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誰もが役目を放棄した世界で  作者: ソニエッタ


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第55話 転移魔法

 なんの目的があって、神殿の忘れられた部屋――読むことのできない大量の本で埋め尽くされたその場所に、転移魔法の陣まで設置する必要があるのだろうか。


「ここを倉庫代わりにして、神殿の外の誰かが使ってるってことかな?」


 そんなことをして、いったい何になるのだろう。

考えれば考えるほど、アイラの思考は行き止まりに突き当たり、それ以上何も浮かばなくなってしまった。


「うーん……あくまで僕の推測だけどさ」


ルードは床に描かれた陣を指でなぞりながら、慎重に言葉を選ぶように続ける。


「この本、何かすごく大事なことが書いてあって……失いたくないから、神殿の中に置いてる——とか?」


「それなら、こんなふうに隠す必要なくないか? 神殿の誰かに頼んで、ちゃんと保管してもらえばいいだろ」


アルゴは即座に言い切り、アイラと同じく理解できないといった様子で眉をひそめた。


「もし……神殿《《から》》守るためだったとしたら?」



その言葉に、二人は一瞬黙り込む。

神殿から守るために、神殿の内部に置く——あまりにも矛盾している。


「消し去りたいものならさ……まさか自分たちの領域の中にあるとは、神殿側も思わないだろ?」


「……裏をかいた、ってこと?」


ルードは小さく頷いた。


確かにこの部屋は、薄汚れた窓に草が絡みつき、外から見ても簡単には気づけない。

仕事に忠実なはずの神官たちが、こんな場所を長く放置しているのは——不自然すぎた。


「そんなことができるのは、僕たちみたいに役目から解放された者……もしくは——」


ルードが言葉を切ると、その続きをなぞるように、アイラは呟くように言葉を継ぐ。


「……神に見放された者?」


神殿に火を放つことさえできる者たちだ。

神殿の一角に認識阻害の魔法をかけ自分たち専用の倉庫にすることも、きっと容易いのだろう。


「何度か、あいつらがやらかしたあとの残骸を見たことがあるけど、魔法の腕は相当なものだよ。部屋を隠して、転移魔法の陣を仕込むくらい、朝飯前だ」


「それならなんで、私たちはこの部屋を見つけることができたのかなぁ」


窓は黄ばんでくすみ、絡みついた草が外からの視界を覆ってしまうほどの長い年月、誰の目にも留まらずにいたはずの場所だ。

それを、王都に来てまだ数日しか経っていないアイラとアルゴが見つけてしまう——あまりにも出来すぎている。


「うーん……もしかしたらだけどさ、認識阻害の魔法をかけるときに、何か条件を設定してたのかも」


「条件……神官以外、とか?」


「たぶんね。まあ、全部僕の憶測だけど。実際のところは、わからないけどさ」


ここにある本を読むことができれば、少しは謎が解けるのだろうか。今のアイラに分かるのは、挿絵に描かれていた男——自分と同じ、金色に輝く瞳を持つ老年の姿だけだった。




「——おい、見てみろよ。この部屋、おかしいぞ」


アルゴの声に、アイラとルードは床の陣から顔を上げ、そちらへ向かう。

壁に両手をつき、何かを探るように横へ移動するアルゴの姿があった。


「この部屋……扉がない」


二人も駆け寄り、部屋の隅から隅まで視線を走らせる。

そこにあるのは、かつては白かったであろう壁が、長い年月を経て茶色くくすんだ光景だけだった。


「いや……きっとあるはずだよ」


ルードはそう言うと、霞んだ壁に手のひらを添え、慎重に歩き出す。


「目眩ましか、認識阻害か……何か仕掛けがあるんだと思う」


「この部屋に、神殿の中へ通じる出入口がなかったら、話にならないな」


そもそも神殿に忍び込むために、この部屋に入ったのだ。ここから神殿へと繋がる道がなければ、すべてが振り出しに戻ってしまう。


アイラも壁に手を添え、わずかな違和感を見逃さないように、ひんやりとした感触に意識を集中させると、上下左右と、手をゆっくり動きながら探り始める。



「ん……?」


ほんの一瞬、目の前の霞んだ壁の色が、波紋のように揺らいだ。

あまりにも刹那的で、壁が揺れたのかそれともアイラの脳がそう錯覚しただけなのか、判別がつかないほどだった。


気のせいだろうか。

そう思いながらも、アイラは同じ場所にもう一度だけ指先を当てると、次の瞬間――壁の表面が、水面のようにわずかにたわんだ。


「……やっぱり」


今度は見間違いじゃない。

指先に、確かに《《揺れ》》が返ってきた。


「ルード、ここ……」


壁に指先を触れたまま、アイラはその場所から目を離さずに続けた。


「ここだけ、何か変。壁なのに……壁じゃない」


近づいてきたルードが、同じ場所に手を伸ばす。

指先が触れた瞬間、彼もまた小さく息を呑んだ。


「……なるほど。これは、かなり巧妙だ」


視線を細め、魔力の流れを探るように壁を見つめる。


「認識阻害と、擬装魔法の合わせ技だね。触らなきゃ、まず気づかない」


「つまり……ここが、扉ってわけだ」


霞んだ壁の奥で、ほんのわずかに魔力が脈打つ。

閉ざされているはずの神殿の内部へと続く道が、そこに隠されていた。



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