第56話 闇へと続く扉
波打つように揺れる白い壁を手探りし、扉の取手を探す。すると、腰の高さあたりで小さな出っ張りが指先に触れた。
アイラはそれを掴み、下へ押し込みながら手前に引くと、次の瞬間、白一色だった壁に真っ黒な線が走り、静かに開いたその先には、闇が口を開けている。
「……地下通路か、何かか?」
アルゴは身をかがめて暗闇へ顔を突き出し、確かめるようにルードを振り返った。
「うーん、暗くてよく分からないな。アルゴ、火炎の球、出せる?」
その言葉を聞くや否や、アルゴは手を広げ、掌の上に小さな炎を生み出す。
かすかな光だが、三人の足元と壁を照らすには十分だった。
明るくなった通路を見回しても、ルードはなお首をかしげている。
「……見覚えがないな」
少し考えたあと、彼はふと思い出したように言った。
「ここに戻れなくなると困るから……ちょっと待ってて」
そう言って、いつもの魔道具の板を取り出し、小さく呪文を唱えると、板はそれに応えるように、数回、淡く点滅した。
興味深そうに見つめるアイラに、ルードは付け足す。
「この場所を記録させたんだよ」
三人は暗闇を探るように、ゆっくりと足を進める。
通路には湿った匂いがこもり、足音がやけに大きく反響した。
壁に手を添えながら進むが、先ほどの部屋以外に、扉らしきものは見当たらない。
小さな光を頼りに歩くその感覚は、まるで迷宮に迷い込んだかのようだ。
「……普通、上に上がる階段とかあるよな」
アルゴの呟きに、ルードも同意するように立ち止まり黙り込む。それがなければ、この地下から神殿内部へ出ることはできない。
ルードは難解なパズルを前にしたかのように、視線を巡らせながら考え込んでいた。
三人が立ち止まり、足音の消えた真っ暗な通路に、微かな旋律がアイラの耳に届いた気がした。
聞き覚えのあるその旋律は、風の囁きのようにかすかだが、それでも耳に入った瞬間、頭の後ろから背中にかけて冷たいものが駆け抜ける感覚を、アイラに覚えさせる。
「——きこえる」
アイラはそう呟くと、旋律に導かれるように、音のする方へと歩き出した。
「おい、待て」
暗闇の中アルゴの声を背に受けながらも、アイラは足を止めなかった。
耳を澄ませるたび旋律は遠ざかるどころか、ほんのわずかに輪郭を持ち始め、湿った空気の向こうから祈りにも似た音が、かすかに流れてくる。
「……ここ」
アイラは立ち止まり、行き止まりの壁に耳をつける。そこからは、あの旋律とともに、微かな振動が肌へと伝わってきた。
旋律は、壁の向こうから響いている。
「まさか……」
アルゴが近づき、手のひらの炎を壁へとかざす。
灰色の石造りの壁に映る炎の影が、風もないのに揺らいだように見えた。
「ここに、階段が隠されてるのか?」
「たぶん。アルゴ、そのまま動かないで」
ルードが調べるように壁の隅々へ手を這わせると、上の方にある一つの石が、低い音を立てて沈んだかとおもうと、次の瞬間、石畳が左右に割れ、闇の中から段差が姿を現す。
「……階段だ」
地上へ、そして神殿内部へと続く隠された道。
旋律は、その奥から、変わらぬ調子で流れ続けていた。
「ここからは、気をつけて行こう。いつ神官と鉢合わせになるかわからないからね」
いつも飄々としているルードが、珍しく緊張した面持ちで、アイラとアルゴに真剣な視線を向ける。
「ローブもあるし、何かあったらお前の魔法の板を使えばいいだろ?」
王都に入ったとき、ルードの板で騎士たちの目を欺いたことを指して、アルゴはそう言った。
だがルードは、眉を下げ、どこかばつが悪そうな表情になる。
「……あんな子供騙し、神官たちには効かないよ」
「……前から思ってたけど、神官たちには特別な何かがあるよね?」
この国の人々が持つ糸を断つことができるアイラでも、神官たちの糸だけは切ることができない。
神の国と呼ばれるこの地で、神に最も近い存在とされる者たち。
どうやら、そう簡単に相手取れる存在ではないらしかった。




