど、どうしたの? 二人とも」
「どうしたの、って……」
アルゴが我に返ったように声を荒げる。
「前は神と会話してた、ってことか!?」
糸で人を操る存在がいる以上、神の存在を否定することはできない。だが、直接やり取りをしていたなど――想像すらしていなかった。
「ずっと前はね。でも、ある日を境に、ぱったり聞こえなくなったんだ」
「……なんで、お前がそんなことを知ってる?」
アルゴの問いに、ルードは観念したように視線を伏せ、自嘲するような、微かな笑みが口元に浮かんだ。
「僕の役目は、神の声を聞くことだったんだよ。聞こえていたのは、ほんの数年だけだったけどね」
「それって……神子、って呼ばれてた役目か?」
「うん」
ルードは静かに頷き、まるで遠い過去を思い出すように暗闇の向こうをみつめた。
「僕は、元神子さ」
「……元って、役目から解放された時にやめたの?」
「そんな簡単に、やめられるものなのか?」
アルゴの問いはもっともだった。
神の声を伝える神子という存在が、そう易々と役目を降りられるはずがない。
神官たちがそれを許すとも思えない。
訝しげにルードを見るが――
こうして目の前に彼がいること自体が、何よりの答えだった。
「……あの林檎を食べる前から、もう神の声は聞こえなくなってたんだ」
ルードは淡々と、けれど少し遠い目をして続ける。
「ある日突然ね。どんなに念じても、呼びかけても、返事が来なくなった」
林檎を食べたから声が消えたわけではない。
その何年も前から、神は沈黙していた。
「その頃の僕は、まだ役目がすべてだったからさ。正直、かなり落ち込んだよ」
神官たちの視線は冷たくなり、扱いも露骨に変わっていった。
「そんな時に、ケインが林檎を持ち込んだってわけ」
「……そうだったんだ」
アイラの呟きに、ルードは小さく頷く。
「役目を果たせてないって、自分を責めてばかりだった。でも――林檎を食べて、やっと《《自分》》を取り戻せた気がしたんだ。そこから色々、吹っ切れた」
その表情は、まるで長い間身に纏っていた重い外套を脱ぎ捨てたようで。
今にもその軽さのまま、どこへでも飛び立ててしまいそうな――そんな、解放された顔だった。
「それからね。他の神子が誕生するから、僕は“声が聞こえなくなった”って嘘をついて神官をくだって、逃げてきた。ほら、元神子だから役目の記録も偽造し放題でしょ?おかげで、簡単に商人になれた」
そう言って胸元から商人であることを示す許可証を取り出し、アイラとアルゴの前にかざす。
「なるほどな。神は何か言ってなかったのか?このおかしな国のことは」
「……僕が会話していた神は、この国を今みたいにした神じゃないと思う。予想だけどね」
「そう言っていたのか?」
「いや、言われてはいない。でも……そう感じるんだ」
確証はない。
けれどルードは、説明のつかない、身体のどことも知れない場所で――確かにそうだと感じていた。




